人やものを運ぶ鉄道事業者にとって、安全で安定した運行は絶対条件だ。その条件を守りながらカーボンニュートラルへの取り組みを推進し、さらに少子化などによる輸送量減少への対策も講じる必要がある。この分野で長年、鉄道事業者とともに歩んできた三菱電機は、事業者とともにデジタル基盤「Serendie」を活用し、そのような複雑な課題の解決を目指す。

「これまでの枠組みを超えた価値の提供が必要だと考えていた矢先に、Serendieが誕生した」と語るのは、三菱電機 モビリティインフラシステム事業部長の成松延佳と事業戦略部 輸送ビジネス戦略課 課長代理の 加藤洋亘。Serendieのデータ活用による、鉄道事業への新しい価値提供や可能性を聞いた。

カーボンニュートラルや少子化の波。社会課題の影響を受ける鉄道事業者

2024年7月に、デジタル基盤「Serendie」を活用した鉄道向けデータ分析サービスの開始を発表しました。まずは、三菱電機がこれまでも提供してきた鉄道事業向けサービスについて教えてください。

成松三菱電機は、鉄道事業者に車両用電機品や変電設備、列車運行管理システムなどの各種情報システムを提供しています。また、事業者とともにさまざまな研究開発を進めており、例えば車両用電機品では、装置の小型化や効率化などを追求してきました。

鉄道業界が抱える課題についてどのように見ていますか?

成松前提として、産業界全体でCO2排出量の削減を進めており、鉄道事業者においても、その多くが2050年までにカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げています。

加えて、少子高齢化の影響も考えなくてはなりません。鉄道は設備産業ともいわれるように設備を維持する必要があり、そのためには一定の収益が不可欠です。しかし、人口減による輸送量の減少が予想されており、現在の収益を維持することが厳しくなっていくでしょう。そこに向けて、設備投資をできる限り抑えたいというニーズが高まっています。実は、この課題が生じるのは少し遠い未来といわれていましたが、コロナ禍によって一気に現実味を帯びました。

多様なデータの掛け合わせで省エネ、設備アセットの最適化を実現

そのような課題を踏まえ、鉄道事業者や三菱電機では、どのような取り組みを行ってきたのでしょうか?

成松鉄道事業者の事業領域は非常に幅広く、車両、電気、土木など複数の系統に分かれています。これまでも、系統ごとに蓄積されたデータを活用した最適化を行ってきました。例えば、車両系統では、故障予知などに車両から得られるビッグデータの活用などです。

しかし、鉄道運行は複数の系統が連携して成り立っています。そのため、全体の最適化や根本的な課題解決には各系統間の横のつながりが重要です。ただ、残念ながら実際はサイロ化した状況で、系統ごとに蓄積されているデータを組み合わせて活用するところまでいたっていません。

事業者も私たちメーカー側も、その状況を分かってはいたものの、打破できるソリューションがありませんでした。結果として、横のつながりがネックとなり、新しい技術やサービスの実現が難しかったのです。

加藤Serendieがリリースされた今、各系統が蓄積し続けているデータの組み合わせが容易になります。安全・安定輸送の維持、カーボンニュートラルへの取り組み、将来を見据えた設備投資の軽減などさまざまな分野で、分かっていたのに難しかったこと、従来からやりたいと考えていたことができるはずです。新しい価値創出を、従来のサイロ化された状態でなく、縦と横のつながりで進めていけるイメージですね。

Serendieを活用した鉄道向けデータ分析サービスが、新しい価値を生み出すのですね。具体的には、どのようなデータを集めて、どのようなことが実現されていくのでしょうか?

加藤具体的に収集するデータは、車両からは「電圧、電流、回生電力、列車走行位置、混雑状況」など、変電所からは「電力量、き電電圧※」など、駅設備からは「太陽光発電量、蓄電池充電量、回生電力、駅負荷電力」などです。これに運行データや気象情報も加わります。

※ き電電圧:鉄道車両が走行時に使用する電気の電圧。

例えば、回生電力は、列車の運行間隔が短いエリアでは周辺の列車間でその電力が融通されますが、列車の運行間隔が長いと融通されづらく、失効されてしまいます。そのため、余剰となった回生電力を駅舎補助電源装置「S-EIV」に貯めて、駅舎などの負荷に活用することが一つの解決策となります。

