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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

野口飛行士、帰還!
「切り込み隊長」が拓いた「私たちの宇宙」

5月2日(日)15時56分(日本時間)フロリダ・パナマシティ沖に着水。約1時間後にクルードラゴン宇宙船の外に出た野口聡一宇宙飛行士。お帰りなさい!(提供:NASA/Bill Ingalls)

5月2日(日)15時56分(日本時間)、フロリダ・パナマシティ沖の夜の海にクルードラゴン「レジリエンス号」が着水。約1時間後の16時51分頃には野口聡一飛行士ら4人のCrew-1飛行士が無事に宇宙船の外へ。「おうちに帰るまでが遠足」と野口飛行士はISS(国際宇宙ステーション)で繰り返していたが、約半年間のミッション(=遠足)を成功裏に終えた。

この成功がもたらす意味はとてつもなく大きい。クルードラゴンはISSに各国のプロ(職業)宇宙飛行士を運ぶだけでなく、宇宙旅行など民間人による商業飛行を行う宇宙船として使うことをNASAは許可している。この点が従来のスペースシャトルなどNASA専用宇宙船との大きな違いだ。クルードラゴンの商業飛行にGoがかかるか否かが運用初号機である「レジリエンス号」飛行の成否にかかっていたわけ。

レジリエンス号成功と前後して2つの商業飛行(一つは地球周回を回る飛行、もう一つはISSにドッキングする飛行)が打ち上げ目標日を定めスタートを切った。その詳細は後で詳しく書くとして、まずは過去の宇宙飛行でも日本人初の難しい仕事を次々こなし「切り込み隊長」とも呼ばれる野口飛行士が、今回の半年間のミッションで打ち立てた記録を見ていこう。

53年ぶりの夜間着水、3つの異なる帰還方法は「世界初」

ISSからとらえたクルードラゴン。ハッチを閉じてから6時間後。「夜空を突き抜ける光の中に友達がいる。この光景を生涯忘れないだろう」とISS滞在中のトマ・ペスケ飛行士はツイートしている。(提供:NASA)

野口飛行士の帰還は天候理由で2回延期に。その結果、夜間の帰還となった。夜間着水は1968年のアポロ8号以来「58年ぶり」。夜は視界が限られるため着水後のクルードラゴンの探索や回収が昼の着水に比べて困難ではないかとも懸念されたが、なんのその。

実はSpaceXは今年1月に無人のカーゴドラゴンの夜間着水を実施。スタッフは夜間着水に伴う作業を既に経験していたのだ。昨年のクルードラゴン有人初飛行では着水後の宇宙船の周りを一般ボートが取り囲んだり、回収船に引き揚げ後ハッチを開けるまで時間がかかったりしたが、それらの問題もクリア。着水からハッチオープンまで1時間以内とスピードアップしてみせた。

そして野口飛行士は、世界で初めて3つの異なる帰還方法を体験した宇宙飛行士になった。初飛行のスペースシャトルでは滑走路に着陸、2回目の飛行はソユーズ宇宙船でカザフスタンの草原に着陸、そして3回目はクルードラゴンで海に着水。

記者会見で帰還の違いについて尋ねられた野口さんは、「ソユーズ宇宙船は地面に向かってクラッシュする感じだったが、クルードラゴンの着水はとてもスムーズで、(海に)タッチするようだった。その後、波に揺られて『水の惑星』地球に帰ってきたことを実感した」と説明した。ソユーズ宇宙船はハッチをあけると大地の香りがするという。今回は潮の香りがしただろうか。

クルードラゴンは陸地への着陸を目指していた

着水直後、クルードラゴンの回収作業を行うサポートチーム。(提供:NASA/Bill Ingalls)

無事に海上着水したクルードラゴンだが、開発当初は地上への帰還を目指していたという。SpaceXは打ち上げ後のロケットの第一段を回収し再使用することで知られる。5月頭には10回目の使用となる第一段ロケットブースターを使ってスターリンク衛星60基を打ち上げ、そのブースターが逆噴射しながら地上に着陸する様子が生中継された。

