和食シリーズ企画第3弾
第3回 昆布
旅する昆布、おいしさの
歴史とヒミツ
株式会社奥井海生堂
4代目主人 奥井 隆さん
4代目主人 奥井 隆さん
京料理を陰で支える名脇役、昆布だし。
素材を引き立てる上品な香りとうまみは、和食ならではの魅力です。
だからこそおいしい昆布だしの上手なとり方、使い方を知っておきたいもの。
全国でも最上級の昆布を集める、福井県敦賀市の昆布問屋、奥井海生堂の奥井隆さんに、
昆布の歴史と、家庭でのおいしい調理法のヒントを伺いました。
なぜ福井?
北海道と京を結ぶ昆布ロード
- 編集部
- 昆布といえば北海道産ですが、なぜ遠く離れた福井県でこれほど流通しているのですか?
- 奥井さん
(以下 敬称略) - 日本で昆布といえば4種類、利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布、そして道南の山出し昆布、真昆布。すべて北海道にしかありません。でもここ敦賀には、他のどこよりもたくさんの昆布が集まっています。敦賀に運ばれるようになったのは、江戸時代から。海運の発達とともに、近江商人が北海道の松前藩から昆布を買い取り、北前船で京都へ運ぶようになりました。その流通経路は昆布ロードと呼ばれ、敦賀港は京都への荷下ろしの港として賑わったのです。北前船は別名「千両宝船」、莫大な利益を稼いでいたと言われています。
- 編集部
- 昆布によって交易が盛んになり、日本のさまざまな地域がつながるようになったんですね。
- 奥井
- はい、中継地だった敦賀も、当時は大変な賑わいだったそうです。他にも面白い話がありましてね。実は薩摩藩も、富山の薬売りを通じて昆布を買い取り、中国へ売っていたという話があります。当時、中国では昆布は貴重な薬だったそうです。中国との密貿易によって薩摩藩は莫大な資金を得て、それが明治維新の原動力となったといわれますが、当時の「中琉貿易統計」によれば、積み荷の8~9割は昆布だったそうです。
昆布と日本人、繊細なこだわり
- 編集部
- 奥井さんは著書『昆布と日本人』の中で、昆布がもたらした和食文化の歴史についても触れていらっしゃいますね。昆布の登場で和食文化はどう変化したのでしょう?
- 奥井
- 昆布が歴史上の文献に初めて登場するのは奈良時代ですが、だしとして使われるようになったのは鎌倉時代の頃。仏教文化と一緒に精進料理も大陸から伝わり、日本人は昆布だしを上手にアレンジして使うようになったのです。のちに茶の湯が嗜まれるようになると、自然の恵みの食材を感謝していただく懐石料理の精神に発展しました。それは現在まで、日本人の食べものに対する考えの基本になっていますよね。
- 編集部
- 奥井さんが扱っている「蔵囲い昆布」というのはどのようなものですか?
- 奥井
- 蔵で何年も寝かせて、熟成させたのが蔵囲い昆布です。ワインと同じように、昆布も熟成すると複雑な風味になるんです。京都の料亭などでは好んで使われています。
- 編集部
- 京都の料亭などでは、昆布だしへのこだわりにも、特別なものがありそうですね?
- 奥井
- ええ、それはもう。京都の料理人は普通の昆布は磯臭い、うまみだけを出したいといって、上質な利尻昆布しか使いません。ある料理人は、冷蔵庫で4℃の低温で時間をかけてだしをとるそうです。すると雑味が出ない上品なだしになるそうです。
家庭の昆布だし、おいしさの秘訣
- 編集部
- 家庭で使う昆布に関して、おいしい昆布の選び方などあれば教えてください。
- 奥井
- ご家庭で使われる場合は、料亭とは違って、だしの出やすいものを選ぶといいと思います。羅臼昆布がおススメですね。利尻昆布は京都では好まれますが、東京は水が違うのでだしが出にくいのです。江戸の水は硬いですから。だから江戸では鰹だしが主流になったんです。
- 編集部
- 料理に合わせて昆布を選ぶとしたら、どのように使い分けることができますか?
- 奥井
- そうですね、懐石料理などのクセのない上品なだしには利尻昆布。おでんや昆布巻きなどには、繊維質が柔らかい日高昆布。佃煮などには煮上がりの早い山出し昆布、みそ汁や煮物など幅広く使えるのが、濃いだしが引ける羅臼昆布です。
- 編集部
- 家庭でおいしい昆布だしをとるコツなどあれば教えてください。
- 奥井
- 鍋に水と昆布を入れて5時間以上漬けたのち、60度のぬるい温度で1時間かけてゆっくりと煮出すのが、うまみを上手に引き出すコツです。これまでは沸騰直前まで加熱するのが一般的でしたが、最近の研究により、ぬるま湯より少し熱い程度が良いことがわかってきました。昆布の量は水1Lに30gくらい。
- 編集部
- みそ汁、煮物以外に、昆布のちょっと意外な調理法などありますか?
- 奥井
- まずだしに使った昆布は佃煮などにすればおいしく頂けます。煮炊きをする時の落としぶたにもいいそうですよ。アクを吸い込んでうまみも出ます。また昆布を一晩水につけておけば、昆布水に。ミネラル豊かな常備水になります。昆布〆も魚だけでなく、お肉や野菜などいろんなバリエーションを楽しんでみるのもおすすめです。
昆布のうまみを、世界へ
- 編集部
- これからの和食について考えるとき、昆布に期待することはどんなことですか?
- 奥井
- いま、世界が和食に目を向ける時代です。1998年にうまみが第5番目の基本味となったことがニューヨークで報道されて以来、UMAMIはすでに世界のトップシェフたちの共通語となっています。私は十数年前からパリで昆布に関する講演やプレゼンテーションを行っていますが、シェフたちの昆布への関心は高く、パリの三ツ星レストランでも使って頂くようになりました。 お茶の世界に守破離(しゅはり)という言葉がありますが、これからの和食は世界の中でどんどん進化し、変わるところ、守るべきところ、種々織り交ぜながら伝えられるのではないかと期待しています。
2017.01.11