ライフソリューションを促進する「コトづくり」のために。
Serendie®で家電・空調システムをアジャイルに進化させる
2025.03.26
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石原鑑氏 Akira Ishihara
工学博士、認定スクラムマスター
三菱電機株式会社
IoT・ライフソリューション新事業推進センター センター長
1993年入社。開発本部にて監視制御システムの開発に携わりながらソフトウェア生産性向上技術に取り組む。2016年、先端技術総合研究所戦略部長、2018年、Mitsubishi Electric Research Laboratory Executive Vice President、2021年、情報技術総合研究所情報部門長、2023年、DXイノベーションセンター副センター長。2023年10月より現職。
デジタル基盤「Serendie®︎」の活用を積極的に進めている三菱電機の一角を担うのが「IoT・ライフソリューション新事業推進センター」。形のある製品を提供する「モノづくり」に留まらず、製品を売った後もサービスとして継続的に顧客に価値を提供する「コトづくり」を重視しているという。
これまでも、エアコンや換気扇といった家電や住宅設備から得られるデータを、製品やサービスの開発に活かすための取り組みを進めてきた同センター。「コトづくり」を推進するにあたり、Serendie®︎をどのように活用していくのか。センター長の石原鑑氏に聞いた。
これまでも、エアコンや換気扇といった家電や住宅設備から得られるデータを、製品やサービスの開発に活かすための取り組みを進めてきた同センター。「コトづくり」を推進するにあたり、Serendie®︎をどのように活用していくのか。センター長の石原鑑氏に聞いた。
製品、サービス、部門を横断しながら、データ活用の推進役に

- ——家電と空調システム全般を扱うリビング・デジタルメディア事業本部に属するIoT・ライフソリューション新事業推進センターは、2020年に設立されたと伺っています。どのようなIoT化を推進してきたのでしょうか?
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石原 私たちIoT・ライフソリューション新事業推進センターは、設立当初からデータ活用に注目し、まずは、家電や住宅設備にWiFiアダプタを搭載してクラウドに接続できるようにしました。それらをIoT機器と呼ぶことにしましょう。そのうえで、IoT機器から(ユーザーの合意のもとに)データを収集する共通プラットフォーム「Linova(リノバ)」を開発しました。
さらに、IoT機器からのデータと社内ITシステムのデータを一元的に扱えるようにするための連携も実現。それら蓄積したデータは、統合データ分析基盤「KOTOLiA(コトリア)」で一元管理して分析します。
その背景には、三菱電機をはじめとする日本の製造業が得意としてきた「モノづくり」から、家電や空調システムなどから収集したデータを活用し、より高い付加価値や顧客体験を提供し続ける「コトづくり」への変革があります。 - ——ユーザー側のソリューションもあるのでしょうか?
- 石原 ユーザー向けには、IoT機器とつながるためのスマートフォンアプリ「MyMU(マイエムユー)」を提供しています。LinovaでIoT機器からデータを収集し、KOTOLiAで分析して、さらなる付加価値や顧客体験につながるサービスを開発し、MyMUで再びユーザーの元にお届けするといった循環が実現しています。
- ——具体的な活用事例を教えていただけますか。
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石原 空調の事例として、「おやすみサポート」と「Good Share!」をご紹介します。まず、エアコンの自動制御サービス「おやすみサポート」は、快適な睡眠をサポートするために室温を一定に保つ自動制御機能です。ユーザが夜間に空調のオンオフを頻繁に繰り返しているというデータから、「室温変化が、睡眠に影響を与える一因になる」という気付きを得てこのサービスを開発しました。
マルチエリア空調「Good Share!(グッシェア)」は、リビングの快適な空気をエアコンが設置されていないほかの空間にも送風できるものです。リビングが空調の効いた快適な空間に保たれていたとしても、玄関や脱衣所なども同じ状態とは限りません。とはいえ、全空間にエアコンを設置するのも現実的ではありませんよね。
そのような課題を解決するため、各部屋に設置した環境センサーから収集したデータを分析活用し、リビングに設置したエアコンと天井に設置した送風ファンを連携させました。いわば、全館空調の快適性を家庭で安価に享受できるイメージです。
おやすみサポート、Good Share!ともに、MyMUを通じてご利用いただけます。お陰様でGood Share!は「2024年度(令和6年度)省エネ大賞」をいただいています。 - ——さまざまな製品を連携させながらデータも活用するとなると、それに携わる部門間の連携も欠かせませんよね。
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石原 そうですね、製品やサービスをまたいだ横のつながりは欠かせません。従来であれば、開発に携わるエンジニアは、自身が担当する製品領域以外のエンジニアとの交流がほとんどありませんでしたが、今は部門を横断した交流機会が増えつつあります。人材的な側面から見ても得るものが多い取り組みと言えるでしょう。
もちろん最初は戸惑いもあったようです。ただ、どの部門であっても「ユーザーにこれまで以上の価値を届けたい」という最終的に目指す先は同じ。共通した目標のもとでほかの製品領域のエンジニアとのやりとりが生まれ、お互いに得るものがありました。実際にIoT機器から収集したデータに基づいて議論をすることで、納得性も高く、事業部内に製品領域を横断するポジティブな流れがつくられたとも感じています。
「Doアジャイル」ではなく「Beアジャイル」