同社はこの逆噴射方式をクルードラゴンにも採用し、地上に着陸させようと考えていた。JAXA有人宇宙技術部門の尾藤日出夫氏によれば「NASAの安全審査で『(人が乗る宇宙船で)逆噴射はリスクが大きい』として海上着水に変更された」そう。海上着水のメリット・デメリットについては「陸地への着地に比べて(海は)障害物がないので、異常時に着水地域がずれた場合でも回収できる。また燃料の逆噴射がなくパラシュートで減速するという点で安全性も大きい。一方、デメリットは波の高さや風など天候に左右される点、また宇宙飛行士にとっては、長期間無重力状態に慣れた身体で、帰還時の重力加速度を経験し、更に波に揺られる点で負担が大きい。着水後速やかに回収することが必要」と説明。安全性に優れている点は、一般人が参加する宇宙旅行では安心材料と言えるだろう。

ギネス記録達成—15年ぶりの船外活動はISSの未来のため

3月5日夜から6日にかけて約7時間の船外活動を行った野口飛行士(提供:NASA)

半年間の宇宙滞在中、野口さんは多種多様な活動で大忙しだった。ISSは1998年に建設がスタートし、築20年以上。有人宇宙活動は転換期にある。NASAや日本、欧州等の宇宙機関は2020年代半ば以降、国際協力による月探査を目指しており、ISSが飛行する地球周回低軌道は商業活動の場にする方針だ。

そのためISSに滞在する宇宙飛行士は従来の科学実験に加えて、今後の月惑星探査のための実験、民間企業との活動など以前にもまして幅広い活動が求められている。野口さんの活動の中で私が注目した活動を二つあげるなら、まずは3月頭に行われた船外活動。目的は新型太陽電池パネル取り付けのための土台設置だ。ISSには太陽電池パドル8機が取り付けられているが徐々に性能が劣化している。今後もISSで多様な活動を行うために新型太陽電池パドル6機を増設する計画であり、そのための土台を野口飛行士らが取り付けた。

6時間56分の過酷な船外活動については野口飛行士自身がYouTubeで語っているので是非見て欲しい。

(「野口宇宙飛行士の宇宙暮らし 036 船外活動の翌日」より)

「内容的にも精神的にも厳しい。(それだけに)やりがいがある活動だった」と野口さんはふり返る。ISSが飛行する高度約400kmの宇宙空間では昼と夜が45分おきに訪れるが、野口さんが作業したのはISSの一番端。通常はISSの構造物に光が当たって昼間は猛烈に眩しいはずなのに反射するものがなく昼間でも暗い。つまり常に暗闇。自分がもつ手すりの外は、完全な真空の宇宙が広がる。「すごい体験だった」と野口飛行士は吐露する。壮絶な体験だったに違いない。

暗闇の中での船外活動では、「自分の足がのびているか曲がっているかもわからず、身体感覚が分断されてしまったように感じる。それが船外活動で一番大変なところ」と「宇宙に行くことは地球を知ること」(野口飛行士と矢野顕子さんとの共著)の取材で聞いたことがある。その状態で約7時間。さらに今回は船外活動の相棒の飛行士の手袋に損傷があり空気漏れが発生(幸い大事には至らなかった)。また設計ミスもあり、なかなか土台部分をかっちり締め上げることができず、地上チームも緊張を強いられる展開だったと聞くが、最後は野口飛行士の腕力で取り付けに成功。ベテラン野口飛行士の匠の技+経験で危機を乗り越え、ミッションコンプリートに導いたのだ。

この船外活動は2005年8月3日に行われてから15年214日ぶりに行われた。「最も長いインターバルで行われた船外活動」としてギネス世界記録に認定された。

宇宙農業を目指したNASAの植物栽培実験中。日本の実験だけでなく他国の実験もこなす。(提供:NASA)

そしてもう一つの注目はiPS細胞を使った実験。現在、臓器不全の治療法には臓器移植に頼らざるをえず、移植ドナー不足が世界的問題となっている。立体臓器を創出できればこの問題を解決できるかもしれない。その第一歩として、ヒト由来のiPS細胞を使ってISS「きぼう」日本実験棟で培養実験を実施。実験提案者の谷口英樹教授(東京大学/横浜市立大学)のJAXAウェブでの説明によると、ヒト臓器の発生は子宮の羊水内で生じるが、これは地球内の重力がキャンセルされた環境。つまり、宇宙空間では「子宮内に似た環境を精緻に再現することが可能」だという!この研究が将来、多くの人の命を救うことに役立つことを願う。

クルードラゴンの二つの商業飛行、始動!

