三菱電機株式会社は2024年7月11日、新たなデジタル基盤「Serendie™」の関連事業説明会を実施した。5月29日にスタートしたSerendieの取り組みについて、具体的な進捗を周知することなどが目的だ。三菱電機がSerendieに込めた想いや、その秘めた可能性とは――。説明会の様子をリポートする。

全社で挑戦するドメインを超えた価値創出

「一番重要なのは、(事業横断的な)データ分析をした結果をフィードバックして、当社の機器を進化させること。機器をよりスマートにするためにデータを使うことが、Serendieの特徴です」

三菱電機常務執行役CDOの武田聡氏は説明会の冒頭に登壇し、こう強調しました。三菱電機はこれまで、①電力機器、②昇降機、ビル管理、③空調機器、家電・住設機器、④鉄道機器、⑤FA機器などのコンポーネントを提供することで事業を収益化。しかし今後は、IoTを活用してあらゆるコンポーネントからデータを収集し、ビジネスユニットごとに集めていたデータを事業領域の枠を超えて掛け合わせ、新たな事業価値の創造につなげる考えです。

Serendieでは、コンポーネントから集めたデータを活用して顧客の課題を見つけ、解決策を提供するデータ活用ソリューション事業と、収集したデータをもとにコンポーネントを進化させる事業の2軸で展開予定。2030年度までに、1兆1,000億円、営業利益率23%の売上高を目標に定めています。

さらに、Serendieの事業を成長させるために、DX人財を2030年度までに2万人増員予定と採用にも注力し、DXを一段と加速させるために経営のかじを大きく切ったことを示唆しました。

質疑応答では、会場の記者から「なぜ、Serendieというブランドで展開することになったのですか?」と問われ、「ドメインを超えた価値を生み出し、全社でそのことにチャレンジする意味で、このブランドを付けました」と武田氏。また、共創スペース「Serendie Street Yokohama」を横浜市内に開設し、社内外の人財交流を通じてオープンイノベーションの推進拠点とする構想についても言及しました。

すでに、第1の拠点として、約150人のDX人財が集結している「Serendie Street YDB(横浜ダイヤビルディング)」が2024年3月にオープン。2025年1月には、DX人財約350人の活動拠点として、共創空間「Serendie Street YIMP(横浜アイマークプレイス)」を開設予定で、グローバル規模でのビジネス展開につなげていくと抱負を示しました。

三菱電機常務執行役CDOの武田氏

多様なパートナーと組み、データを自由自在に掛け合わせる

次に、Serendieを推進するためにスクラムを組むパートナー企業3社とのトークセッションを実施しました。三菱電機は、Serendieの充実・強化に向け、①データ分析基盤、②WebAPI連携基盤、③サブスクリプション管理基盤、④お客様情報基盤の4つの技術基盤を整備し、社内外の技術・ノウハウを結集したデジタルサービスの実現を目指しています。今回はそれら技術基盤で連携しているパートナー企業が登壇し、企業概要やサービスの強みなどについて説明しました。

トップバッターは、2012年に米国で創業したAIデータクラウドを提供するグローバルカンパニー・Snowflake合同会社。同社は、「To Mobilize the World’s Data(世界中のデータを結集するために)」というビジョンを掲げており、その意味は「垣根を超えてデータを結集し、ビジネスに活用していく」ことだと、同社執行役員セールスエンジニアリング統括本部長の井口和弘氏が説明。膨大なデータをマネジメントするために、インフラ管理を簡易かつ手軽に行えるだけでなく、データを扱うプロでなくても簡単に操作できるのが強みと話しました。

左から、セールスフォース・ジャパンの小山氏、Snowflakeの井口氏、Dataiku Japanの佐藤氏

次いで、AI業界のリーダーとして急成長を続けているDataiku Japan株式会社取締役社長カントリーマネージャーの佐藤豊氏が登壇。同社はフランス・パリで創業しニューヨークに本社を置くテック企業で、グローバルで600社以上の企業にサービスを提供しています。

「Dataikuのikuは日本語の俳句(haiku)に由来しており、創業者は哲学にも深い造詣を持っています。データ活用の民主化は創業当初からのビジョンであり、当社のサービスを利用いただくことで、データサイエンティストはもちろん、データ分析に深い知識を持たないビジネスパーソンまで、さまざまなスキルセットを持ったメンバーが共同で機械学習の全工程をカバーできる」と佐藤氏。データ分析関連から機械学習モデルの自動生成、モデルのデプロイ・運用管理、そしてガバナンスまで、すべてのプロセスをカバーできることが他にはないともいいます。

最後に登場したのは、株式会社セールスフォース・ジャパン常務執行役員MuleSoft事業統括本部長の小山径氏。同社のサービス「MuleSoft」は、APIを通じてあらゆるデータやシステムを解放し、社内外におけるAPIエコノミーの形成やビジネス価値創造をサポートする統合プラットフォーム。

小山氏は、「皆様も日頃、スマホを使いながら、検索、予約、決済サービスなどを利用していらっしゃると思います。この裏側では、さまざまなシステムからデータを呼び出し、アプリに返していくといったことが、複数のAPIの中で実現されています。MuleSoftは、マイクロサービスアーキテクチャを活用しながら、再利用前提のAPIを構築しています」と語りました。

三菱電機は、グローバルでの実績が豊富なパートナー企業3社と連携し、三菱電機が保有するコンポーネントのデータを集約して自由自在に掛け合わせることで、付加価値の高い独自ソリューションの創出などにつなげていく方針です。

