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読む宇宙旅行

2013年9月26日

「世の中にない宇宙」を創り続ける男、大平貴之さん

プラネタリウムクリエーター、大平貴之さん。とにかく物を作るのが好き。豊洲での映像用に水中を360度撮影するカメラも自作してしまった。いつかはロケットも?

プラネタリウムクリエーター、大平貴之さん。とにかく物を作るのが好き。豊洲での映像用に水中を360度撮影するカメラも自作してしまった。いつかはロケットも?

 小学生の頃からプラネタリウムを作ってきた。高校時代にオーストラリアで見た天の川を再現しようと、560万個もの星を投影するMEGASTAR-II cosmos(メガスターIIコスモス)を 2004年に完成、「世界で最も先進的なプラネタリウム投影機」としてギネスワールドレコーズに認定された。翌年には家庭用のプラネタリウムHOMESTARが大ヒット。たくさんの家に「宇宙」を届けた。このように新しい「宇宙」を次々にその手で創り出してきたのがプラネタリウム・クリエーターの大平貴之さんだ。

 その大平さんが再び、やってくれた!SPACE BALLは世界初の移動式宇宙体感シアター。従来のプラネタリウムは地上から星空を見あげていたが、SPACE BALLでは360度の星空に包まれながら、宇宙を旅することができる。種子島からH-IIBロケットで飛び立ち、国際宇宙ステーションを経て太陽系を駆け抜ける。銀河系を漂い宇宙の果てへ。さらにその先の宇宙へ。足元の地球の夜景に見とれていると、頭上を星雲が飛び去っていく。まるで宇宙空間に放り出されたような、浮遊する感覚は過去になかった体験だ。

 しかし、星の数を聞いて驚いた。「光学式」、つまり恒星原板に穴をあけて投影している星の数はたったの62個。その他はすべて「デジタル投影」で精緻な星空が表現されているというのだ。星の数でギネス記録をとった大平さんがなぜ?

 「世界最多の星を追ってきた男が『世界最小』の星数で宇宙を表現しました(笑)」と大平さんは嬉しそう。この大転換のきっかけは日本科学未来館の館長、毛利衛氏の言葉だそう。

 「MEGASTAR-II cosmosで一つの目標を達成したと思ったとき、毛利さんに『これから君は何をやるの?』と言われたんです」MEGASTAR発表後も、大平さんは星の数を増やし続け、他のプラネタリウムも必死で追随していた。しかし「いつまで星の数を追い続けるのか」という毛利氏の言葉に、大平さんは自分も同じことを感じていたことに気づく。

SPACE BALLの映像。宇宙から見た地球の夜景は毛利衛氏が「本物だよね?」と思ったほどリアル。(左)種子島からH-IIBロケットで飛び立ち宇宙へ。現場取材した発射音、管制官のやりとりなど音にもこだわり。(右)

SPACE BALLの映像。
左:宇宙から見た地球の夜景は毛利衛氏が「本物だよね?」と思ったほどリアル。
右:種子島からH-IIBロケットで飛び立ち宇宙へ。現場取材した発射音、管制官のやりとりなど音にもこだわり。

 「当時は、天の川の奥行きや質感を表現するには、何百万個もの星を光学式で投影しなければならなかった。でもそれは手段であって目的ではない。その後のデジタル技術の伸展はめざましく、デジタルで同じ表現ができれば光学式にこだわる必要はない。もっと表現の幅を広げたい」と。

 例えば対象。天の川だけにとらわれたくない。木々の間や雲間に見える星空、あるいは地球を飛び立つにつれ見えてくる地球とその奥に広がる宇宙空間など、森羅万象を扱いたいし、視点も変化させたい。それにはデジタルと光学の融合が必須だった。こうして試行錯誤を経てたどり着いた一つの形がSPACE BALLだ。

 SPACE BALLの星で絶対に譲れないのは「本物の宇宙の質感」だという。たとえば星の輝き。冬の夜空にきらりと輝くオリオン座の一等星は、デジタル式では表現できない。光学式のレンズで光を絞り込むことで初めて表現できる。確かにSPACE BALLの星々は単に綺麗なだけでなく、生々しい鮮烈感を放っている。

世界初の移動式宇宙体感シアターSPACE BALL。

世界初の移動式宇宙体感シアターSPACE BALL。

 そして大平さんの凄いところは、ソフトもハードも創ってしまうところだ。SPACE BALLでは星空だけでなく映像ストーリー、それを表現する19台もの高解像度プロジェクターの配置やつなぎ合わせも担当。また18.2chサラウンドの音響システム、球体エアドームなどすべて新規開発されたものだ。「ハードとソフトは僕の中では分かれていない。分けていたら本当に飛び抜けたものは創れない」(大平さん)。こうして世の中にない「宇宙」が実現した。

 ところで、大平さんはプラネタリウムを創りながら何を考えているのだろう。

 「映像作品を創っているとき、宇宙のことをよく考えます。人間が唯一他の動物と違うのは『自分が何者かを哲学する』ことだと思うのです。宇宙ができて138億年経つと惑星に人間みたいな存在が生まれて、宇宙の仕組みを考えだした。そんな存在が宇宙から自然発生的に生まれてくるのは、不思議なことですよね」

 宇宙の壮大さを知れば知るほど、自分がこの宇宙に生まれた奇跡に思いを馳せることになる。つまり「宇宙は自分と向き合う鏡」。大平さんはSPACE BALLを常設にし、新しいコンテンツを創っていきたいと考えている。次の「突き抜けた宇宙」が今から楽しみだ。