世界最大のロケットSLSが運ぶ、世界最小の月着陸機
—JAXA「OMOTENASHI」とは
今年5月末、NASAは火星有人探査を目指し開発中の世界最大のロケット・SLSの2018年の初打ち上げに、宇宙船ORION(オライオン)を搭載するとともに、13基の超小型衛星を相乗りさせると発表した。そのうち2基は日本の衛星!JAXAと東大が共同開発する「OMOTENASHI(おもてなし)」と「EQUULEUS(エクレウス)」だ。さらに「おもてなし」は13基中唯一、月に着陸するという。着陸するのはわずか1kg、つまり牛乳パック1本分。「世界最大のロケットが運ぶ世界最小の月着陸機」である。面白いではないか!さっそく、「おもてなし」を発案したJAXA橋本樹明教授に話を伺った。
NASAから呼びかけがあったのは2015年8月。「SLS(SPACE LAUNCH SYSTEM)の打ち上げに超小型衛星を搭載する。国際パートナーにもこの機会を開放するので、興味があれば応募してください」という内容のレターがNASAからJAXAに届いた。募集期間は非常に短かったものの「ずっと月探査を目指して研究を進めてきた自分が提案しなかったら、今まで何をやっていたんだということになる。これは提案しないと」と橋本教授は手を挙げたそう。1990年代から月着陸機や月探査ロボットなどの研究を主導してきた橋本教授は、月面に大型探査機やローバーを降ろす「SELENE-R」ミッションの実現を目指し、研究を続けている。日本の月探査の中心人物なのである。
SLSが2018年7月に予定している初飛行では、無人のオライオン宇宙船を搭載する(オライオンはNASAが開発中の有人宇宙船)。オライオンは月に近づき、月の裏側をぐるっと回って地球に帰り、太平洋に着水する。13基の超小型衛星は、オライオン宇宙船のすぐ下に搭載され(下の図)、オライオンが切り離されたあとに、順番に切り離されていく。
NASAから提示された超小型衛星の条件は、重さが14kg以内、大きさが約24cm×37cm×11.3cmという「ブーツ箱」サイズ。実は重さの制限よりも大変だったのはサイズ。このサイズに収めるのが「めちゃくちゃ難しい」と橋本教授。
「おもてなし」は現在、NASAに選定された結果を受けて、設計の検討をしている状況だ。現在のプランでは、SLSから切り離された後、軌道や姿勢を制御して月に向かう。切り離しから4~5日後、月に接近したら、固体ロケットモーターに点火、逆噴射して減速する。月面に着陸する「サーフェスプローブ」を切り離し、エアバッグが開いて、月面にランディング。逆噴射のための固体ロケットモーターや点火装置、通信装置などを搭載するため、着陸するのはわずか1kg。そのうちエアバッグが600グラムをしめるため、観測機器に許されるのは400グラムだ。
ただし、着陸といっても、ソユーズ宇宙船が地球に着陸するときのような軟着陸(ソフトランディング)ではない。秒速30m、時速約100kmで月に衝突させるという、かなりハードなランディングとなる。「OMOTENASHI」の正式名称は「Outstanding Moon exploration Technologies demonstrated by Nano Semi-Hard Impactor」で 「Semi-Hard Impactor(かなりハードな衝突体)」と謳っている。しかし減速前は時速約1万kmというものすごいスピードで飛行しているので、逆噴射によって100分の一の速度まで減速していることになる。
課題は、どうやって、観測機器を壊さないように月面に衝突させるか。その解決の一案がエアバッグを膨らませること。NASAの火星ローバーがかつてエアバッグに包まれて火星に投下され、火星を跳ねたように、月面上をぼんぼんと跳ねさせる。サーフェスプローブの中心部には、放射線計測装置や加速度センサーが搭載されていて、月面の放射線環境や、衝突時の加速度を計る実験を行う予定だ。
「おもてなし」は誰もが月探査機を送る時代を拓く
ところで、この「おもてなし」探査機、何を狙っているのだろう?「今、地球周回には大学や民間企業、さらに個人でも超小型衛星を打ち上げられるようになっている。月探査も将来、そういう時代が来るでしょう。その時に足りない技術の一つが推進装置です。小型の固体ロケットモーターを宇宙用に作った人はいない。それが開発できたら、本当に個人が月に小型の探査機を飛ばせる時代を拓くことになる」と橋本教授はでっかい夢を持っていた。そして、実際に小型月探査機が実現できれば、使い道は広がっていく。
「たとえば将来、大型月探査機を月の極地域におろすことになった場合、小型の探査機を何個か積んでおけば、月を周回しているときに(極域だけでなく)様々な地点に着陸させることができます」。なるほど、JAXAの将来計画にも反映させたいという狙いがあるのだ。
おもてなし(OMOTENASHI)という名前もユニークだ。「打ち上げの2018年は東京オリンピック前で、盛り上がっている頃だろうと思って、狙ってつけました(笑)」(橋本教授)。月へのかなりハードな着陸に挑む、「おもてなし」。その瞬間の映像をぜひ見たいものだが、カメラは搭載しないのだろうか?「小型カメラ自体は搭載できるし、載せようとも思っています。ただし、通信容量がとれないので画像を送ることができないのです。」橋本教授いわく、人間が見てきれいと思うような絵を送ることは難しい。ただ地平線と空が判別できる線画程度の画像なら送信できる可能性があり、着陸したことの証拠になるかもしれない。様々な可能性を検討中ということだ。
もう一つの日本の探査機「EQUULEUS(エクレウス)」は、月の裏側にあるラグランジュ点(地球、月の重力が釣り合う地点)を目指す。ここは将来の深宇宙港の建設地として理想的な場所と考えられている。その場所から地球磁気圏のプラズマ現象の観測や、月に隕石が衝突した際に起こる発光現象のカメラ撮影などを行う。
国際パートナーではイタリアが大容量光通信技術を実証する超小型衛星を搭載。そのほかはすべてアメリカの衛星だが、ユニークなのはNASAジェット推進研究所が提案しているソーラーセイル実証機。帆を折りたたんで搭載し宇宙で展開して、小惑星に向かう。
「我々のOMOTENASHIも、本当にこんな小さい探査機で月に着陸させるの?と思われるようなチャレンジングな提案だが、このソーラーセイルもチャレンジング。NASAは半分ぐらい成功すれば御の字だと思っているのではないか」と橋本教授もにやり。
SLSの初飛行は歴史的フライトであり、間違いなく全世界の注目を集めるだろう。そしてSLSと共に飛び立つ、小さな13基の衛星たちの壮大なチャレンジにも、エールを送りたい。