トークセッションの後半には、三菱電機DXイノベーションセンター長の朝日宣雄氏が「今後、生成AIを活用するうえで、キーとなることは何ですか?」と質問。

Snowflakeの井口氏は「立場ごとにふさわしいデータの閲覧や抽出をするためにガバナンスが重要になります。一方で、検索性を担保しなければなりません。安全性と検索性といった、相反する要求に対し、弊社の場合はデータプラットフォームで定義したセキュリティやガバナンスを保ったまま生成AIを活用いただけます。企業が生成AIを使うヒントは、データとAIを密に結合していくことだと思います」と応じました。

一方、Dataiku Japanの佐藤氏は、生成AIの活用は企業変革につながるインパクトがあるものの、生成AIは万能ではなく、活用する側は自らが必要なものを正確に導き出せるようにならなければならないと課題提起。「機械学習や統計学習から出た結果だけでなく、今まで気づきもしなかったことをアプリケーションに取り込むことが重要。AIエージェントの自動化もできるので、人間、機械が行う部分の境界線をしっかりと見極め、バランスを担保しなければなりません」と指摘しました。

三菱電機DXイノベーションセンター長の朝日氏

顧客とのデータ連携で生み出される、新ソリューション

説明会の最後は、三菱電機の各事業部からSerendieの活用事例について紹介がありました。Serendieの取り組みはスタートしたばかりですが、お客様や現場のデータを活用した新たなサービスが徐々に生み出され始めています。

01. 鉄道向けデータ分析サービス

鉄道向けデータ分析サービスでは、Serendieを活用することで車両や変電所、駅の電力使用量、列車運行状況など、あらゆるデータを組み合わせて分析。そのデータをもとに、エネルギーの効率的な活用を実現しています。例えば、鉄道車両がブレーキを使用したときに発生する回生エネルギーの余剰電力を見える化し、地図上にマッピング。その情報に基づいて、駅舎補助電源装置であるS-EIV®の適切な配置場所や、駅の混雑状況、運行ダイヤ、運行状況に応じた鉄道アセットの最適な運用方法を提案できるようになりました。

モビリティインフラシステム事業部長の成松延佳氏は、「鉄道輸送のみならず、沿線地域の電力システムとの連携も考え、地域全体のエネルギー最適化への貢献も目指していきたい」と展望を語りました。

02. FAデジタルソリューション

FA(ファクトリーオートメーション)デジタルソリューションでは、FAシステム事業本部DX推進プロジェクトグループマネージャーの冨永博之氏が登壇しました。製造現場でのデータ活用はこれまで、「現場の実態に即しておらず、利用する側の目線に立ったデータ収集・蓄積・活用の仕組みになっていなかった」と言及。現在、Serendieを通じ、データ収集や活用の仕組みを効率的に構築して製造・品質ロスの改善に向け、社内で実証実験を行っています。

具体例として、この実証実験を行っている三菱電機モビリティ姫路事業所について紹介。Serendie活用後、生産および品質コストの削減効果が年7億円に達し、データ収集や活用、構築のためのリードタイムが90%以上削減できたと報告しました。

03. OTセキュリティソリューション

次に、OTセキュリティソリューションの事例が紹介されました。OTセキュリティ事業推進部長の柴田剛志氏は、OTセキュリティ事業について、「工場、インフラなどの制御システムをサイバー攻撃から守るための対策・取り組みを提供する」ことと紹介。サイバー攻撃は進化し続けているため、「OTセキュリティのループを回すためにSerendieを活用し、セキュリティデータと生産データを組み合わせることによって、より精度の高い、また安全性と生産性を両立したOTセキュリティソリューションを提供することが可能になります」と説明しました。

具体例として社内事例を紹介。Nozomi製セキュリティコンポーネントを導入することでOTネットワークを監視し、異常な通信をアラートとして記録。セキュリティコンポーネントから得られるセキュリティデータと生産設備から得られる生産データを組み合わせることで、正確なアセスメントを実施できるようになりました。

04. 熱供給事業者向けソリューション

熱供給事業者向けソリューションについては、E&Fソリューション事業推進部事業企画グループマネージャーの鵜飼章弘氏がまず、「当社の熱関連トータルソリューションは、製造業、ビルオーナー、熱供給事業者様の電力と熱のエネルギーコスト削減ならびに脱炭素化の推進に貢献する取り組みで、需要、熱源運転に関するデータをSerendie上で分析・評価して、プラント運転の継続的な改善を支援することができます」と解説しました。

今回はそのうち、熱供給事業者向けに絞って言及。気象データや建屋の利用情報、エネルギーの需要実績など複数のデータをAIで分析して建物のエネルギー需要予測モデルを構築する事例や、ビルの熱の使われ方を可視化するデータ活用例を紹介し、鵜飼氏は、「ビルごとのデータを可視化することで、熱供給事業者様として、どのビルの運用を改善すればエネルギーコストの削減につながるか、脱炭素化につながるかを特定できるようになりました」と成果を話しました。

Serendieに関し、多岐にわたる取り組みを進める三菱電機。お客様、パートナーとスクラムを組み、Serendieを通じて多様なデータを掛け合わせ、新たなソリューションを創出しています。三菱電機は今後も、社内外の垣根を越えたスクラム活動で新プロジェクトを立ち上げ、Serendieの取り組みを推進していく考えです。

参加したアナリストや投資家、メディア関係者との活発な質疑応答もあり、盛況のうちに幕を閉じた今回の説明会。2025年1月に開設予定の共創空間「Serendie Street YIMP」も視野に、三菱電機のチャレンジは続いていきます。