三菱電機株式会社が展開するデジタル基盤「Serendie」は、ソリューションやサービスにどう活かされているのか――。今回は三菱電機が2024年5月に発表した、電力・熱エネルギーの最適な運用をワンストップで実現する「熱関連トータルソリューション」の事例から、その内実に迫る。熱関連トータルソリューションを推進する三菱電機 E&Fソリューション事業推進部の野中美緒が語る、Serendieの価値や可能性とは。
電気のエネルギーマネジメントのノウハウを熱に展開
三菱電機が熱関連トータルソリューションを開発・提供した背景を教えてください。
野中三菱電機はこれまでに電気設備やエネルギーマネジメントシステム(EMS)の提供で多くの実績があります。また、空調給湯機器や産業冷熱機器など、熱を生み出す機器も製造しています。
そうしたパーツはありながら、電気と熱両方のエネルギーに関連するトータルソリューションの提供は道半ばでした。2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルの取り組みが国を挙げて進むなかで、製造業やビルオーナー、熱供給事業者などでは多くの「熱」を製造・利用しているため、熱を生み出すときに排出されるCO₂の削減が課題となっています。そこで、三菱電機が電気関係で培ったエネルギーマネジメント技術を、熱関連にも適用できないかと考えました。
熱関連トータルソリューションの特長を教えてください。
野中大きく3つの特長があると考えています。1つ目がワンストップで提供できることです。熱関連トータルソリューションでは、お客様からいただいた実在空間のデータをデジタル空間で分析して、設備の置き換えや運用改善を提案します。提案が採用された場合には、設備導入やその後の運用保守、再評価までを一気通貫で対応することができます。
2つ目が電気のEMSで培ったエネルギーマネジメント技術を熱に応用していることです。ベースに技術があり、熱のエネルギーマネジメントのソリューションに応用できていることが優位性につながると考えています。
3つ目が、データサイエンティストやデータ分析基盤の支援です。三菱電機が構築しているデジタル基盤の「Serendie」と連携することで、データ分析の質やスピードが向上していると感じています。
具体的には、どのような発想やプロセスでソリューションを提供していますか?
野中三菱電機は「循環型 デジタル・エンジニアリング企業」への変革を掲げています。お客様から実在空間のデータをいただき、それをデジタル空間で分析して、お客様に改善などを提案し、またデータをいただいて分析していく循環のなかで、社会課題を解決しお客様とともに成長していくという考え方です。
この考え方を熱関連トータルソリューションにも取り入れています。お客様の熱関連の困り事に対するコンサルティングから、データ分析を通じた熱システム設計や給湯・冷熱機器の提供、さらにEMSによる電力と熱のエネルギーの効率的な運用支援までをワンストップで行います。
顧客には、どのような業種・業態を想定していますか?また、それぞれの課題に対して、どのようなソリューションの提供を考えていますか?
野中大きくターゲットは3つあります。製造業、ビルオーナー、熱供給事業者です。お客様の業種や熱の使い方によって、課題やアプローチ方法が異なります。
製造業では、熱を製造するためにCO₂を多く排出しています。脱炭素に向けた取り組みが必要なことは理解していながらも、具体的な方策がわからないことが多いのが現状です。まず、現状のCO₂排出量やエネルギーの使用実態を把握するためにデータ分析を行います。データがない場合には、どのようなデータを取るかから会話を始めます。そのうえで、CO₂排出量を削減できる施策を検討し、コスト負担を踏まえて経済合理性を評価していきます。
ビルオーナーや熱供給事業者は、これまで実施してきた省エネや脱炭素施策に加えて、さらなる追加施策を考える必要があります。お客様のなかには、さまざまな機器のデータが蓄積されている場合も多く、そのデータを活用した提案が考えられます。こうしたお客様には、データを頂戴して新しい視点や提案ができる循環型デジタル・エンジニアリングがフィットすると感じています。
誰もが使いやすいデータ分析基盤としてSerendieを活用
循環型デジタル・エンジニアリングを実現する手段でもあるSerendieですが、どのような価値があると考えていますか?
