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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「私ができたことはあなたにもできる」—がんサバイバーが宇宙から語ったこと

クルードラゴン「レジリエンス」号には、Inspiration4ミッションのため大きな展望窓がとりつけられた。(提供:SpaceX CC BY-NC-ND 2.0

半年前に予告した通り、9月16日午前9時過ぎ(日本時間)、民間人4人だけを乗せたクルードラゴン「レジリエンス号」が打ち上った。3日間にわたって、地球上空585km(ISSの高度より高い!)を飛行した後、19日午前8時過ぎ、フロリダ沖の大西洋に着水。「Inspiration4」と名付けられたミッションは飛行中も、宇宙船トップに新たに取り付けられた展望窓キューポラからの輝く地球の映像をSNSで発信し続け、世界中の人に宇宙や人生に対する新しいインスピレーションを与えた。

この飛行は2つの点で宇宙開発史上に残る。まずは「プロの宇宙飛行士が搭乗せず、民間人だけが行う地球周回飛行」という点で史上初となる。クルードラゴンは、問題がなければ基本的に自動操縦で打ち上げから着水まで行われるように設計されている。そもそもが宇宙旅行に使うことを念頭において設計・開発されているのだ。その目的が今回、達成されたということ。

Inspiration4ミッションのメンバーたち。右からメディカルオフィサーのヘイリー・アルセノー、コマンダーのジャレッド・アイザックマン、パイロットのサイアン・プロクター、ミッションスぺシャリストのクリス・センブロスキー。(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0

そして2点目は「世界で初めて人工義肢を装着した状態で、宇宙飛行を実現したこと」。セント・ジュード小児科病院の医師助手ヘイリー・アルセノーさんは、片足に埋め込み型の義肢を装着していた。彼女は10歳の時に骨肉腫を発症。集中化学治療を12回も受け、副作用で髪の毛は抜けた。苦しい治療を克服し、今はセント・ジュード小児科病院で働いている。

「がんになったとき、死ぬと思った。でも私は死んでない。絶対に死なない。がんのおかげで今の私がある」

心をうつこの言葉は、動画配信サービスNetflixのドキュメンタリー番組「宇宙へのカウントダウン」(Countdown: Inspiration4 Mission to Space)でアルセノーさんが発したもの。

アルセノーさんは、宇宙飛行中、セント・ジュード小児科病院で治療中の子供たちの質問に答えた。子供たちの質問は屈託ない。「どうやって寝るの?」「好きな宇宙食は?」「エイリアン見た?」病気のことを一時忘れて、宇宙に想いを馳せる子供たち。アルセノーさんらは子供たちの質問にユーモアたっぷりに答えた後、展望窓から地球の景色を見せる。「この窓は今までの宇宙船で一番大きいのよ!ここから見える地球全体は本当に美しい」。

セント・ジュード小児科病院の子供たちがInspiration4クルーに質問を投げかけた。(Space Talk with Inspiration4 Crew + St. Jude Patients | St. Jude & Inspiration4 YouTubeより)
(提供:SpaceX CC BY-NC-ND 2.0

交信の最後に、アルセノーさんは子供たちにメッセージを送った。「いつも治療に取り組むあなたたちを想い、誇りに思っています。私もかつてはそうでした。私ができたことはあなたたちにもできます!」

世界が直面する問題に貢献できないなら、宇宙に行く意味がない

そもそも、なぜがんサバイバーであるアルセノーさんが宇宙飛行をすることになったのか。それはこの民間人だけによる宇宙飛行「Inspiration4」を立ち上げコマンダーとして搭乗した、ジャレッド・アイザックマン氏の考え方による。彼は決済情報処理企業のCEOであり億万長者。「宇宙へのカウントダウン」の中で、彼は今回の飛行について次のように語る。

「(今)宇宙へ行くのは安価ではない。宇宙旅行は『富豪の遊び』であり、地球でできることを無視していると思う人もいるだろう。自分は幸運にも宇宙に行くことができるが、それができない人がいる。だとすれば何らかの相殺が必要だ。世界が直面する問題に大きく貢献できないなら、宇宙に行く権利はない。だからセント・ジュード小児科病院だ」

がんサバイバーであるアルセノーさんを「希望」の象徴として宇宙に連れて行くだけでなく、2億ドルを目標に募金活動を行うことをミッションの大きな柱としたのだ。

(提供:SpaceX CC BY-NC-ND 2.0

宇宙より怖い!?—雪山訓練

以前の記事(欄外リンク参照)で紹介したとおり、民間人といってもアイザックマン氏は熟練したパイロットで飛行経験も多い。そして彼らはクルードラゴン搭乗等についてNASA飛行士とほぼ同等の訓練を約半年間にわたり受けている。

異常事態が起こったときのためのシステム訓練が中心だが、ほかにも様々な訓練を行った。たとえば、重力加速度の訓練(「宇宙へのカウントダウン」での見せ場の一つ。必見!)。遠心加速器を保有するNASTARで訓練を行う様子を克明に追う。8Gまで負荷をかけた後、気持ち悪くなっておう吐してしまうミッションスペシャリスト、へっちゃらなアルセノーさん。戦闘機に乘ってG体験。そして無重力飛行。

アルセノーさんにとって、もしかしたら実際に宇宙に行くよりも過酷だったのでは、と思うのは雪山登山だ。宇宙に行くのになぜ登山?と思われるかもしれないが、これはチームワーク訓練で宇宙飛行士も行うもの。肉体的精神的に厳しい環境では自分も知らなかった自分の弱点を知ることになる。どこで弱音を吐くのか、ストレスを感じたときどんな行動をとるのか。メンバーがお互いの得意不得意を知ったうえで、どうやってチームの目的を達成するかを考える。

アルセノーさんは埋め込み型の義足を過去に2度折った経験があり、転ぶ可能性のある雪の日は基本的に外に出ない。「滑ったら大変だから」。だから雪山登山は「宇宙に行くより怖かった」。何度も立ち止まり、足をどうやって動かせばいいかわからないと言いながらメンバーに励まされ、荷物をもってもらい3000メートルを超える雪山で頂上に立った。

彼女はツイッターにこんなメッセージを投稿している。「何らかの困難さを抱えてきたすべての人たちへ。希望を持ち続けて下さい。より良い日が必ず訪れます」。小さいころ、宇宙飛行士になる夢を抱いていたアルセノーさんはその後、骨肉腫のために義肢を装着。だが、一度は諦めた夢を違う形で叶えたのだ。「走り回ることはできなくても、夢は実現できる」

宇宙旅行という観点から見れば、宇宙飛行中冷たいピザを食べたり(これについてはスペースXのCEOイーロン・マスクが「次回はフードウォーマーを装備する」とツイート)、トイレはどうなっているのかなど、気になる点が多々ある。

それにしてもInspiration4ミッションが素晴らしいと思うのは、多様な人々に宇宙飛行をOPENにしたこと。これからの宇宙開発が進むべき方向性を、民間企業が示したことも画期的だ。より多様な人がそれぞれの可能性を花咲かせる多様な「宇宙への旅」が、今後も続きますように。

(提供:SpaceX CC BY-NC 2.0
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