生命は海から?陸から?宇宙から?—高井研さんに聞く①
「土星の衛星エンセラダスに地球外生命の可能性が!」という2015年3月のニュースは衝撃的だった。エンセラダスは太陽から遥か彼方の、氷の衛星。その氷の下に生命が誕生した頃の原始地球と似た海が広がり、今も熱水活動が行われているというのだ。その事実を実験により明らかにしたのが、深海のプロ集団=海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者たちというのも興味津々。そこで「生命の起源×深海」と言えばこの方、JAMSTECの高井研さんを訪ねた。ものすごく難しい話をものすごく丁寧にお話くださった(時に「ここ、感動ポイントやで!」とあきれられつつ)インタビューを2回に分けて紹介します。後半ほど熱くなるトーク、最後までついてきてくださいね。深海へGo!
深海の熱水噴出孔はラスベガス!?
- —水深数千mの深海に、熱水が噴き出す熱水噴出孔(チムニー)があって、生命が誕生した場所と考えられていますよね。どんな世界だろう?と興味がありますが、高井さんは「砂漠で忽然と現れるラスベガス」と表現されていて、オモシロいなぁと。
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高井:
アメリカをドライブしたことあります?基本的にアメリカってど田舎で、変わらない景色が延々と続くじゃないですか。たとえば砂漠の中を走っていると、「あれ、ちょっと家が出てきた」とか「電線が出てきた」という感じで、深海の底にぽろぽろっと生物が見えてくる。「近いんじゃない?」と思うと、もはーっと郊外の住宅街が出てきて、突然ゴーンとラスベガスの摩天楼のように熱水噴出孔が出てくる。深海底は真っ暗で「しんかい6500」がライトで照らす10メートル先しか見えないから、近づかないと見えないんです。
- —だから、いきなり摩天楼が来ると。今まで何回ぐらい深海に潜っているんですか?
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高井:
有人潜水船の「しんかい2000」や「しんかい6500」だと50回近くですね。
- —「しんかい6500」は3人乗りで研究者は一人だけですよね? 年間で潜れる研究者の数は限られていて、宇宙に行くのと同等かそれ以上に狭き門というイメージですが…
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高井:
一時期ぶいぶい言わせて年間5~6回ぐらい乗っていた頃もありましたよ。今は悪しき民主主義で(笑)僕が15回乗るよりも、一人一回なら15人乗れると言われて、多くの人を乗せようとしています。でも初心者が乗ると全然研究の効率が悪いんですよ(笑)。
- —研究者の役割は、あそこに行ってとか指示をするんですか?
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高井:
はい。その日の潜航のプロデュース監督です。潜航のスケジュールは決まっていますが、予定した探査ができなかったら方針転換してプログラムを変えていかないといけない。でも初心者は書かれた通りのスケジュールをやろうとして、何も発見がないまま終わる。「俺が乗ればよかった!」と反省するわけです(笑)。
- —そんなに何度も潜りたくなる深海の魅力ってどんなところですか?
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高井:
宇宙で人間が行ける場所は、地球が「こたつ」だとしたらこたつから足を抜いたぐらいでしょ?何も冒険していない。でも海は水深100メートルを超えたら生身の人は行けない場所で、行くたびに新しい発見がある。今でもモーリシャスやフィジーのサンゴ礁とか何時間も見ていられます。心地よくて美しいんです。しかも研究できる物をいっぱいとれる。自分で行けて自分の足で踏みしめることがやっぱり一番楽しい。対象としては宇宙より遥かに面白い。でも「生命の起源」を知りたいから宇宙に行きたい。手段としてね。
生命が誕生するための4つの条件。水だけあってもダメ!
- —なるほど。ところで高井さんは世界中の深海を探査されて2002年にインド洋の熱水噴出孔で「地球生命の最古の祖先」と考えられる、メタン菌を発見されていますよね。生命がどう生まれて進化してきたかについて、今どんな風に考えられていますか?
