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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

火星圏に「隣人」の痕跡を探し出せ
—火星衛星探査機MMXの挑戦

フォボス表面で砂を採取する火星衛星探査機MMX。(提供:JAXA)

「科学の目的の中で、地球以外の生命体を検出することは、疑いようのない最重要課題です。しかし人類の歴史の中で地球外生命の検出について、まだ確証は得られてはいません。(地球外生命探査に)つながるパスは色々あります。火星に行く方法、土星の衛星エンセラダスを探査する方法 太陽系外の惑星を探査する方法。1つの手段として、火星の衛星『フォボス』に行って(微生物の)死骸を見つけてくる方法があると考えています」

JAXA宇宙科学研究所の臼井寛裕教授はそう語る。2024年打ち上げ予定の火星衛星探査機MMXは火星の衛星フォボスに着陸し、深さ約10センチからサンプルを採取し、2029年に地球に持ち帰る。世界で初めて、火星圏からのサンプルリターンに挑むという先進的なミッションである。もしかしたらそのサンプルの中に「地球以外の生命体」が入っているかもしれない。そうなれば、人類初の快挙だ。ただしその生命体は生きていない。「死骸」として持ち帰ることになるはずだ。

生物そのものでなく、死骸?実はMMXのターゲットの1つはフォボスの砂に紛れ込んでいる「火星の物質」だ。最新のコンピュータシミュレーションによって、火星に隕石などが衝突することで、火星物質が火星の衛星フォボスに飛来し、降り積もっていることが明らかになった(地球の月は地球から約38万km離れているが、火星の月であるフォボスは火星の表面から約6000kmしか離れていない)。フォボス表土の0.1%、つまり1000粒に1つは火星物質なのだという。その火星の物質の中に微生物の死骸、あるいはDNAの破片が紛れ込んでいる可能性があるのだ。

火星には生命が今も存在する可能性がある。現在、NASA、中国、UAEなど世界各国が火星探査を進行中である。「火星は地球ともっとも似通った稀有な天体であり探査ができる位置にある。さらに火星には大気や水が存在し、水が流れた跡の三角州ができている。最近まで、もしかしたら現在も火山活動が行われている可能性がある。湖底の堆積物からは水との反応でできた硫酸鉛鉱物も発見され、数10kmに及ぶ地下の氷の層も観測されている。つまり火星には多様な水環境があるということ。そうした環境に加えて火星ローバー『キュリオシティ』は硫黄を含む有機物を発見している。生命の材料物質の1つと言えるだろう。これらの観測事実から火星に生命がいてもいいのではないかと科学者たちは考えている」(臼井教授)

(JAXA記者説明会資料より)

そして今、まさしくNASAの火星ローバー「パーサヴィアランス」が、生命の痕跡を求めてジェゼロクレーターでサンプリング作業を開始した。ジェゼロクレーターは約35億年前に湖だった場所。湖に2本の川が注ぎ三角州がある。火星に生命が存在するならここだろうと期待されている場所だ。うまくいけば2030年代はじめに、NASAとESAが協力するMSR(マーズサンプルリターン)計画によって、生きた生物がそのまま地球に持ち帰られるかもしれない。それを期待してNASAは検疫や試料分析の準備を行っている。

ただし、パーサヴィアランスの探査はジェゼロクレーター「一点集中」である。そこに生命が存在すれば良いが、生命がいなければ空振りになる。一方、MMXは火星の1か所だけでなく、火星のさまざまな場所からもたらされた砂(場所は特定できない)を持ち帰ることが期待される。ただし、もしその砂に含まれる微生物が火星で生きていたとしても、フォボスに衝突する前後に死滅しているだろうと考えられる。

(JAXA記者説明会資料より)

火星衛星探査機MMXは火星の衛星フォボスに1~2回着陸して、10g以上の砂を採取する計画だ。研究の結果、MMXは微生物の死骸を1個以上採取して地上に持ち帰る可能性があるそうだ。

10gの試料に火星粒子30粒

現在、MMXが持ち帰るフォボスの砂の中に火星粒子は30粒子程度存在すると見込まれている。まずは、その中から火星粒子をいかにして見つけるかが最重要課題だ。火星粒子は水質変成鉱物であり、フォボスの粒子とは化学・鉱物組成が異なると考えられている。「大量のフォボス粒子の中から、ごく微量の火星粒子を見つけ出すための技術開発がカギになる」とJAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 菅原春菜特任助教は語る。具体的には光学顕微鏡による粒子の形状情報や分光学的な手法による化学・鉱物学的情報を組み合わせた分析を行う計画で、現在開発を進めている。疑わしい粒子が見つかれば1粒ごとに詳細な化学分析を行って、火星粒子か否かを判定することになる。

もし火星粒子が判別されれば、次に微生物の死骸や火星生命につながる情報を取り出す必要がある。分析は3段階で行われる計画だ。まず第1段階は有機物の濃集があるかを光学顕微鏡観察などで調べる。第2段階はその有機物の濃集について、電子顕微鏡などで詳しく分析を行っていく。そして第3段階では、重要な有機分子はあるか否かについて分子レベルで分析を行っていく計画だ。

菅原さんは「火星圏から初のサンプルリターンとなるMMXは『火星生命探査の最前線』だ」と語る。MMXによって得られる科学的な成果は、あとに続くマーズサンプルリターンへの重要な橋渡しとなる。つまり、MMXは人類の火星生命探査において非常に重要な位置づけを担っているといえるだろう。

火星の小さな月フォボスから持ち帰る数10粒の砂。その中に 果たして人類が初めて目にする地球外生命の痕跡が含まれているのだろうか。MMXは 2024年度の打ち上げに向けて着実に開発が進んでいる。

「隣人はいるのか」私たちが長らく抱いてきた問いの答えが、2020年代最後にもたらされるかもしれない。

(JAXA記者説明会資料より)
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