星を目印に進め!「こうのとり」成功のバトンを9号機へ
「初号機の時は挑戦者だった。連続成功を重ね、ようやく仕事人になれたと思った。だが『こうのとり』8号機では打ち上げ直前の火災、新しい機器を搭載するための苦労で、改めて宇宙開発の難しさを感じた。9号機に向けて手綱を締めていきたい」。
11月5日、国際宇宙ステーション(ISS)に荷物を届けた貨物船「こうのとり」8号機の成功会見で、JAXA植松洋彦HTV技術センター長はこう語った。ISSに荷物を運ぶ3か国4つの貨物船の中で唯一、連続成功を収めながらも手放しでは喜ばない。
「一品物」が多い宇宙機の中で、「こうのとり」は9機同じものを作る日本初の「量産宇宙機」という点でもユニークだ。さらにほぼ毎号、将来の宇宙ミッションにつながる実験装置などを搭載。例えば7号機では小型回収カプセル実験を行ったし、8号機では自分の姿勢を決める基準を「地球」から「星」に大きく変えた。
「こうのとり」8号機のパーフェクトな成功の裏でどんな準備があり、苦労があったのか。「こうのとり」頭脳部分である電気モジュールの担当である三菱電機の千葉隆文さんにお話を伺った。千葉さんと言えば2016年11月の記事(参照:日本初の量産宇宙機「こうのとり」、2号機からの苦闘)で、量産宇宙機ならではの苦労話を伺った方。打ち上げ当日は窓のない部屋で14時間の缶詰作業を行ったという。
星を目印に、自分の姿勢を知る
まずは、ちょっとおさらいを。貨物船「こうのとり」は荷物を積む部分、「頭脳」部分、「推進」部分に大きく分かれる。頭脳部分にあたる電気モジュールは、超高速で飛ぶISSとの距離を測りながら安全に接近するための誘導制御、通信、計算機器などを搭載。8号機が従来と大きく変わったのは、自分自身の姿勢を決めるためのセンサーだ。
上下左右のない宇宙空間で、自分が今どっちの方向を向いているかを知るには、目印が必要。「こうのとり」7号機までは「地球(の縁)」を目印とする「地球センサー」を用いていた。現在、多くの人工衛星などで用いられているのは、星の配置を目印にする「スターセンサー」だ。あらかじめスターカタログ(星の一覧表)を持っていて、ある姿勢の時に宇宙機が見る星の配置と「正しい姿勢ならこう見えるはず」という配置を照合することで、正しい姿勢からのズレを知る。
地球を離れ、宇宙という大海原を航海する船には必須のセンサーであり、もちろん「こうのとり」後継機の宇宙機HTV-Xが月軌道を目指す際も使うことになる。
だが「こうのとり」の開発が始まった20年前には、スターセンサーは一般的ではなかった。できあがった宇宙機の姿勢制御方式を変えるのは「新規開発に近い」と千葉さんは言う。とは言え、三菱電機が開発を担当した気象衛星「ひまわり」8・9号などの人工衛星では「スターセンサー」を使っている。同じような設計手法で「こうのとり」の誘導制御のプログラムを書き換え、宇宙での状態を模擬した試験を重ねた。
「万が一問題が起きたらどうするか、かなりの時間をかけて詰めたが、全く使う必要がなかった」(JAXA植松センター長)ほど、「こうのとり」は星を目印に自分の姿勢をぴたりと決めた。HTV-Xに繋がる技術の一つが確立できたことになる。
窓のない部屋で
「ロケット打ち上げ」と聞くと、ロケット側の準備に関心が向きがちであり、ロケットの先端に搭載されている「こうのとり」8号機が直前まで準備に追われていることは、あまり注目されない。
千葉さんによると、「こうのとり」8号機チームのY-O(打ち上げ当日)作業は打ち上げ14時間前から始まった。場所はJAXA種子島宇宙センター内の第2衛星組み立て棟(SFA2)にあるチェックアウト室。発射台から3㎞圏内の警戒区域内にあり、打ち上げ20分前になると建物入り口のシャッターが閉まる。打ち上げ時は廊下にも出られない。三菱電機「こうのとり」チーム約10名を含む30名は窓のない部屋で作業を続ける。一種の閉鎖環境に近い。
ここで、どんな作業を行うのか。「打ち上げ約2日前に筑波のHTV運用管制チームが解析した最新データが届きます。JAXAから届いた最新のデータをもとに、誘導制御プログラムを『こうのとり』8号機にアップロードしていきます」(千葉さん)。打ち上げ2日前とはぎりぎりな気もするが、ISSの位置は空気抵抗等で少しずつずれるため、ISSまで「こうのとり」を正しく導くには最新情報が必要になるそうだ。
「誘導制御系プログラムをアップロードし、ファイルごとに送信したデータと一致しているか確認するのに約4時間。さらに約6時間かけて各機器の設定や通信系回線の作業を実施していきます」
千葉さんは他の人工衛星のY-0作業も担当している。人工衛星のY-0作業では2~3時間の休憩をとるが、「こうのとり」の場合は40分休み×2回、20分休み×2回。食事はとれるが、仮眠をとるのは難しい。「目をつぶって気持ちを落ち着かせるぐらい。『こうのとり』Y-0を経験した後に衛星の作業をすると『仮眠できるから楽だな』と思ってしまう(笑)」
何かが燃えている!
