宇宙も超深海も「行かなきゃダメ!」—高井研さんに聞く②
世界中の深海に潜り、誰よりも生命の起源を探ってきた男、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の高井研さんインタビュー第二回。前回は「生命の起源を解明するには地球だけを研究していたのではダメ。宇宙に行かないと!」と高井さんが力説したのに、反応鈍く、ダメだしされた情けない場面で終わった(前回の記事はこちら)。
その後は感動ポイントを逃さないよう若干キンチョ―しつつ(笑)、しぶとく質問を続けるうち話題は太陽系の果てへ、さらに地球最後の秘境「超深海ゾーン」へと広がっていく。思いっきり熱いトークを聞くうちに、いつしか気持ちも解き放たれ、宇宙や深海探査の魅力にぐいぐい引き込まれていくのでした。ところで高井さんが探査の醍醐味を感じる瞬間は?意外にも、大発見の時ではないようです...探査へGo!
「地球こそ宇宙」—宇宙だけを眺めていてもダメ!
- —いや、感動してます(大汗)。深海に潜ってきた研究者が宇宙に目を向け、さらに宇宙探査を推しているのが面白い!と思って今日、ここに聞きに来たんです。
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高井:
その割には全然流されちゃったし(笑)。でも、今のが究極のみそです。生命の起源という命題を人類が初めて解決するために宇宙に行く。夢やロマンじゃない。
- —はい。で「土星の衛星エンセラダスに過去の地球と同様の海があり、生命が生息できる」というネイチャー誌に掲載された発表(欄外リンク参照)について聞きたいんですが。エンセラダスからの噴出物にシリカの微粒子があって、宇宙空間にあまり存在しないシリカがなぜあるのか、宇宙の研究者はよくわからなかった。解明の鍵は日本が行ってきた深海熱水調査だったと、高井さんが出演されたTV番組(NHKクローズアップ現代)で紹介されてましたね。
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高井:
ちょっとテレビ側のやりすぎですけど(笑)。ただ宇宙の研究者は、自分たちの星のことも、生命のこともあまり知らないんじゃないかと。宇宙と地球を切り離して考えているような気がする。でも僕から言わせると、「地球こそ宇宙」なんです。地球は宇宙の中にある。どれだけ地球が「一般性」と「特殊性」を持っているか、そこから宇宙を見ないといけない。
- —一般性と特殊性?
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高井:
どっちもある。地球が宇宙の中で一般的な部分もあるし、特殊な部分もたくさんある。それをきっちり見極めて、「なぜ地球の中で生命が生まれるか」を言わないといけない。そのためにはまず地球をしっかり理解した上で地球と他の星を比較して、宇宙の中での地球の存在の意味を考えないといけないのに、地球のことを忘れてしまっているような気がする。
- —宇宙にばかり目を向けていると?
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高井:
そう。やっぱり人間はアホな所があるので、自分が知っている環境や現象を基にしないと直感的な理解が出来ない。だから宇宙で起こったことは地球ではこういうことですよ、と理解しないといけないし、みんなが理解できる形で表現しないとサイエンスにならない。エンセラダスでは、シリカが噴き出すことについて「なぜ宇宙空間にシリカが存在できるか」が問題になった。それを解決するには、地球上でシリカができるあらゆるプロセスと環境を考えないといけない。でも宇宙探査の専門家にはその知識と経験がなかった。実際に海や温泉の調査をして実験を行っているのはうち(JAMSTEC)で、我々の実験によって問題が解決できたというわけです。
- —なるほど、面白いですね。
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高井:
ごく当たり前のことだと思いますよ。サイエンスの世界に物理学も化学も生物学も境界なんてない。特に大きな命題に対しては、自分で解けないならできる人と一緒にやらざるをえない。
エンセラダスの海の再現実験ができるのは、世界でJAMSTECだけ
- —実際にはどういう経緯でJAMSTECの研究者さんが研究に関わったんですか?
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高井:
最初にエンセラダスのシリカに注目したのは、東大の関根康人さん(准教授)です。彼は惑星科学が専門で元々は観測屋さん。観測屋さんはふつう、実験しようとは思わない。
- —再現実験までやらないと?