鉄道向けデータ分析サービスでは、収集したデータを組み合わせて分析することで、余剰回生電力の発生状況を見える化できます。それをもとに、S-EIVの適切な配置場所や、駅の混雑度・運行ダイヤ・運行状況に応じた鉄道アセットの最適な運用方法を提案することが可能となりました。

成松余剰回生電力を有効活用することで数億円のコスト削減につながるという試算も出ています。

また、変電所から送り出す電力量は、運行に支障が出ないように高めに設定されるケースが多いと聞きます。これからは、分析したデータによって変電所から送り出すべき最適な電力量が高い精度でわかるようになるため、変電所電圧の最適値を提案することも可能となり、ピーク電力抑制による変電所設備のスリム化にもつながるはずです。

鉄道アセットと列車運行の連携イメージ

鉄道アセットなどハード面の最適化だけでなく、人材などソフト面に対しての効果も期待できるのでしょうか?

加藤列車運行におけるさまざまなデータを組み合わせて分析する作業にはこれまで、多くの労力と専門的な知識やスキルを必要としてきました。今後は、Serendieにより、より効率的でスピーディーな課題抽出と解決策の提案ができるため、人的リソースの最適配置や効率化が期待できますね。

「技術+思い+Serendie」で新しい価値を

モビリティインフラシステム事業部からみて、どこにSerendieの強みや魅力を感じますか?

成松先ほど述べたコロナ禍や、働き方の変化など社会の動きに合わせて、鉄道事業者の市場環境は年々変化しています。私たちがこれまで提供してきた価値だけでは、いずれその変化に対応できなくなるのではないかと危惧していました。

そのため、従来の枠組みから外れた新しい価値創造にチャレンジしなくてはならないと考えていた矢先に、Serendieがリリースされ、「これだ」と決めて一気に進めてきました。私たちが持つ技術、鉄道事業者にさらなる価値を提供したいという思い、それにSerendieが組み合わさることで、大きな新しい動きになると感じています。

加藤Serendieの強みは、事業化していく上でのスピード感、データの精度や正確さだと思います。さらに、Serendieを推進するDXイノベーションセンター(以下、DIC)がハブとなって、ほかの事業部とつながり、そこで生み出される新たな共創にも期待しています。また、DICのデータサイエンティストのノウハウが社内に広がっていくことで、事業部でのデータ活用自体が活気づいていくでしょうね。

お話を伺っていても、また私たちの日常で感じることからも、鉄道事業を含むモビリティ分野は変革期にあると感じます。そこに携わる事業部として、今後の展望をお聞かせください。

成松モビリティ全体で見ると、陸だけでなく空もさまざまな移動手段が登場し、市場のニーズも時代とともに変わってきています。鉄道という枠に縛られず、ニーズにアジャストする新しい価値をつくりだしていくためには、スタートアップ企業を含め、従来のビジネスの枠にとらわれない形で進めていく必要もあるでしょう。

加藤移動における需要は多様化してきており、鉄道においても、これまでのように決まった時刻に運行する「定時制」だけでなく、必要な時に必要な輸送をより迅速・的確に提供することが求められるようになるかもしれません。運行タイミングを導き出すためのデータ活用がとても重要になり、そこでもSerendieが役立ちます。

成松今回、私たちがSerendieを活用して取り組むのは、まずは鉄道事業に関わるエネルギーの最適化が中心になります。先述したように、縦横のデータを組み合わせ、これまでとは次元が異なるレベルの最適解を導き出していきます。

一方で、鉄道事業全体として見ると、運輸事業だけでなく、不動産・ホテル事業や流通・サービス事業といったさまざまな分野が包括されています。そこにも、三菱電機が持っているさまざまなデータを組み合わせて、今よりさらに最適な解を導き出すことができるはずです。さらに、鉄道事業が持つ堅牢性は、災害時のエネルギー拠点となり得ます。各駅を地域のエネルギー拠点や災害時の拠点として活用できるような取り組みを進めて、総合的な地域貢献の推進に寄与していきます。

駅から地域へ、地域から全国へ。社会全体に広がる価値を生み出すことができるのは、三菱電機の強みでもあります。そのためにも、私たちはSerendieを軸に複数事業を組み合わせ、新規事業創出の可能性を追求しながら、鉄道事業を起点として社会全体につながる大きな価値を届けていきたいですね。