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星空の散歩道

国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe国立天文台 副台長 渡部潤一 Junichi Watanabe

 Vol.119

カッシーニ探査機のグランドフィナーレはじまる

1997年に打ち上げられ、2004年から土星の周囲を周回して観測を続けてきた惑星探査機「カッシーニ」が、いよいよ最終観測期間に入った。いわばグランドフィナーレである。カッシーニ探査機といえば、衛星エンケラドゥスの間欠泉の噴出を発見し、その成分から地下の海の存在を示したことが記憶に新しい。また、孫衛星ホイヘンスを切り離し、衛星タイタンへ着陸させたことも大きな成果として記憶されている。ホイヘンスのみならず、カッシーニ探査機本体によるレーダー観測などで、タイタンにはメタンやエタンなどの炭化水素系の物質が海や湖を作っており、それらが雨となって降っていることが明らかになった。いわば地球における水のように、炭化水素が大気中で循環していることをはじめて示したのである。もちろん、土星本体でも、極地方に六角形の模様があって、その中心に、直径8000kmもあるような巨大な台風のごとき嵐が存在することを明らかにしてきた。

そのカッシーニ探査機、そろそろ役目を終えようとしている。NASAは今後、約4ヶ月ほどの間、それまでは安全のために行わなかった土星への超接近軌道に投入し、22回にわたって土星の環をくぐり抜けるような探査を行う予定である。なにしろ、何百億円もかかった探査機だ。環をくぐるような危険な軌道をとって、環の粒子に衝突して破壊されては困る。そのため、これまではこうした軌道を避けて観測を行ってきた。グランドフィナーレを迎えて、観測チームは方針を変え、ある程度の危険を覚悟して、環の領域の直接探査と共に、土星本体へもこれまでにない接近を行い、その大気や磁場、そして重力分布についても至近距離からの観測を行う予定である。

この危険な環くぐりの第一回目は、4月26日に行われた。探査機は土星の雲頂から約3000kmほど、観測可能な環の最も内端から約300km以内を通る予定で、世界中が注目したのだが、結果的には探査機は無事に通り抜けることができた。土星の環のモデルに寄れば、この領域に環の固体微粒子があるとしても、地上で言えば煙の粒子ほどの極めて小さいものであるはずだ。ただそれでも危険なことは変わりない。なにしろ探査機のスピードは秒速30kmを超えている。微粒子でも、当たり所が悪ければ探査機の一部が破壊される可能性もあった。そのため、カッシーニ探査機は4mほどの大きさの通信用アンテナを進行方向へ向け、それをいわば「楯」として防護姿勢をとったのである。これが功を奏したのか、探査機の不具合は起きず、無事に通過したのである。この間に遭遇した微粒子は、わずか数個にとどまっており、かつてメインリングの外側を通過したときに比べても百分の一以下であった。

カッシーニ探査機が4月26日に最初の環くぐりをした時、土星の北極からはじまり、南下しながら撮影した土星本体の画像をつなげて作成したムービー。(提供:NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute/HamptonUniversity)

また、接近時に撮影された土星本体の画像も公開されはじめている。土星の北極にある嵐の渦からはじまり、六角形模様を通り過ぎて南下していくにつれ、次第に本体に接近していき、最も近づいたときは雲頂からわずか6700kmの距離にまで迫っている。いわば人類が初めて見る高分解能の土星の画像で、大小様々な大気の渦や乱流が捉えられている。

その後も環の通過が断続的に行われているが、幸い、これまで故障の報告はない。今後も週に一度ほどのペースで接近・環くぐりを繰り返し、今年の9月15日に土星大気へと突入してミッションを終了する予定である。それまで、どんな成果が得られるか、期待したい。