挑戦を続けたい
ー安全な有人宇宙船を自分たちの手で
大西卓哉宇宙飛行士と、「こうのとり」のフライトディレクタを務める内山崇さん。大学時代の同級生であり、宇宙飛行士選抜試験で戦ったライバルでもある二人が、同級生ならではのリアルな宇宙話を語り合うスペシャル対談。第3回目は、今年末から国際宇宙ステーション(ISS)で長期滞在を行う予定の金井宣茂飛行士について、また有人宇宙開発の今後について聞きました。
金井飛行士の宇宙滞在への期待とエール
- —金井さんのミッションに期待することは?
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大西:
彼は医者なので、単なるオペレーターではなく専門的な知識をいかして、研究の価値を高めるように、地上にフィードバックしてほしいですね。僕と一緒にISSに滞在したケイト(NASAのキャサリーン・ルビンス飛行士)は微生物学者で、生物の心臓細胞を培養して顕微鏡で観察した様子をリアルタイムで宇宙から地上に報告していたんです。僕はケイトに「これ見て!」と言われて顕微鏡をのぞいても、泡みたいなのがいっぱい浮いているだけで、そのすごさが全然わからない(笑)。だけど彼女の視点で見ると、新しい発見があるわけです。知識が全然違う。
内山:宇宙で実験結果を見る人が、付加価値をつけて地上に伝えられるのはすごいよね。
- —期待している実験はありますか?
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大西:
例えば、僕も担当させてもらった小動物飼育ミッション。今後も続くので、タイミングがはまれば実施することになると思います。彼は装置開発の時から立ちあって、宇宙飛行士の立場から操作性をアドバイスしていましたしね。
- —宇宙医学では、宇宙での視力の変化も今ホットな話題です。大西さんが宇宙滞在中にも視力の変化についての検査があって、ある所見がでたそうですね。
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大西:
自分の話だから言えるのですが・・・宇宙で眼底検査をしたときに「コットンスポット」と呼ばれる白い斑点が出たんです。結構心配されたんですけど、結果的には時間を経てなくなりました。
宇宙に行った後に血液が上半身に移動する、「体液シフト」の影響だろうと言われています。宇宙での様々な体の変化はとても興味深かったですね。医師である金井さんは、もっと専門的な視点からそういった変化をとらえるのではないかと思います。 - —内山さんは金井さんの宇宙滞在に期待されていることは?
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内山:
日本人らしさを出せるんじゃないかと期待してます。金井さんは武道にたけているし折り紙が得意。日本の文化を世界に広めることができるのではないかと。居合道が無重力でどうなるか、パフォーマンスをやってもらえると面白いんじゃないですかね。
次の目標に向けて
- —内山さんはHTV7(「こうのとり」7号機)のリードフライトディレクタに就任されたそうですね。リードフライトディレクタとは?
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内山:
7号機管制チーム全体とりまとめ的な存在です。管制チームの指揮をとるフライトディレクタは4~5人いますが、ミッション全体を取りまとめるのがリードフライトディレクタです。NASAのISS側にもHTV7号機担当がいて、何かこみ入ったことがあれば同等な立場で、日米のリードフライトディレクタ同士でやり取りして決めていく。もちろん管制卓にもつきます。「こうのとり」がISSに接近後、宇宙飛行士がキャプチャするときにはリードフライトディレクタがシフトに入るのが慣習になっています。
- — 一番の見せ場ですよね!
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大西:
リードフライトディレクタはJAXA内に対しても対外的にもとりまとめ的な立場ということだね。7号機の事前調整は始まってるの?
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内山:
今年3月にキックオフして定期的に始まっています。6号機から反映している事項や7号機で特殊なところを確認したり、ISS側も条件が変わっているので見直しをしたり。
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大西:
フライトルール(ISS統合運用ルールブック)も見直しするの?
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内山:
やってるよ。毎回見直す。そこはISS側のリードフライトディレクタの特色が出るところだよね。「こう変えたほうがやりやすいんじゃないか」とか。
- —7号機はどんなミッションにしたいですか?