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高井:
これ、けっこう大変な話で僕の中でもアップデートされてます。世界的にも深海のチムニーと呼ばれる熱水噴出孔で生命が生まれたのではないかと考える人が多いです。それにはいくつか根拠がある。
まず「生命が誕生するのに必須の4つの条件」があって、プライオリティが決まっている。一番目は「エネルギー」。生命が誕生するにもエネルギーは必要だけど、「誕生すればオッケー」なわけではなくて、生命が持続するにも必要。我々は水素がたくさん出る岩石が40億年前の海底にいっぱいあり、水素と海水中の二酸化炭素がエネルギー源となり、生命誕生後の約10億年、光合成エネルギーができるまで生命進化を支えたと考えています。
- —その水素と二酸化炭素をエネルギー源として食べるのが高井さんが発見されたメタン菌で、メタン菌を食べる生物があらわれて、(光がささない深海で)地球最古の生態系を支え続けたと。
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高井:
はい。次に重要なのは「水」と「元素」。生命という複雑な機能を維持するために、人間では数千種ぐらいの化学反応が行われています。微生物では数百種類の化学反応は必要。化学反応を行うには鉄やニッケルなど二十数種類の元素が必要ですが、元素を吸収するためには、水に溶けていないといけない。だから水が必要なんです。
- —よく、生命には水が必要だと言われますが、水だけあってもダメなんですね?
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高井:
そうです。複数の元素をとるための溶媒として水が必要で、元素が水に溶け込んでいる状態、つまり海が必要ということになります。深海熱水はこれにも当てはまる。 そして最後に重要なのは、物体として存在するための材料。有機物です。「エネルギー」、「水」、「元素」、「有機物」、この4条件をすべて満たしていて、生命誕生に一番可能性の高い場所が、深海の熱水噴出孔でしょうというのが基本的な考え方です。
- —ちょっと疑問ですが、4番目の有機物は宇宙から来たという考え方もありますよね?
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高井:
生命が「生まれる場所」と「由来」は別です。生命は深海熱水という「場所」で最後に組み立てられて、海水中に放出されてはびこる。「由来」についても、先ほどの4条件の中でエネルギー、水、元素は深海熱水にあります。ただ有機物については深海熱水で地産地消するか、しないか。
- —宇宙から持ってくる可能性もありですか?
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高井:
そこはまだ解決できていない。たとえば我々が一番注目しているのは、生命体の重要な材料である核酸とタンパク質に、窒素が必要なことです。窒素を生命活動に一番取り込みやすいのはアンモニアです。地球の仮想原始大気から有機物を作る実験を行った、有名な1953年の「ミラーの実験」では大気中にアンモニアを想定しています。でも当時の地球にはアンモニアがほとんどなくて、それが大きな問題でした。でも宇宙には死ぬほどアンモニアがある。
- —で、宇宙から来たと?
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高井:
宇宙からはアミノ酸とか核酸とか、ほしい有機物が都合よく降ってくるわけじゃないけど、石油みたいな複雑だけどゴミみたいなものがアンモニアと一緒に降ってくる。例えば隕石とか彗星とか、宇宙塵として。それが有機物を作る材料として考えられますね。
その一方で、いやいや地球でも有機物は作れますよという説もある。実は有機物が地球でできたか、宇宙から来たかは、生命のでき方にめちゃくちゃ関わっている。宇宙から有機物が来たと考えると、ランダムな中からたまたまある化学反応が起きて生命が生まれて進化した、つまり「いろんな生命が生まれる可能性」も高くなる。一方、地球で有機物ができたとすると、最初に生まれたものがある一定方向に進化を積み上げて行って、最終的に我々生命に近づく。「我々みたいな生命は生まれるべくして生まれた」と。どっちかはわからない。
- —難しい話になってきたので・・
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高井:
あまり難しくないんですけどね。今、世界で一番難しい問題を一番やさしいレベルに落とした、素晴らしい説明だったんですけど(笑)
温泉派VS深海熱水派 決着はエンセラダスで!
