「おうちで宇宙」が面白い
—山崎直子飛行士らが情熱注ぐ理由
4月15日から始まった「おうちで宇宙」というYouTube番組(欄外リンク参照)が面白い。宇宙飛行士の山崎直子さん、JAXA有志、(社)SPACETIDEなど宇宙業界関連有志らによるTeam「おうちで宇宙」が製作。宇宙の仕事をする人たちが宇宙の面白さや魅力を語りつつ、視聴者の参加を促す約1時間の生番組だ。
5月8日(金)まで計7回放送(過去の放送も視聴可能)。第1回の放送では山崎直子さんが宇宙(に見立てた自宅)から生出演。外に出られない、同じ人たちで長期間過ごす、生活と仕事の場所が同じ、気分転換がなかなかできないなど、宇宙生活は(新型コロナウイルス対策下で)Stay Homeが求められる今の状況に似ている点を、写真とともに紹介。
だからこそ、宇宙生活の知恵や工夫が、今のとじこもり生活を快適にするヒントになると呼びかける。たとえば「毎日の変化を楽しむこと」。山崎さんの宇宙滞在中、スペースシャトルではシロイヌナズナを育てていて、芽が出て育つ姿に癒されたとのこと。他にも「朝陽を浴びること」、「座りっぱなしになるので30分に1回は身体を動かしましょう」など、すぐに役立てられる生活術が披露された(さっそく私も取り入れてます!)
宇宙滞在中の貴重な映像を見せつつ、事前に寄せられた質問に答える山崎さんが訴えたのは「私たちはみな『宇宙船地球号』の乗組員」ということ。「(なかなか外に出られない)今は宇宙生活中なのだ」と見方を変え、「ミッション」とみなせば、時に苦しく思えた時間も有意義に変えられそうだ。「わくわくする未来を一緒に考えていけたら」という山崎さんの言葉通り、「おうちで宇宙」の参加者たちは宇宙の仕事や、それらが変えうる未来について、いきいきと語りかける。
そのメンバーがすごい。NASAジェット推進研究所(JPL)で火星ローバーを開発するエンジニア、宇宙ゴミ(スペースデブリ)のお掃除をする会社のCEO、宇宙飛行士を地上から支えるフライトディレクタ、NASAアジア代表、宇宙旅行用宇宙船を開発する会社のCEO、その有人宇宙船が日本から飛び立つために欠かせない、法律の整備を目指す弁護士など。ふだんなかなか会えない人たちが、基本から最新情報まで話す内容は楽しく、「宇宙でみんなを元気にしたい」という熱意が伝わってくる。
宇宙に関わる仕事には様々な種類があること(40歳から宇宙の仕事を始めた方もいて、子供たちだけでなくパパママにも参考になるはず)、仕事の醍醐味や課題も伝わり、自分も参加したいと目標が持てるだろう。どの回も面白いがトピックスをいくつか紹介しよう。
おうちで宇宙気分。管制官の言葉を使いこなそう
「これ使いたい!」と思ったのは4月24日の第3回。「きぼう」フライトディレクタのJAXA関川知里さん(愛称ちりさん)が紹介してくれた、宇宙飛行士との交信用語。「やっていいよ」というときは「GO!」、ダメなときは「No GO」。ロケットの打ち上げの最終確認で各担当者が「GO」「GO」と声を上げていくシーンを映画等で見たことがあるかもしれない。あのかっこいい会話を家で?ちりさん曰く「冷蔵庫のプリン食べていい?」「GO!」みたいに使ったらとのこと。「了解」=「COPY」も使えそう(管制官たちは日常のメールやLINEでもよく使っているらしい)。初めて知ったのが「Concur(コンカー)」。「賛成!」とか「同意!」というときに使うらしい。
交信の言葉はなるべく短く、簡潔に。だけど、間違いがあってはならない。そこで間違いを避け正確に伝えるために使われる「フォネティックアルファベット」は発見だった。たとえばBとDは交信状態が悪いと聞き分けにくい時がある。そんな時は「ブラボー(B)の3番のコネクターをつないで」みたいに使う。DSPACEは「デルタ・シエラ・パパ・アルファ・チャーリー・エコー」になる。暗号みたいで面白い。
宇宙食とヒマラヤ登山食の共通点とは?