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内山:
管制官は全部で80人ぐらいいるんですが、最近は結構新しい人が入ってきて、僕らのように「こうのとり」の開発当初から経験している人が少数派になってしまった。運用から入った人は「こうのとり」の詳細な設計を知らない。
- —内山さんは一番ベテランってことですか?
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内山:
それに近いですね。
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大西:
世代交代しているよね。
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内山:
二回ぐらい世代交代している。でも「こうのとり」は7号機で終わりではなくて最後の9号機まで連続成功できるように、チームビルディングをしたいなと。
- —なるほど。具体的には?
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内山:
今まで成功しているので、やっぱり危機感が足りない部分が出てくる。訓練でも「ベテランが何とかしてくれるだろう」というのが蔓延すると、よくない。たとえ新人だとしても管制官として認定された以上は、その場には自分一人しかいないという意識でしっかり判断できるように。訓練で甘い考えがあったらしっかり指導しないと。
- —内山さん、厳しそうですね・・。
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内山:
厳しいかもしれない。
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大西:
笑笑。訓練のあとってデブリーフィング(反省会)やるじゃない。そういう時ってミスした人を名指しするの?それとも放課後に校舎裏に呼び出すみたいにするの?
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内山:
全員でのデブリーフィングでは全体の話をするね。個別にもうちょっと勉強した方がいいんじゃない的な話は裏で・・(笑)
- —校舎裏ですね(笑)。大西さんのこれからの目標は?
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大西:
フライトディレクタ(FD)を経験した上で、宇宙に戻りたいです。
- —FDにも色々なタイプがいるようですが、どんなFDになりたいですか?
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大西:
想像つかないですね。そんなに厳しくないと思う。
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内山:
優しそうだよね。でも厳しくしないといけない時に、どうするか。
- —大西さんもFDになるために訓練や試験を受けるんですか?
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大西:
もちろん。ただほかの業務もあるので、何かと掛け持ちというのは厳しい。FDの前段階としてJCOM(「きぼう」との交信担当)は6月から訓練に入って7月に資格をとることができました。
- —では、金井さんのミッションではJCOMとして交信を?
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大西:
はい。一番の目的は、次の「きぼう」で行われる小動物飼育ミッションに間に合わせたい。自分が宇宙で経験しているので、担当する人の苦労とかフラストレーションを一番理解できるし、コツもわかってますからね。
- —それは楽しみですね!
ISSの後、どこをめざすのか
- —ISSは2024年で運用を終了する予定です。その後日本はどうするべきか、どうあってほしいと思われますか?
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内山:
日本は「きぼう」、「こうのとり」と強みをたくさん持っている。ある意味、選択肢が広い。ただ予算が潤沢にあるわけではないので、どっちに軸を向けるかをしっかり議論する必要がありますね。
- —具体的には?
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内山:
「こうのとり」だったら、色々なところに行けるランデブー宇宙船にも発展可能です。日本として宇宙船を持っておくのは、一つのインフラとして重要な選択肢です。また実験などを行う軌道上サービスにも使えます。あとは「きぼう」で培ったユニークな実験設備、ロボットアームとエアロックの組み合わせも物凄い強みだと思う。海外にやってもらえばいいことは協力すればいいし、ここは日本がやりたいというところは競争すべき。
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大西:
全く同感です。「これだけは」という強みを持っている国は強い。たとえば今、ISSに人を送れるのはロシアのソユーズ宇宙船だけ。ロシアの独断場で、人の輸送についてはロシアに主導権を握られているという表現がぴったりです。今後、月か火星か、ISSをさらに使うかどの方向に行くにしても、日本もそういう強みを最低限一つはもってそこを伸ばさないと主導権をとれない。
- —大西さんが感じる日本の強みは?
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大西:
モノづくりのきめ細かさですね。「こうのとり」が代表例と思います。ミッションをしっかり遂行しているし、「きぼう」も完成度が高い。いまだに新築の家みたいです。
- —こうのとりの後継機「HTV-X」については今どんな議論がなされていますか?