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高井:
しません。ところが関根さんは東大の地球惑星科学で学んで、実験しているところもちゃんと見てきたし、地球の地質学もよく理解している。だから観測したデータをどういう現象に当てはめるのかという方法論をよく知っていたわけです。エンセラダスからシリカが出ていることを知った時、彼のアンテナに「あ、シリカが生まれるということは熱水と岩石が関係しているはず。それなら熱水実験をやっているのはJAMSTECの渋谷岳造君だ」と引っかかった。で、一緒にやりましょうという話がここに来たわけです。
- —シリカは地球上ではありふれている物質だそうですが、シリカの微粒子があることで、エンセラダスに過去の地球と同じような海洋があることがわかるんですか?
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高井:
たとえば砂糖を100度のお湯に入れたらとけますが、4度に冷やしたら砂糖の粒が析出しますよね。温度による溶解度の違いで、粒子が出る。どのくらいの温度でどのくらい冷えると、この大きさの粒子が出てくるかわかってくる。そこにpHも関わってきます。計算でもわかりますが、重要なのは「実際にこういうものができる」と実験できること。今回はエンセラダスの海を再現して、エンセラダスに90度以上のアルカリ性の熱水があって微粒子ができると実証した。そんな実験ができるのは世界でほとんどない。JAMSTECぐらいです。
- —世界でJAMSTECだけ、というのはスゴイですね。
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高井:
実は1980年代にはそういう実験はたくさん行われたんです。でも今はどこもやらなくなった。僕らは2000年頃に復活させて、40億年前の生命が誕生した頃の地球の熱水を再現させたり、地球最初の海水を作ったりしている。そういうことをやっているがゆえに、40億年前の地球と、今のエンセラダスの熱水が似ていることもわかるんです。
エンセラダス探査ができるなら、どんなあくどい方法でも!
- —なるほど。そのエンセラダスの海に、今もメタン菌がいると高井さんは考えていると前回言われていましたね?エンセラダスの探査でサンプルをとればわかりますか?
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高井:
はい。
- —じゃあ、エンセラダスに探査機を飛ばしたいですね。
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高井:
大事なのは、「現場観測」では解決できないということです。サンプルを地上に持ち帰って証明しないといけない。それは僕らが探査船「ちきゅう」や「しんかい6500」でやってきたアプローチで、現場観測でわからないことを調べるために海底からサンプルを持ち帰る。
- —持ち帰って微生物がいるか、培養したりするわけですか?
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高井:
そうです。ところが今NASAやヨーロッパで計画されている生命探査は「現場観測」。コストが安いから。でも科学史上最大の問題を解決するんだから、サンプルリターンをすればいいじゃないかと。
- —具体的にどうやって実現しようと?
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高井:
NASAに提案書を何回も出してます。たとえばNASAの研究者と共同で国内の研究者や技術者に入ってもらって2014年にNASAのディスカバリー計画に出した。落ちましたけどね。日本にはそもそも公募がない。
- —厳しいですね。
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高井:
NASAにはディスカバリーの他にもいろいろ表街道や裏街道な方法があって、もにょもにょとやろうとしている(笑)。それにお金があれば日本だって打ち上げるでしょう。例えば探査の予算が600億円として、その1割でも集めれば動きますよ。「こんなん集まりましたけどやらないの?」とプレッシャーをかける(笑)。内閣府とか文部科学省に。とにかく僕は諦めるのは嫌なので、可能性があるならどんなにあくどい方法でもやりますよ!
- —期待しています!そもそもエンセラダスにメタン菌はどれくらいいると考えられますか?
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高井:
エンセラダスの海水中に地球上の微生物がどのくらい存在できるか計算ができて、東京湾よりも一桁多い。一粒の氷に1万匹から10万匹いてもおかしくない。
- —東京湾より多い!じゃあ氷を何粒か、地球に持ち帰りさえすればいいのですね。
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高井:
もちろん、いない可能性もありますよ。それはそれで重要なことで「あ、やっぱり(生命の誕生には)陸が必要や」と(笑)。
- —負けた、と(笑)。
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高井:
わかりませんよ。エンセラダスにいなかったら次は、木星の衛星エウロパに行くじゃないですか。ほんでその次はガニメデ・・
- —今、一番探査しやすいのがエンセラダスってことですか?