5月7日の第7回は「宇宙での食事」がテーマ。なんとネパールからヒマラヤガイドのサティスさんが参加し、「登山時の食事」について、とても興味深いお話をしてくれた。
宇宙食も登山食も極限環境での食事であり、なるべく荷物を減らす必要があったり、栄養価はもちろん、食がコミュニケーションに重要な役割を果たしたりなど共通点が多い。サティスさんは写真を見せながら説明。鍋や一日分の食料25~30kgを背負って登山すること、登山食は「軽くて作りやすく、栄養価が高いことが大事」、「高度約5100mのベースキャンプではコックがピザや寿司などを作るが、頂上を目指す時は酸素が薄く食べられなくなるのでスープ類が中心になる」など、普段なかなか聞けないお話を聞くことができた。これら極限環境での食事の知見は、将来の月面での食や、地上での食生活にも活かされるという。
山崎直子さんに聞く「みんな宇宙船地球号の乗組員」
「おうちで宇宙」初回から、すべての回に出演されているのが山崎直子さん。毎回、ご自分の宇宙経験から子供たちの質問に丁寧に答えてくれる。そういえば山崎さんが宇宙飛行士に応募したきっかけは、宇宙授業の実現を目指しながらスペースシャトル・チャレンジャー号の事故で亡くなった米国人教師の遺志を受け継ぐことだった。山崎さんが子供たちに情熱をもって話しかける様子は、まさに宇宙授業。山崎さんに「おうちで宇宙」に取り組まれたきっかけや現状、今後への思いを伺った。
- —「おうちで宇宙」を始めたいと思ったきっかけについて教えて下さい。
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山崎:
新型コロナウイルスの影響が広がる中、宇宙技術や知見が何か役に立てないか、と考えたことが原点です。以前から宇宙基本計画の改訂作業中も、宇宙が社会に役立つようきちんと組み込まれることが大切で、どうしたらいいかを話し合ってきました。3月末に開かれた(内閣府の)宇宙政策委員会の部会でも、この新型コロナの状況に何か手を打てないか、委員の石田真康さん(SPACETIDE代表)と立ち話をし、同じ考えをもつJAXA岩本裕之さんと3人で話し始めたのが4月頭です。
そこから様々なアイデアを持ち寄り、JAXA新事業促進部、(社)SPACETIDE、(株)バスキュール などから有志も集まり、「まずはすぐ動けるところから動こう!未来を担う子供たちのために動こう!」と、主に小学生を対象とした配信企画を決めたのが4月6日。「おうちで宇宙」の名前、配信システム、映像など準備して、初回を突貫手作りで始めたのが15日です。
- —すごいスピード感ですね。「おうちで宇宙」で大切にしていることはなんでしょう?
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山崎:
医療崩壊をさせないため、自分と大切な人を守るために「できるだけ家にいる」という原点、そして「休校・外出自粛の中でも、子供たちにワクワク感、好奇心を忘れないでほしい」ということ。そのために、まず大人が真剣に楽しむこと。こういう時だからこそ、工夫が大切であることや、宇宙事業も色々な人で成り立っていることを伝えたいです。
- —確かに皆さん本当に楽しそうだし、チームワークの良さも伝わります。NASA・JPLの小野さんが「遊びを仕事にするために、勉強するんだよ」と言われた言葉が印象的でした。
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山崎:
名言ですよね。それからお子さんだけで見ても大丈夫なように、YouTubeチャンネルを子供用に登録し、小学校2年生くらいのお子さんが無理なく理解できる内容を心がけています。個人的には高学年のお子さんや大人が見ても楽しめるよう、新しい視点やニッチな内容もところどころに入れたいです。また番組内だけでなく、その前後でも宇宙ミッションを考えることで、自分で疑問をもち考えることを大切にして欲しいと思っています。親子で一緒にチャレンジしてもらえると嬉しいですね。事前に質問を募ったりして、双方向のつながりを出したいと考えています。
- —毎回出演なさるのは大変ではないですか?