- —すみません(汗)。 今、生命の起源について一番問題になっているのはなんでしょう?
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高井:
生命がどこで生まれたか。深海熱水なのか、他の場所かということです。
- —え、深海熱水で生まれたのでは?
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高井:
僕らはそう考えていますが、「温泉で最初の生命が生まれた」と考える人もいます。40億年前の地球に陸はほとんどなかったはずなのに、陸があるという妄想を土台にして(笑)。つまり情熱大陸ではなく、妄想大陸ですね(笑)。でも温泉の方が有利な点もあって、それは濃縮ができること。我々の身体は「めちゃくちゃ濃い有機物のスープ」なんです。それを海の中で濃縮するのは大変です。温泉なら干上がったり水が蒸発したりして濃縮できる。これは結構重要な反応ですね。
でも問題もある。当時、陸はあっても島みたいなもので、そんなになかったはずだから、たとえ生命が生まれても隕石が落ちてきたりして、すぐに死んでしまう。
- —進化が継続しないと?
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高井:
そう。生命がどこで生まれたとしても、進化を継続するには絶対に海の中に入らないといけない。海は世界中につながっているので、温泉のたこつぼに生まれた生物でも全地球に広がることができる。広がれば地球の半分が破壊されるほどの隕石が降っても大丈夫だし、宇宙からの紫外線や宇宙線からも守ってくれます。これがすごく重要で、我々の祖先は、必ず一回は深海熱水という場所を経て我々につながっている。ただ温泉で生命が生まれたとして、その後で海で生きるには、淡水から海水に慣れないといけないし、相当な距離を移動しないといけない。その大変さや確率を考えれば、最初から深海熱水で生まれてはびこる、つまり起源と存続が同じ場所で起こる方が遙かに確率が高いと考えられます。
- —温泉派か深海派か、どうやって解明していくのですか?
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高井:
一つは過去の環境を実験室で再現して、ある程度確率的な数字を出すことはできます。
そしてもう一つの決定的な方法論が土星の衛星エンセラダスの生命探査です。地球で生まれた生命はたった1回の結果論でしかない。つまり地球は1回しかサイコロを振っていない。比較のしようがないし、科学的な決着がつかない。だから他の天体に行く。地球もエンセラダスも木星の衛星エウロパの海も、基本的にはでき方は同じです。
- —同じですか?
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高井:
岩石と水が反応して海ができて、同じような塩の濃度もある。多少中に入っている小さな化学成分は変わりますけど。もちろん太陽の光は当たらないから、我々みたいに進化はしていないですが、過去の地球とエンセラダスの海はよく似ている。ほぼ一緒ですね。
- —ほぉ!
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高井:
エンセラダスに今生命がいる可能性が高いというのは、すごい発見だと思いますけど、実は重要なのは発見ではなくて「比較」なんです。エンセラダスにはメタン菌がたくさんいると思われている。そのメタン菌のシステムを見て、地球上の微生物とよく似ているなとわかったとしましょう。地球ではサイコロを一回しかふらなかったが、地球とエンセラで2回ふったことになる。
- —地球で一回、エンセラで一回。
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高井:
どっちも1がでたら?「このサイコロは1が出るサイコロだ」とかなり言いやすくなる。次にエウロパに行く。また1が出たと。するとサイコロは1が出るサイコロ。つまり「生命の生まれ方が共通している」。エンセラダスもエウロパも46億年の歴史があって陸はない。つまり「生命の誕生に陸はいらない」ということになる!
- —海だけで生命が生まれたと結論できる?
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高井:
確率論でなく事実として「深海熱水で生命が生まれる」という証明ができるんです!
- —あのエンセラダスの発表で・・
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高井:
今のすごく感動してくれないといけないポイントですよ!要するに「生命の起源」を解決するためには、地球だけを研究していたのではダメで、宇宙に行かないといけないというめちゃくちゃ重要なロジックですよ。だからエンセラダスに行く理由があるんですよ!(続く)