10周年を迎えた「こうのとり」。三菱電機チームでは、初号機を知る人は今や1~2人であり、世代交代が進んでいる。「新人とベテランが混ざっているので適度な緊張感があります。打ち上げ一週間前に同じ手順でリハーサルを行い、一つのファイルを送るのにどれくらいの時間がかかるかタイムスケジュールもできている」
タイムスケジュールに従って作業が順調に進んでいた9月11日午前3時ごろ、まさかの事態が起こった。チェックアウト室には発射台や周辺設備の様子を写したモニターがあり、約50チャンネルを切り替えられるようになっている。発射台の様子を写すモニターの一つが、炎をとらえていた。
「何かが燃えている!」誰かが言った。千葉さんも炎を確認。しかし、正式な連絡があるまで、「こうのとり」の準備作業をやめるわけにはいかない。千葉さんは「そのうち、消えるだろう」と思っていたという。準備作業は粛々と続けられ、最後に外部電源を遮断するなど15分ほどの作業を残すのみという段階になって、ようやく「本日の打ち上げは中止」という連絡がMHIから届いた。5時近くになっていた。
前日の16時から、ほぼ寝ずに12時間以上作業を続けた挙句の、中止。さぞかしがっかりしたのでは?と千葉さんに尋ねると、「ロケット打ち上げを見に来た皆さんががっかりするほどは、がっかりしない」と穏やかに言う。
「もちろん、『打ち上げたかったな』という思いはある。だけどロケットは燃料をすべて入れてリハーサルをすることはできない。相当難しいことをやっているわけです。我々(三菱電機)だって、準備の段階で間違えたりうまくいかないことがあってJAXAさんやMHIさんに対策会議を開いてもらったり、迷惑をかけることはいっぱいありますから」。打ち上げはロケットも衛星もJAXAもメーカーも一体となった「ワンチーム」で挑むプロジェクトなのだ。
中止の連絡を受けた後、「こうのとり」8号機は逆行手順に入った。「分離信号の何分後に何が作動するというコマンド(指令)が多数仕込んであって、そのままだと作動してしまいます。それらを全部リセットしなければならない」。すべての作業を終えて、窓のない部屋から出ることができたのは、太陽が高く昇った昼近くのことだった。
量産機をきっちり終わらせる
2回目の打ち上げのターゲットは9月25日午前1時5分だった。淡々と同じ作業を行うものの、前回、発射台に火が出た打ち上げ約3時間前には誰もがちらちらと発射台の様子をチェック。「魔の時間帯」を越え、打ち上げの時がきた。窓のない部屋で工事現場のような振動を感じたとき「よし!上がってくれた」と千葉さんは心の中でガッツポーズ。
しかし、「こうのとり」の仕事は打ち上げ後から始まる。特に今回はロケットから分離され、新しく搭載された「スターセンター」で姿勢が正しく確立できるかが最初の正念場だ。「こうのとり」8号機からテレメトリ(信号が)が届き、くるくる回らずちゃんと姿勢を確立されていることが確認できたときは「よかった」と心底、安堵したという。
安堵したのは束の間だ。「量産機である『こうのとり』プロジェクトは人工衛星の開発とは違って、一段落する間がない」。たとえば「こうのとり」9号機の電気モジュールは今、年末~年明けの種子島到着に向けて、出荷前の最終点検作業に追われている。「鎌倉の製作所と種子島の発射場の作業が重なることがあって、シフトを組むのが大変です。緊張感がずっと続いています」(千葉さん)
量産プロマネとして2号機から「こうのとり」に深くかかわってきた千葉さん。9号機にかける思いは?「まずは、きっちり終わらせるという気持ち。だんだん寂しくなるでしょうけどね。『有終の美』を飾ったら、祝杯をあげたいと思います」
9号機ではWi-Fi通信を実施 「こうのとり」目線のISSの映像が
来年度の打ち上げに向けて準備が進む9号機。今度はどんな実験を実施するのだろうか。
「HTV-Xの自動ドッキングで必要となるWi-Fi通信装置を搭載します。ISSと『こうのとり』が直接通信を行い、『こうのとり』が真下からISSに近づく際にISSの姿をカメラでとらえ、転送します」(JAXA植松センター長)。7号機で搭載された小型回収カプセルは9号機では搭載しない。HTV-Xなどで実施することを検討しているという。
ISSから「こうのとり」が近づく様子はISS滞在中の宇宙飛行士が撮影する写真でたびたび目にしてきた。しかし、「こうのとり」目線のISSの映像は過去になかった。どんな映像が見られるのだろうか。そして、「こうのとり」は9号全機成功で有終の美を飾り、新型宇宙機HTV-Xにバトンを渡すことができるのか。お楽しみは続く。
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