「Serendie Street Yokohama」内にある「FIELD」エリア
- ——2025年1月には、三菱電機が取り組むデジタル基盤「Serendie®︎」を象徴する共創空間「Serendie Street Yokohama」がオープンしましたね。このSerendie®︎とはどのような関係にあるのでしょうか。
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石原 Serendie®︎と、LinovaやKOTOLiAはとても近い関係にあります。というのも、Serendie®︎のコンセプトはLinovaやKOTOLiA のコンセプトに通じているからです。私たちのセンターで展開していたデータ活用をさらに発展させ、全社に展開するイメージですね。実際、Linovaによって収集されたデータはSerendie®︎にも常時共有されるようになり、データ活用の全社展開を可能にしています。
加えて、共創空間「Serendie Street Yokohama」によって、事業や製品領域に閉じない交流やプロジェクトをより進めやすくなるはずです。私たちが進めている「モノづくりからコトづくりへ」という変革は、技術的な基盤だけではなし得ません。アジャイル型のアプローチを取り入れるなど、手法やマインドセットにも手を入れる必要があるでしょう。Serendie Street Yokohamaが、それらを押し進める原動力になると期待しています。 - ——アジャイルを取り入れながら、手法をどのように変えていくのでしょうか。
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石原 アジャイルとはもともと、ソフトウェア開発の方法論でした。短いサイクルで継続的に改善し、素早く開発を進める手法です。今では、ユーザーや社会のニーズに素早く反応しながらプロジェクトや課題解決を進めていく手法としてさまざまケースで用いられています。
私は、このアジャイルは社内外と連携していく際の方法論にも通じると捉えています。そのため、IoT・ライフソリューション新事業推進センターでは、「Doアジャイル(=アジャイルをする)」ではなく「Beアジャイル(=アジャイルになる)」と声がけをしています。開発の方法論としてアジャイルを採用するだけではなく、考え方や行動から変えていくのです。
また、三菱電機がこれまで培ってきた製品品質と、アジャイルのスピード感を両立していくためには、その要素を従来の開発のどこにどのように組み込むのかも重要です。Serendie®︎では、その両立のための「アジャイル開発ガイドライン」を策定しており、私たちIoT・ライフソリューション新事業推進センターの品質管理システムも、それに準拠したものに変えました。

- ——Serendie®︎との連携に関して、すでに取り組んでいることがあれば教えてください。
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石原 先に述べたように、Linovaによって収集されたデータはSerendie®︎のデータ基盤にも蓄積されています。このデータをほかの事業や製品に従事されている方に活用いただけるようにデータのカタログ化を進めていきます。そのために、製品とデータの知識を持つデーターオフィサー、私たちは「ドメインデータオフィサー」と呼んでいますが、ドメインデータオフィサーが中心となってデータ整理を進めていくための体制構築に着手しています。
また、ほかの事業部と連携している一例に、私たちが開発し、Serendie Street Yokohamaでも利用している人位置検知ソリューション「MEL-IPS」があります。今後は、Serendie Street Yokohamaに常駐するファクトリー・オートメーションを扱う事業部のメンバーと連携して、MEL-IPSや空調制御のソリューションを工場へ展開していければと思っています。そのような連携も、Serendie Street Yokohamaがあることでスピード感のあるアジャイルなアプローチで進めることができます。
Serendie®︎によって連携しやすくなった機運を逃さず、さらなるカスタマーエクスペリエンスの向上へ

- ——家電・空調システムのこれからを見据え、IoT・ライフソリューション新事業推進センターでは、どのようなことに取り組んでいくのでしょうか?
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石原 「お客様とつながり続ける」を合言葉に、製品を提供して終わりではなく、顧客生涯価値の最大化にフォーカスし、いかにカスタマーエクスペリエンスを高めていけるのかを追求していきます。そのために、たとえばPoC(Proof of Concep/概念実証)は、「何のためのPoCなのか」「お客様にどのぐらい新しく、意味のある体験を提供できるのか」という物差しでシステマティックに進めていきます。
また、これまでのLinovaやKOTOLiAなどを利用したデータ活用のターゲットは国内のBtoC市場がメインでした。Serendie®︎の活動が今後グローバルに広がっていくのに合わせて、私たちの取組みも国外へ、BtoBへと広げていくつもりです。
もちろん、これらは私たちだけで実現できることではありません。さまざまな立場の人たちと連携して製品開発を加速していくためにも、Serendie®︎には大きな期待を寄せています。現在、私たちリビング・デジタルメディア事業本部からSerendie Street Yokohamaに常駐しているメンバーは約10人。この人数を増やしていくと同時に、Serendie®︎を活用したMVP(Minimum Viable Product/実用最小限の製品。また、最小限の機能を備えた製品を早期に市場へ投入し、フィードバックを得ながら製品改良を進めていく手法)の取り組みを拡大していきます。
Serendie Street Yokohamaのオープンに伴い、Serendie®︎についてこれまで以上に、顧客やパートナー企業から良い反応をいただいています。せっかく皆さんと連携しやすい基盤と環境が整ったのですから、この機運を逃さず、さらなる付加価値や顧客体験の創造につなげ、「モノづくりからコトづくりへの変革」を進めていきたいですね。