野中熱関連トータルソリューションでは、実在空間とデジタル空間で循環型の仕組みを回していきます。
三菱電機は、従来は実在空間でモノを販売してきた企業です。しかしそれだけでなく、グループ会社にはエンジニアリング会社から納入後のメンテナンスや運用にかかわる関連会社があります。これらグループの知見をトータルで横通しすることで、実在空間への対応を強化できます。
一方でデジタル空間についても、2023年4月に社長直轄の社内横断組織として設立された「DXイノベーションセンター(DIC)」の人財や、デジタル基盤のSerendieを活用することで、価値ある分析ができます。これらの組織や知見を融合させて、循環型の線をぐるっと回るようにつなげられるのが、三菱電機の強みだと感じています。
これらに加えて、三菱電機やグループ会社だけでは不足している知見に関しては、外部のパートナーの力を借りることも考えています。どの市場でどのような方々と組んだら良いビジネスができるか、E&Fソリューション事業推進部として事業推進の視点から検討や取り組みを進めています。
熱関連トータルソリューションの提供にあたって、Serendieとの連携の具体例を教えてください。
野中実は、E&Fソリューション事業推進部とDXイノベーションセンターは同時期に設立された組織で、1年以上にわたって一緒に歩みを進めてきました。熱関連トータルソリューションは2024年5月の発表を経て認知が高まり、お客様との話が進むようになってきました。お客様からデータをいただいて分析する案件も増え、そうしたデータ分析にSerendieのデータ分析基盤で提供しているデータサイエンスツールの「Dataiku」を活用しています。
私がいるE&Fソリューション事業推進部にもDXイノベーションセンターにもデータサイエンティストがいて、その人々の技量が非常に高いため、提案の質やスピードが向上していると感じています。そうした人たちの力を活かすためにも、使いやすくわかりやすいDataikuが貢献しており、実際に社内の関係者で結果をシェアしながら分析していくといった使い方が、私たちにとってやりやすい方法だと感じられるようになってきました。データサイエンティストだけではなく、幅広い人が使いやすく分析しやすいDataikuによって、データの見える化ができ、生産性が高まっています。
そのほかにも、Serendieが提供するツールや機能で有効に活用できると考えているものはありますか?
野中熱関連トータルソリューションでは、さまざまなデータを組み合わせて提案することが不可欠です。空調機や熱源の運転データと、建屋の利用状況や気象などのデータは別の場所にあり、総合してデータ分析したいといったケースです。そうしたとき、Serendieが用意するWebAPI連携基盤が力になると思っています。データ活用基盤とともに、今後の活用に期待している基盤です。
Serendieの活用で高まる、熱需要の予測精度
熱関連トータルソリューションで顧客と協業する際に、大切にしていることはありますか?
野中熱供給事業者やビルオーナーのお客様との間では、共同でPoC(概念実証)を進めています。お客様のフィールドで実験を行い、そのデータ分析や考察に基づき技術を改良し、再び実験を行います。このように、実在空間とデジタル空間を行ったり来たりしながらPoCを進めていきますが、そのサイクルのなかで、お客様と知恵を出し合って技術や価値を高めていくことが重要だと感じています。
製造業のお客様とは、具体的な会話を始めた段階です。CO₂排出量の報告やサプライチェーンの企業からの問い合わせなどを想定し、自分たちがどれだけCO₂を排出しているのかを可視化すること、そのための追加コスト、そして無駄の発見や改善などについて、メリットにつながるシナリオを作って提示する必要があると考えています。
そのほか、具体的な成果があれば教えてください。
野中熱供給事業者とのPoCでは、熱をどれだけ使うかの需要を予測する取り組みを行いました。多くの予測技術を実際に適用して評価し改善するサイクルを、お客様と一緒に実施しました。実は、当初に良いだろうと想定していた予測技術を適用しただけでは、あまり予測精度が高くないケースがありました。そこで、予測に用いる指標を検討しパラメーターを調整するなどと同時に、お客様の知見を伺ってDataikuで分析するサイクルを回しながらフィードバックしていきました。その結果、熱の需要の予測精度をかなり高めることができました。
また、ゼネコンとのPoCでは、デマンドレスポンス(DR)のための空調熱源制御の実証を行いました。目標DR量を達成するため、蓄電池や熱源、空調システムをどのように制御すればよいか、いくつかのパターンに分けて実験を行い、お客様と一緒に結果を分析しました。お客様の知見と当社の知見を組み合わせて制御を改善し、再実験するサイクルを回すことで、技術を高めていく取り組みを行っています。
最後に、熱関連トータルソリューションの今後の展望を教えてください。
野中短期的には、現在いくつかのお客様とPoCを始めていて、数年の間に事業化に向けた判断をしていかなければならないと考えています。特に製造業のお客様については会話をし始めたところなので、PoCをこれから重ねていくことでソリューションを確立していく必要があります。
長期的には、熱関連トータルソリューションのサイクルを回すことで、循環型デジタル・エンジニアリングのソリューションとして事業を成立させ、スケールさせる見通しを立てることが目標です。2030年ごろまでの事業拡大を目指し、取り組みを進めていく考えです。