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My Purpose 仲間との連携と次世代への継承 My Purpose 仲間との連携と次世代への継承
Voices 2023.12.14

目に見えない電波に思いを馳せて…。
地道な研究から生まれる大いなる達成感

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テレビやラジオ、携帯電話やWi-Fi、IoT製品も数多く使う現代では、無線通信は社会インフラの一つ。通信の途切れや遅れは致命的な事故まで引き起こしかねない。そんな重要な分野で、山口歌奈子さんは入社以来、最先端技術の研究を続ける。学生時代に理系教科の成績がよかったからこの道に進んだという彼女だが、会社員を続けながら博士号を取得するなど、その活躍は目覚ましい。電波を使った無線通信に対する思いや意識、年次が上がるにつれて見えてきた景色とそこから生まれたやりがいについて、冷静ながらも熱意のこもった言葉を届ける。

良い無線通信とはどんなもの?

研究職と聞くと自ずと白衣、ラボ、化学室、ビーカーなど次々とイメージが勝手に湧いてしまいがちだが、山口さんの場合はそうではない。白衣も着なければ、ビーカーを振ったりもしない。研究する相手は、目に見えない無線通信の電波だ。

「映画の『マトリックス』で黒地に緑の文字が流れてくるじゃないですか。あんなイメージで、黒地にプログラムをガリガリ書いてます。無線通信の電波というものは法律上勝手に飛ばしたりできないので、仮想空間のようなプログラム上で電波を飛ばしてどんな傾向が出るのかをチェックするんです。それで問題なければ基板にプログラムをインストールして試作装置を用いた検討方式の実証を行う、という流れですね」

目に見えないから意識することはないが、電波を使った無線通信はもはや現代社会を支えるインフラの一つと言えるだろう。使われているサービスを挙げていっても、テレビやラジオの放送、携帯電話やWi-Fi、非接触ICカードやETCなど、枚挙にいとまがない。なくてはならないインフラだからこそ、どうやって多くの人に、大量のデータを、途切れずに、遅延なく届けられるかが無線通信の研究課題となる。

「例えば、昔は携帯電話を使ってメールを送るくらいだったのが、今では動画も観るし、大量の写真も送る。無線通信にはデータ量や信頼性、速さなど色々なベクトルはあるんですけど、とにかく今あるものよりももっといい無線通信を作ろうと研究してきました。ケーブルなどを使った有線通信に比べると、無線通信はどうしても途切れてしまうことがあります。だからこそ、いかに確実に届けられるかが大切なんです」

大学と会社のギャップがもたらした変化

小さい頃からものを作ったり手を動かしたりするのが好きだったことや、理系科目の成績が良かったこともあり、大学では工学部に入り無線通信を勉強。大学院でも2年間じっくりと研究を続けたのち、2014年に三菱電機に入社した山口さん。大学と会社…、両者にあるギャップをどう感じたのだろうか。

「学生の頃は、机上検討、つまりシミュレーションがベースで、研究、フォーカスしている部分の性能が上がっていけば良いという世界でした。でも、会社に入るとある部分の性能だけじゃなくて、システム全体としてバランスを見なきゃいけない。だから、考える範囲がより広がり、オーバースペックになっていないかまでチェックします。例えば、あるポイントのスペックがそのお客さんにとっては過度で、そこを上げるくらいならコストを抑えて欲しいという要望を頂いたり。さらに、実際に製品化までいくと、システムとしてだけではなく、自分の担当している無線以外の機器の熱やアンテナの問題など広範囲で考えなくてはいけません。その差は大きかったですね」

つまり、大学時代に比べてどうしても視野を広くしなくてはならなかったというわけだ。そうなれば、自ずと他部署とも連携を取る必要が出てくる。

「大学時代の研究室では、基本的には個人作業が主だったので、誰かと一緒にやるという感覚がほぼありませんでした。でも、会社では各分野の専門家と連携しつつ、開発を進めます。もちろん、その人たちに丸投げして終わりではないので、こっちの思いを伝えたり、向こうの仕事をちゃんと理解できるように勉強したり。でも、異分野どころか同じ分野の人同士でも会話が通じなかったり、考えていることのギャップがあったりで、違う方向に進んでしまうことがあるんです。だからこそ、周りとのコミュニケーションはすごく大事なことだと考えています」

大海の中でもがく…研究という苦しさ

英語表記の参考資料を使うことも珍しくない

山口さんは会社員として働きながら学校に通う、という二足のわらじを履き、見事博士号を取得した。そのことだけでも、彼女の旺盛な研究欲がわかるし、何気なく話すそのエピソードにも、意志の強さが表れている。

「学生時代から、三菱電機は社会人でも博士号取得を目指しやすいとは聞いていましたし、研究職が取れる資格のマックスが博士号なので、そこだけ取り残すのは、なんとなく気持ち悪いなと思っていました。大学は、自分が学費さえ払っていれば長い間在籍できるので、ズルズルと後ろ倒しすることもできちゃいます。だからこそ、会社員として博士号の論文を書く際にはちゃんと時間を区切ったり、自分の中の締め切りを守ったりするように意識していました」

「大学の卒業間近に単位の取り方を勘違いしていたことで卒業できなかった」というエピソードも語ってくれた山口さん。しかし、その一年で国際学会に出て研究を深め、留学することで人間としてのタフさを身につける。「失敗を糧にして次に活かす」ことを学んだ山口さんが博士号を取り逃すことはなかった。