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内山:
ISSに物を運ぶだけに留まっていては今と同じなので、HTV-Xはそれ以上の性能や価値のあるものにしないといけない。ISS後のどのミッションにも使えるように、どの機能が必要かを今議論しています。
- —HTV-Xの資料を読んだら、月への着陸船も運べると書いてありました。
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内山:
輸送能力は持っているのでなんでも運べます。月着陸船はいい例ですね。ISSだけじゃなくてその先も使える
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大西:
汎用性をもたせるってことだね
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内山:
結局、宇宙船も目指すのは飛行機なんです。飛行機ってどの空港でも降りられますよね。ところが今のISSでは、いくつかの宇宙船があるけれど、みんな違う方法で違うターゲットを使ってISSに行っています。一度、NASAに対してそれらを共通化したらメリットがあると日本からプレゼンしたことがあるんです。
- —そういえば、米国の二つの民間宇宙船は「こうのとり」と同じようにロボットアームによる「キャプチャ方式」を採用していますが、ロシアのプログレス貨物船はロボットアームを使わずにドッキングしていますね。
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内山:
例えば、ISS側から誘導するようにして、各宇宙船が共通のセンサーを使ったら、個別のセンサー開発が不要になり1500億円くらい安くできたのではないかという試算をしました。そういう世界になれば、どこが宇宙船を作っても同じ規格で月でも火星でも行ける。先ほど競争と協力で主導権を握るのが大事と言いましたが、主導権をとることができれば、それが共通標準となり、各国に売ることができるようになるわけです。カナダが開発したISSのロボットアーム、「こうのとり」のキャプチャ方式がいい例です。互いに切磋琢磨した上で、最終的にはそういう世界をめざしていくべきだと考えています。
宇宙開発は継続が鍵
- —もうすぐ月に着陸して半世紀。ようやく再び人類が月を目指す動きが出始めています。宇宙開発は時間がかかりますね。
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大西:
有人月探査計画が一回途切れたのが大きいと思います。僕らが2009年に選抜されて、NASAに訓練に行った頃は、コンステレーション計画(当時のブッシュ大統領による有人月面計画)が生きていた。月着陸機の研究をやっているエンジニアと話す機会があったとき、彼らが「(開発が)難しい」というんです。僕からすると何十年も前にアポロが月に行っているし、今は何倍も進化したテクノロジーで簡単に月に行けると思っていたのに、実際は当時を知っている技術者が引退して、設計図しかない状態だと。
例えばここにこのバルブがついているのは、様々な議論の結果なのに、その議論が伝わっていない。バルブの位置を移すと議論の過程で生じた問題が出てきてしまう。それを聞いて思ったのは、「技術は人に宿る」ということです。紙には全てを書き残すことはできない。ひとつの計画を止めるというのは、当時の政治的判断とか色々な要素があった上でのことだと思うけど、デメリットもあるのだと思いました。
僕らも同じような状況を迎えたときに、必ず認識する必要がある。「きぼう」や「こうのとり」などで積み上げてきた技術をいかに継承し、発展させていくかが大事だと思います。 -
内山:
確かにロシアもソユーズ宇宙船を開発していた人たちがどんどん引退して最近事故が頻発している。一方で、年月が経って技術力自体は確かに上がっていると思う。事故があるたびに次に絶対に起こさないように改良して、積み重ねているわけだし。安全性の部分でいえば、昔はものすごく強いトップダウンのリーダーシップだけで進んでいた部分もあると思う。例えば「アポロ計画」の裏にもたくさんの課題があったと聞きます。結局、きちんとした安全な機体を作ろうと思うとまだまだ結構難しくて、一つ一つ取り組んでいるというのが現状です。安全な有人宇宙船を自分たちの手で作りたいですね。そのための挑戦を続けていきたいです。
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本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。
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2017年8月25日にファン!ファン!JAXA!にて公開された内容と同様です。
取材・構成 林公代