• DSPACEトップページ
  • DSPACEコンテンツメニュー

星空の散歩道

2010年3月19日 vol.52

一等星マラソン

 2004年頃、仕事で石垣島を訪れる機会を得た。ここには既に国立天文台の誇るVERAプロジェクトのアンテナのひとつが設置されており、現在も活躍を続けている。ここに光学望遠鏡を設置することになり、その打ち合わせを行うためであった。望遠鏡ができると、一般向けの観望会も行うというので、地元の天文ファンの集まりである八重山星の会の人たちにも協力をしてもらうことになった。そこで、打ち合わせや講演を終えた後、彼らが撮影した南天の星たちの写真を拝見しながら、居酒屋で星の話に花を咲かせていた。本州では、夢また夢の「南十字星」や、「ケンタウルス座アルファ星、ベータ星」などが春になると水平線の上に顔を出す。確かに緯度が低いので、それらの星が見えるのである。話が弾むうち、ここではすべての一等星が見えることがわかった。改めて考えてみると、これはすごいことである。

参考:5月1日午後11時の南十字星。東にはケンタウルス座のふたつの一等星が登ってきている(石垣島)。ステラナビゲーターVer.8/アストロアーツで作成しました。

参考:5月1日午後11時の南十字星。東にはケンタウルス座のふたつの一等星が登ってきている(石垣島)。ステラナビゲーターVer.8/アストロアーツで作成しました。

 そこで思いついたのが「一等星マラソン」である。すべての一等星が見えるならば、条件さえ整えば、一晩ですべての一等星が見えるかもしれない。これには前例がある。天文の世界では、春になると”メシエマラソン”なる、とてもマニアックなイベントが開催されるのである。一夜のうちにすべてのメシエ天体を次々と覗いていくものだ。メシエ天体は、もともとパリ天文台のメシエが編んだ非恒星状天体のカタログに掲載されている天体である。すばる(プレアデス星団:M45)や、オリオン座の大星雲(M42)、さらにはアンドロメダ大銀河(M31)など、有名な天体も多い。しかも、パリ天文台から見える天体ばかりなので、緯度がやや低い日本からは、原理的にはすべて見ることができる。ただ、それを一晩の内にすべて見る、などという無謀なことをよく考えたもんだと、なかば呆れていた。なにしろ、メシエ天体は100個を越えるので、観測可能な時間が10時間あったとしても、一個あたり、たった6分しか使えない。その間に天体を探して、望遠鏡に導入し、それを眺めて次に行くのである。とても常人技ではない。最近は、自動導入ができる望遠鏡もできてきたとはいえ、なんだか本当の”マラソン”並にせわしない。が、一等星なら全天で21個である。ゆったりと探せるし、特殊な技能もいらない。肉眼さえ有れば見えるからだ。

 さっそく、居酒屋で持参のパソコンを開き、石垣島の夜空を再現させてみると、可能な時期がありそうである。条件が最もきついのが南天の一等星である。秋の一等星であるアケルナルが夕方に見えて、明け方に春の南十字とケンタウルス座アルファ、ベータ星が上ってこなくてはならない。1月末までならば、夕方にはアケルナルは南南西にあって十分に見える。みなみのうお座のフォーマルハウトが、同じくらいの高さで西南西に見える。つまり秋の一等星は夕方には何とか見える。この時期、深夜には冬の一等星は問題なく見える。そして明け方には南十字が南中をすぎ、ケンタウルス座アルファ、ベータが南中となる。問題なのは夏の一等星だったが、これも問題はない。さそり座のアンタレスは夜明けには水平線上30度、夏の大三角のうち、最も上るのが遅いアルタイルが10度になっている。すなわち、全部の一等星が一晩で見えるのである。

 これは面白い新発見であった。少なくとも、その場で、これが可能であることを意識していた人はいなかった。メシエ・マラソンは、天体の光度が暗く、なかなか壁が厚いのだが、一等星なら一般の人でも見ることができる。メシエほどのバラエティには乏しいものの、その星にまつわる神話や、なにより色などの差に注目して、解説をしながらイベントとして企画できないだろうか。よし、これを石垣島の新しいツアーにしよう。そんな話で、宴会は大いに盛り上がったが、実際には、それほど簡単ではない。石垣島の天文ファンでも、南十字星全景を見るのはなかなか難しいという。それは、南十字の最も南にある一等星アクルックスの南中高度が3度弱しかないこともあるが、なによりも天候が問題である。石垣島では初夏から夏には高気圧に覆われることが多く、台風さえこなければ天気も観測条件もよいのだが、1月から3月の冬から春には、梅雨の時期のように天候がよくないのである。一等星マラソンを思いついてから、6年間は挑戦すれども、だめだったそうである。が、7年目の2010年1月15日、ついに八重山星の会の人たちが21個のすべての一等星を一晩で見ることに成功したという。発案者としては、来年は、ぜひ石垣島にいって挑戦したいと思う。

 ところで、南十字星は5月になっても見るチャンスがある。もし春休みや連休に沖縄に行く機会があるなら、是非探してみよう。おとめ座のスピカの真下を探すのがコツである。