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高井:
調べやすくて一番、メタン菌がいる可能性が高いのがエンセラだけど、エンセラが一番、太陽系で生命を育む可能性が高いわけではない。たぶん、生命自体の生まれやすさ、存続しやすさはエウロパのほうが上だと思う。
- —どうしてですか?
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高井:
大きいから。大きさは海の持続力にとってめちゃくちゃ重要です。エンセラは直径約500kmで中心の岩石が直径400kmぐらい。もし40億年間、熱し続けていたら岩がカスカスになって(エネルギー源となる)水素は出なくなっている。岩石の量、岩石と水の比率はとても重要で、たとえば地球の場合、岩石5000に対して水が1。これが素晴らしい。水が多すぎてもダメなんです。「生命誕生に必要な4つの要素」のうちエネルギーと元素の大元は岩石だから。
- —なるほど、そういう見方は面白いですね。
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高井:
宇宙の専門家は、そういうことを一言も言わない(笑)
探査の醍醐味—自分のちっぽけな想像を超えた圧倒的現実と出会うこと
- —高井さんの今後の目標を聞かせてください。
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高井:
エンセラダス探査は30~40年かかるでしょう。NASAではエウロパ推進派のロビー活動がうまくて、次のNASAミッションはエウロパの現場観測に決まってます。でもNASAには今、「エンセラいいんじゃね?」というムードがあって、2020年打ち上げというシナリオもある。それでもエンセラダスから探査機が戻るのは2030年以降になります。
ぼくの研究ターゲットは「生命とは何かの答えを得たい」ということです。宇宙に生命を探すだけではなくて「地球生命の限界」を探ることでもその答えを得たい。深海熱水は世界中でかなり征服したので、次は一番征服されていない「超深海海溝」を征服したい。
- —超深海とは!水深6000m以下の世界ですね。そこにも生命がいる?
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高井:
全然いますよ。今年プレスリリースしましたが(欄外リンク参照)、世界最深の海であるマリアナ海溝に、明らかに異なる微生物の生態系があることを、我々が世界で初めて明らかにしました。海はつながっているし、海水は動いていて3000年に一回ぐらいかき混ぜられているという説もあるのに、マリアナ海溝のV字型はあまりに狭くて深くて水が回らない。その閉ざされた世界に、我々とは違う微生物の世界があることがわかった。では、なぜあるのか?
- —どんな生態系がなぜ広がっているのか・・興味がわきますね。
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高井:
しかもマリアナ海溝の底の微生物はものすごくアクティビティが高い。それについこの前まで陸だったところが、数千万年ぐらいの間にめちゃくちゃ深く急降下していったと考えられているんです。それを探査する手段が必要です。探査に行くなら人が行く方が探査効率もいいし、インパクトがあって波及効果が高い。つまり「しんかい12000」が必要なんです。
- —面白そうですね~。
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高井:
でしょう? 1989年に「しんかい6500」ができてJAMSTECは有人深海探査で世界一位になった。海洋の世界ではずっと「NASA」だったわけです。つい最近、中国に抜かれて落ち目ですが(笑)、「しんかい12000」を作ったら復活できるんじゃないかと。マリアナ海溝は3人が潜ったけど有人の科学調査は行われていない。1000回潜れる有人の船を作ったら「世界初」ですよ。
- —わくわくしますね。でも探査って思い通りにいかないこともありますよね?たとえば2013年のカリブ海の深海探査では、予想されたメタン菌が発見されなかったとか?
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高井:
そう。水素濃度が高い場所には水素をエネルギー源とするメタン菌がたくさんいるはずと考えていて、世界最高レベルの水素の熱水に行ったらあまりいなかった。「げ!なんで?」と思った。でもすぐにめっちゃ面白くなる。自分の説が崩される時が一番面白い。
- —なぜメタン菌がいなかったのか、わかったんですか?
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高井:
だいたいわかってきました。水素濃度が高すぎてもダメなんです。僕はメタン菌が「地球生命の最古の祖先」と思っていたけど、さらに古そうな菌がいた。超マニアのみが知る菌です。それこそ、「生命の起源にもっとも近い菌」ではないかと思って、今、自分の中で仮説を戦わせています。
結局、「自分が作ったちっぽけなイマジネーションは圧倒的なリアリティの前に崩壊する」ということです。その面白さこそが探査の本質。つまり、行かなきゃダメなんですよ!