結果、通常3年かかるところを、2年で見事博士号を取得した。とはいえ、博士号を取っても、研究そのものの難しさが変わることはない。

「すぐに目に見える成果が出ないのは、研究の大変なところかもしれません。はっきりとしたゴールやミッションがあれば、それに至るプロセスもタスクもわかるんですが、そもそものミッションがわからず、自分でそれを設定するところから始めなくてはいけません。さらに、そのゴールまでのルートも色々とあって、まずはこのルートを試して、ダメだったら次はこっち、とやっていくと、そもそもミッションはこれでいいんだっけ? という手戻りがあるので、そこは苦しいなと。でも、そういった苦労があるからこそ、ゴールした時の達成感もひとしおなんです」

失敗は8割、成功は2割という研究の厳しい世界

基板をパソコンにつなげてプログラムを読み込ませる

仮説を立てて、実験・実証を繰り返す研究において、失敗しない研究者はいない。失敗を繰り返す中で、恐れずチャレンジする勇気を持つ続ける研究者だけが、輝かしいゴールへと到達できる。そして会社という組織体で言えば、研究者の失敗を許せるか、そのチャレンジする姿勢を評価できるかどうかが、イノベーションを起こすための鍵となる。

「三菱電機は、以前は割と手堅い印象でした。会社としては、失敗をするのはわかってはいるものの、どうしてもできるだけ失敗したくないのが当然なので、たくさんのプロセスを踏まないとチャレンジできない時期もありました。でも、最近は世の中の流れも速いので、まずはトライして、エラーが出たら振り返って次のステップに行こうと社内の雰囲気が変わってきていると肌で感じています」

研究の成否では、失敗は8割、成功は2割程度だと山口さんは冷静に捉えている。とはいえ、その失敗を軽傷で済ませるか、重傷にしてしまうかを運任せにはしない。そのためには、何のために自分が今この作業をしているかを意識するのだという。

「各業務を漫然とやるのではなく、自分はなぜ今これをしているのかと目的を明確化するようにしています。でないと、やはり色々なルートを模索していると、次第に自分が何をしているのかがわからなくなることがあるので、時折その“なぜ?”に立ち返ることで、手戻りが最小限になるようにしています」

未来を考えることが研究において重要

山口さんの仕事は社会インフラに直結しているので、そのまま社会を良くすることにつながっている。しかも、その影響は今の社会だけではなく、未来にまで及ぶ。

この先の世界がどうなっているかということを常に考えています。将来の日本や世界における社会を想像して、その時に重要な技術…例えば私が研究している鉄道分野で言えば、将来はより少子化が進み、運転士が少なくなって、運転士がいないドライバーレスになっていくだろう、ではその社会を支えるためにはどんな技術が必要かを考えます。だから、20年、30年、40年後にどんな社会になっているかということを社内でもよく議論しますね」

ただし、どれだけ社会を良くすることに貢献したとしても、今までもそしてこれから先も彼女たちがコンシューマーから直接感謝されることは、ほぼない。

「インフラというものは、あって当たり前みたいな存在です。意識しないということは、それくらい浸透し、安定して稼働しているということ。例えばコンシューマー向けのサービスとして携帯電話の電波を考えてみると、普段大量のデータである動画をスムーズに観ることができていますが、それが当たり前だから技術の進歩を意識することはないですよね? これくらい電波というものは、失って初めてその重要性がわかるんです。でも、だからこそ、その責任をしっかりと感じながらより良いものを作りたいと思うんです」

マイパーパスは、仲間との連携と次世代への継承

より良いサービス、製品を作るためにはどうしたらいいのだろうか。「早く行きたければ、一人で進め。遠くまで行きたければ、みんなで進め」ということわざがある。この格言が山口さんの考えにそっくり当てはまりそうだ。

「入社直後は、目の前のタスクをこなすだけで、基本的には一人で閉じて作業できていたんですが、どんどん年次が上がって、タスクの量が増えていくにつれて、やがて自分のキャパの限界を知りました。でも、やりたいことや、やらなきゃいけないことはそのキャパ以上にあるので、どうすればいいかと考えたら、協力し合えばいいんだということに至りましたね。自分個人のパフォーマンスはマックスではないかもしれないけれども、チームや会社という単位で見ると、そっちの方がメリットが大きいんです」

自分だけではなく周りが見えるようになった山口さんは、周りに対する気遣いもより強くなった。

「製品を通してだけじゃなくて、そのプロセスも含めて関わった人みんなが、例えば一緒に仕事して楽しかったとか、助かったとか、何かしらプラスを感じて欲しいですね。せっかく一緒に働くからこそ、お互いにいい影響を与え合えたらいいなと」

さらにその視野の広がりは、個人や会社にとどまらず、世代や国を超えたところにまで及んでいる。ただし、そこに気負いはなく、研究に向き合うようにあくまでやるべきこととして捉えているようにも見えた。

「今、無線という観点では、垣根がどんどん取っ払われていて、ある特定製品の無線についてだけを追求しているのではダメな世の中になってきています。だから色々な人や技術、製品をくっつけて、より大きな良い未来にたどり着けたらなと。あとは、最近学会に関わる仕事もしていて、社内にとどまらず社外とも連携していけたらと思いますし、技術を発展させるだけでなく、この研究開発を次世代にどうつなげるのか、次の理系の人材をどう育てるかということも考えていきたいです」

山口 歌奈子

INTERVIEWEE

三菱電機情報技術総合研究所山口 歌奈子

大学院卒業後、2014年入社。その後、無線通信の研究一筋でここまでやってきた。会社に在籍しつつ、博士号を取得するなどの努力家。北国出身ながら、寒さはあまり得意ではない。

掲載されている情報は、2023年10月時点のものです。

制作: Our Stories編集チーム

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