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山崎:
有志メンバー全員が毎回頑張っています!初回は突貫でしたが、主にJAXA菊池優太さんやSPACETIDEのダブル佐藤さん(佐藤将史さん&佐藤由紀さん)が毎回の内容を充実させて下さり、だんだん番組らしくなってきたと思います。事前打ち合わせも楽しいですし、毎回違うテーマで発見があり、また視聴者の皆さんからの質問や宇宙ミッションのアイデアには毎回ハッとさせられることが多く、楽しみです。
- —たとえば?
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山崎:
5月5日の第6回「宇宙旅行特集」では、「宇宙に行くときのルール」というお題に対し、「宇宙に行ったら必ず夢を見つけて帰ってくること」というアイデアが出されました。宇宙旅行という新しい経験を通して、次の目標が見つけられるはずだと。とても素敵だなと思いました。
- —反響はいかがでしょうか?
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山崎:
「外出自粛の生活は、宇宙船の中(宇宙船に乗り込むための練習)と思うとワクワクします」というコメントをたくさん頂きました。ちょっと視点を変えることで、日々の生活の工夫につながっていくことを私も実感しました。ご質問や宇宙ミッションの課題もお子さんからも大人からも提出して下さり、嬉しく思っています。
- —今後はどうしていきたいと思われていますか?
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山崎:
当初はゴールデンウィークまでと予定していましたが、緊急事態宣言延長を受け、当面は週1回のペースで続け、ナビゲーターやゲストの幅を広げていく予定です。また、「おうちで宇宙」以外にも、宇宙開発がこの新型コロナウイルスの状況に寄与できるように、引き続き模索していきたいと思っています。
- —ところで山崎さんご自身は、お仕事や生活に変化はありましたか?
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山崎:
イベント中止が続き、お手伝いしている科学館も休館が続いているのは残念ですが、また安全に皆さんにお会いできることを楽しみにしています。一方で、直接会えなくても、オンラインでコミュニケーションがとれることも新たな発見です。会議や取材もオンラインで十分できることも分かり、今後もこうしたオンラインツールが効率的に活用されていくことに期待しています。
ペーパーレス化やオンライン活用が進む流れを一過性ではなく、今後もある程度踏襲できれば、自宅勤務や遠隔勤務がやりやすい環境になり、子育てや介護世代・高齢者も働きやすい働き方改革にもつながると思います。
- —課題についてはいかがですか?
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山崎:
学校や保育園が休みになると、子供の相手をしながら仕事をすることになるので、時間が細切れになったりします。規定時間にとらわれない柔軟な対応が求められると思います。我が家は、毎朝、子供と1日の流れをお互い確認して、「ここは会議があるから、それまでに宿題を終わらせてね」、「ここは〇〇しよう」と、ざっくりと予定を立てていますが、その通りに進まないことも多く(^^;)、その都度やりくりしています。並行して、オンライン授業が進んでくれることを願っています。
- —小さいお子さんが家にいると、長時間仕事に集中するのも難しいですね。
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山崎:
はい。それから、宇宙滞在の際も感じていたことですが、気がかりなのは離れて暮らす高齢の親のことです。特に外出自粛中だと、何かあってもすぐに駆けつけることが難しいですよね。また、手助けに行こうと思っても感染させてはかえっていけないので、ためらわれます。その時に、社会インフラがあれば、頻繁に訪れなくても安心して見守ることができます。また、外出自粛で自宅にいる際も、インフラがあれば安心できます。病院、救急医療、介護、物流、宅配サービス、ごみ収集、電気、水道、ガス、通信など様々なインフラに支えられていることを実感します。今もこうしたインフラを保ってくれている皆さんに感謝したいと思いますし、社会インフラを崩壊させないことが大切だと痛感します。
- —なるほど。未来に向けては?
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山崎:
今の状況は、これまで常識だと思ってきたことを、もう一度立ち止まって考えるいい機会かと思います。それはまさに宇宙飛行と一緒です。宇宙飛行では、今まで地上で当たり前と思っていた、新鮮な空気や水の美味しさや緑の香り、一つ一つが当たり前ではなく有り難いと再発見できました。重力も含めて、宇宙の中では、地球のこの環境が特別なんだなと思えたのです。新型コロナウイルスをきっかけに、日常の常識を見つめ直し、改善できるところは改善し、「危機に強い社会」を作っていくことができたらと思います。私たちはみな、「宇宙船地球号の乗組員」ということを再認識し、皆でこの危機を乗り越えていきましょう。
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