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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.8

オーシャン・ワールド — 太陽系外側の多様な海の世界

島々に灯をともしけり春の海  子規

海の景色が僕らに安らぎを与えるのは、海が僕らの —とりわけ島国日本で生まれ育った僕らの— 思い描く故郷の風景だからだろうか。景色だけでなく、波の音、潮の匂い、素足で触れる砂の感触と温度。海は、僕らの五感を刺激して昔を想い起こさせる要素に満ち満ちている。

地球史46億年の視点に立っても、海は僕らの共通の故郷だといってよい。荒涼とした原始の地球で、生命が最初に誕生したであろう場所こそが、他ならぬ海だからである。僕らの祖先が海を離れ、その生息の地を陸上に移したのは、わずか4億年前のことに過ぎない。

これまでのコラムで僕は、火星や金星、小惑星についてご紹介してきた。それぞれ一言では言い難い個性豊かな天体たちであるが、共通しているのは太古の昔、液体の水があったかもしれない点である。

特に、火星や金星には、地球と同じように地表に海があったかもしれず、その海には誕生したての太陽から日光が降り注ぎ、あるいは生命さえも誕生していたのかもしれない。

しかし、今日の火星や金星は、と言えば、このような海の存在とはかけ離れた別世界といってよいものである。火星は寒冷な砂漠の星、金星は灼熱の星と化してしまった。

今日も海が存在する天体は、太陽系には地球以外に存在しないのだろうか。

今回お話しするのは、現存する地球以外の海についてである。最近の太陽系探査によって、火星でも金星でもない、極寒の太陽系の外側領域に、現在でも海をもつ天体が複数存在することが明らかになっている。僕ら惑星科学者は、これら天体群を「オーシャン・ワールド」と呼ぶ。火星を飛び越え、遥か太陽系遠方の海の世界へ、皆さんをお連れしよう。

宇宙に浮かぶ氷の世界

地球を飛び出し、太陽系の外側の旅に出かけよう。

地球の隣の惑星、火星を超えると、小惑星帯と呼ばれる岩石質の小天体群の点在する領域に到達する。小惑星帯の先では、太陽系最大の惑星である木星がその偉容を誇っている。木星は巨大なガスのかたまりであり、大小さまざまに大気が渦巻いている。その渦1つの大きさが地球全体を覆うほどもあることを思えば、いかに木星が巨大な惑星かお分かりいただけよう。

探査機ジュノーが至近距離からとらえた木星の様子。(提供:NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS)

木星以遠に行くと太陽の光は弱く、極寒の世界がひろがる。木星や土星は数多くの衛星、つまり月をもつ。衛星とは、太陽の周りではなく、木星などの惑星を周回する天体である。

月というと、岩石でできた地球の月の姿をイメージするかもしれないが、木星や土星の月たちは、一見してこの地球の月とは異なっている。木星や土星の月は、氷を多く含む氷衛星と呼ばれる月である。氷衛星の表面温度はマイナス200℃を下回り、見かけは宇宙に浮かぶ巨大な雪玉といった方が近いだろう。

このような極寒の世界では、生命はおろか海の存在も期待できないと思われるかもしれない。ところが、これら氷衛星のいくつかには、その厚い氷の地面の下に、液体の水が“地下海”として存在しているのである。氷衛星の中心の岩石が発熱し、内側から氷を融かしているのである。暖かな海底の岩石と極寒の氷の地表の間に挟まれ、外界から遮断されながらも、地下海はそこに安定して存在している。

探査機ガリレオが撮影した木星の氷衛星エウロパ。(提供:NASA/JPL-Caltech/SETI Institute)

実際に、木星の氷衛星エウロパを見てみよう。このエウロパの姿を見て、これが氷衛星だと即座にわかる人は、果たしてどれほどいるだろう。白い球体の上を縦横無尽に走る赤い筋は、爬虫類か鳥類の卵を連想させる。赤い筋はまるで血管であり、宇宙に浮かぶこの球体自体が、何やら巨大な生命体のように見えるのは、僕だけではないのではなかろうか。

エウロパの地下に海が存在することを示す証拠はいくつかあるが、その1つがこの赤い筋である。赤い筋の正体は氷表面の割れ目であり、そこから地下海の海水が顔を出す。海水は宇宙空間にさらされた瞬間に冷凍されるが、海水に含まれる塩分が赤く変色し、赤い筋となるのである。

この赤い筋に何やら生命の可能性を感じた人がいるとすれば、その直感はあながち誤りとは言いきれないのである。

地下海から噴き出す海水

僕らがこのような太陽系外側の氷の天体の姿を初めて目にしたのは、1977年に打ち上げられたNASAの探査機ボイジャーによってである。単純な低温の世界が延々と広がっていると思われた太陽系の外側に、多彩な世界があることを知らしめたのはボイジャーの大きな功績である。当時は科学者でさえ、このような世界の存在は想像していなかった。