4月末には星出飛行士がISSへ。たすきを星出さんにわたす野口飛行士。(トマ・ペスケ飛行士のツイッターより)

4月末には星出飛行士がクルードラゴンで打ち上げられ、ISSに11年ぶりに二人の日本人宇宙飛行士が滞在。野口・星出飛行士が口をそろえたのは民間宇宙飛行時代の到来だ。「民間の方がどんどん宇宙に来る時代になる。我々もサポートしたい」と野口飛行士が期待を語り、「(クルードラゴンは)非常にスムーズな荷重なので民間人でも大丈夫だと思います」と星出飛行士はクルードラゴンによる民間人の飛行に太鼓判をおした。

すでに記事(参照:今秋、民間人4人だけによる宇宙旅行が「レジリエンス」号で実現へ) に書いた通り、野口さんらが搭乗したクルードラゴンを使った地球周回飛行は今年の秋以降に予定され、4人の搭乗者が訓練をスタートしている。

クルードラゴン「レジリエンス」号の窓から、星出さんらが乗るクルードラゴン「エンデバー号」の接近を見る。(提供:NASA)

そして5月10日、NASAと民間企業Axiom SpaceがISSへの初の民間宇宙飛行ミッションについて合意したと発表。Axiom Spaceについては2020年3月の記事(参照:元NASAプロ集団が進める「宇宙旅行」と「商業宇宙ステーション」)を見て欲しいが、NASAでISSプログラムマネージャを約10年間務めた人物がCEOを務め、元NASA長官や宇宙飛行士が参加するプロ集団だ。2024年には居住モジュールをISSにドッキングさせ、将来的にはISSから切り離して史上初の商業宇宙ステーション「Axiom Station」を実現させる計画を持つ。俳優トム・クルーズのISSでの映画撮影飛行にも関与していると報じられている。

同社初の有人飛行ミッションAx-1は同社副社長のマイケル・ロペス=アレグリア元NASA飛行士がコマンダーとなり、アメリカ人・カナダ人投資家、イスラエル人の元戦闘機パイロット計4人の民間飛行士が8日間、ISSに滞在予定だ(コマンダーのバックアップはISS初の女性コマンダー、ペギー・ウィットソン元飛行士!)。打ち上げは2022年1月以降の予定。NASAは彼らの訓練や医学的な検査を行う。2020年2月に私がNASAジョンソン宇宙センターの宇宙飛行士訓練施設を訪れた際、副施設長さんが「ここでAxiom Spaceなど民間飛行士の訓練も行うことになって、ものすごく忙しいよ!」と語っていたのが、いよいよ現実になる。

これまでISSには7名の宇宙旅行者が8回訪問しているが、いずれもソユーズ宇宙船を使っていた(5月13日、実業家の前澤友作さんが撮影担当の平野陽三さんと共に、ソユーズ宇宙船で12月8日に打ち上げられることが発表された!)。NASAがビジネスとして宇宙旅行者を受け入れ、ケネディ宇宙センターから宇宙旅行者を打ち上げるのはAx-1が初めてとなる。

興味深いのは同社がNASAに対して、ISSの施設利用料や食費などの料金を払う一方で、NASAはクルードラゴンで科学実験の成果など貨物を持ち帰ってもらうことに対して同社に対価(百数十万ドル)を支払う事。互いにメリットのあるビジネスになるだろう。同社は年に2回の民間宇宙飛行を今後計画していくそうだ。

プロ宇宙飛行士がNASAを去り、今度は民間人のガイド役となってISSを再訪する時代になる。様々な職業や考え方をもった多数の人たちが、平和目的をもち多様な手段で宇宙を訪れることには大きな意義があると考える。宇宙という生身の身体では生きられない過酷な場所で、命を育む地球がどんなにかけがえのない存在なのかを身をもって知ることの意味は計り知れない。

私たちが当たり前にあると思っている空気や水の存在が、決して当たり前ではないこと。小さな惑星を覆う薄皮のような大気の中で、共に助け合わなければ生きていけないこと。その事実を目の当たりにすることは、私たちの宇宙観や地球観を劇的に変えるだろう。地球が分断の危機にある今こそ、可能な限り多くの人が宇宙からの視点を得るべきではないだろうか。

(提供:NASA)
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