その後、20世紀末には、探査機ガリレオによる木星を周る氷衛星の探査が行われ、2004年から2017年まで、探査機カッシーニが土星の氷衛星の探査を行った。

カッシーニ探査において最も僕らを驚かせた発見は、土星の氷衛星エンセラダスから宇宙空間へ吹き出す海水の噴水を見つけたことである。エンセラダスには、エウロパ同様に地下海があり、その海水が表面の割れ目から絶えず宇宙空間に噴き出していたのである。

探査機カッシーニがとらえた土星の氷衛星エンセラダスから噴出する海水(左)。探査機ガリレオが撮影した木星の氷衛星エウロパ(右)。氷の下には地下海があり、岩石の海底から熱水が噴出する熱水噴出孔があると考えられている。(提供:NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute・NASA/JPL-Caltech)

2008年には、探査機カッシーニはエンセラダスの地表わずか15キロメールをすり抜け、噴出する海水を宇宙空間でキャッチし、その場で成分を分析した。人類が初めて地球外の海水を採取した瞬間であった。

はたして海水には何が含まれていたのだろうか。

水以外の成分としては、二酸化炭素、アンモニア、塩分が含まれていることがすぐに明らかになった。少ししょっぱい、アンモニア臭い炭酸水の海水といったところだろうか。

海水成分だけではない。エンセラダスの海水には、生命の源となる有機物も多く含まれていた。中には、地球上の微生物と同じくらいの大きさの有機物のかたまりまで存在していた。

さらに、海水中には地球の海底熱水噴出孔のような環境でしかできない、特殊な鉱物まで含まれていた。地球の海底熱水噴出孔には、現在も微生物が生息し、原始地球における生命の誕生の場の有力候補にもなっている。熱水噴出孔での化学反応によって、原始的な微生物にとってのエネルギー源、すなわち食べ物が絶えず生み出されているのである。

九者九様の海

エンセラダスには、液体の水、有機物、エネルギーという、生命の生存に必須の要素が現在でも存在する。地球以外で生命を育みうる環境が現存することが実証されたのはエンセラダスが初めてあり、生きた地球外生命の発見という科学の究極のゴールに迫る貴重な天体だといえよう。

エウロパやエンセラダスだけではない。

木星の周りにはエウロパ以外にも、ガニメデ、カリストという月にも地下海がある。また、土星の周りの氷衛星ではタイタン、ディオーネ、海王星の月のトリトンにも地下海がありそうだ。

さらには、木星や土星の月ではなく、太陽の周りを回る小天体のなかでも大きなものには地下海が存在する。冥王星やケレスといった準惑星と呼ばれる天体たちがそれである。

太陽系の外側には、推定されているものを含めてこれら9つの天体が、今日でも海を持っているのではないかと考えられている。そして、これら海の環境は、当然ながら天体ごとに異なる。エウロパには、生命にとっての食べ物が最も豊富に存在していると推定されている。一方で、生命の材料である有機物は、エンセラダスやケレスに豊富に存在する。海水の塩分濃度もpHも、天体によって様々であろう。

九者九様の海があり、ともすればその分だけ多様な生命がそこに存在するかもしれない。あるいは、このなかでも限られた天体にだけ生命がいるのであれば、その共通の環境から生命誕生の条件に迫れるかもしれない。

僕らの太陽系にはオーシャン・ワールドと呼ぶにふさわしい、多様な海の世界が広がっているのである。

マリアナ海溝の地球上の海底熱水噴出孔の様子。(提供:NOAA)

海から離れて棲む生命

今回この稿では、もっと多くのことを語りたかった。

土星の氷衛星タイタンの地表にある液体メタンが作る異様な海について、さらには液体メタンが地球の水と似た役割 —蒸発、雲の形成、降雨、大地の侵食といった循環— を引き起こしていることについても言いたいことがたくさんあるのだが、これは次回にゆずりたい。

オーシャン・ワールドの将来の探査計画についても語りたかった。

実は、日本もヨーロッパと共同でオーシャン・ワールドの探査にいよいよ参画しつつある。これも次回にゆずることとしよう。

オーシャン・ワールドのような地下海と、地球のような地表の海、宇宙においてはどちらが普遍的な海の存在形態であろう。数の上では前者に軍配が上がる。氷と熱を生む岩石があり、天体がある程度の大きさなら、地下海を持つのは必然だというのが現代の理解である。

では、地下海に棲む生命と、僕らのように地上に棲む生命、宇宙においてはどちらが普遍的な生命の存在形態であろう。答えはまだ不明だが、僕らのように地上に棲み、空や宇宙を眺める生命の生き方は、極めて特殊なのかもしれない。星空を眺める特権を持つ生命は、宇宙にはそれほど多くないのではなかろうか。

地下海に棲む生命は、海に安らぎを感じることはおそらくなかろう。僕らが日ごろ周囲の大気を気にかけたりしないように。当然、冒頭の子規の句を、地下海の生命は味わうことはできまい。海に何かを思う感情も、海から離れて棲む僕らの特殊性であり、特権の一つと言えるのかもしれない。

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