#22 ― 「日本人の食卓」の先にあるもの
~日本人の食卓の現在、過去、未来~篇
「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録されてから数年が経ちます。
「このままでは衰退する可能性がある食文化」とされた和食は、あれから歩みを前へと進めることができたのでしょうか。
2021年に創立100周年を迎えた三菱電機は、日本の暮らしとともに歩み続けてきました。
これからも家電メーカーとして日本の食文化に寄り添っていくために、
この100年間の日本人の食卓、そして家電の歩みを振り返り、次なる100年を考えていきます。
和食シリーズ第4弾「日本人の食卓―100年の歩みを辿る」も第22回目、いよいよ最終回を迎えます。
この100年で日本人の食生活は大きく変わりました。冷蔵庫の登場で食品や素材が保存できるようになり、電気炊飯器では朝起きたときに炊きたてご飯がある暮らしがやってきました。私たちが台所の風景を思い出すとき、「ねえ。牛乳取って」、「ごはんよそってくれる?」などのやり取りとともに、冷蔵庫や炊飯器の佇まいが思い浮かびます。最終回の今回は暮らしと家電のカタチを考える、2人のデザイナーに食卓の現在、過去、未来を聞きました。

三菱電機株式会社統合デザイン研究所
中居創(左)
2007年入社。ライフクリエーションデザイン部食生活デザイングループマネージャー。ソフトウェア開発の実務経験を経て三菱電機に入社。以後、家庭用空調機、冷蔵庫などのプロダクトデザインを手掛ける。
四津谷瞳(右)
2004年入社。プロダクトデザイナー。これまでクリーナー、冷蔵庫、など主にコンシューマー向けのプロダクトデザインを担当。炊飯器やクリーナー、エアコンのCMF※デザインも手掛ける。
※Color Material Finish
昭和に起きたライフスタイルの変化が
食卓でのコミュニケーションを変えた
- 編集部
- 全20回にわたって、この100年の「日本人の食卓」とそのまわりの変化を調べてきました。銘々膳だった時代に始まり、洋食の伝播、冷蔵庫の普及、ちゃぶ台からダイニングキッチンへの変遷、国民食カレーライス、白米、食卓のマナー、丼、パン、栄養と健康、即席麺、出前&デリバリーなどさまざまなテーマを扱いました。
- 中居
- 今回、話の総括をするにあたって連載を読み返してみたんです。たった100年前なのに暮らしが大きく変わっていることを再認識させられました。日本人の食卓やそのまわりに何があって、私たちの親世代や祖父母の世代がどう暮らしてきたか、意外と知らないことも多いんですよね。
- 四津谷
- そうなんです。例えば、シリーズ序盤にあった「箱膳」も知らなくて。100年前、ごはん茶碗を洗わないという話は衝撃でした。食べた食器を洗わないって、現代の感覚だと「えっ」と思っちゃう。でもよくよく聞くと合理的で、自分専用の箱膳と食器があって最後にお湯と漬け物で洗ってふきんで拭く。料理に油も使わないから食器洗いも簡単で事が足ります。
- 中居
- 食卓のまわりのライフスタイルの変化とコミュニケーションの関わりも面白いですよね。明治時代以降に普及したちゃぶ台が、高度成長期の団地の建設ラッシュ以降、ダイニングテーブルにとって代わられる。

暮らしの中にある課題をデザインで解決する。「生活者のいまに寄り添い、暮らしの背景となるプロダクトを届けたい」。
- 四津谷
- 核家族化で起きたライフスタイルの変化が、食卓にまつわる風景を変えて行ったんですよね。
- 中居
- ちゃぶ台もダイニングテーブルも、どちらも家族が集まる場所というのは同じですが、時間軸が違う。片づけられるちゃぶ台の時代、家族は食事時に必ず食卓に集まるわけですが、常にそこにあるダイニングテーブルの時代になると、親は共働き、子どもは塾や習い事などあって家族でコミュニケーションするための時間帯が合わなくなってくる。
- 四津谷
- そこで食卓がますます重要になるんですよね。家族それぞれの時間軸が違うから、固定された食卓という物理的に集まる場所が必要になる。うちでも家族と話す唯一の場所は食卓ですから、そのまわりにある家電も家族のコミュニケーションを後押しするお手伝いやきっかけになれば、とイメージしながらデザインを考えています。

プロダクトに要求される本質に思いを巡らせる。出身は北陸だが「魚は食べに行きたいけど、住むのは首都圏がいい。雪も大変だし」という都市型マインド。
食生活のデザインなくして
家電のデザインは成り立たない
- 編集部
- そもそも「家電をデザインする」とはどういうことなんでしょう。私たち生活者がイメージするのは「いい感じに見える姿かたちのなかに、必要な機能を搭載する」というくらいのざっくりしたイメージです。
- 中居
- 私たちは、プロダクトを使いやすく魅力的な姿かたちにすることも含め、使い手に価値のある体験を届けることに重点を置いています。例えば、冷蔵庫は、食品を保存・保管するだけと捉えられがちですが、その前後の行動やシーンを繋げて考えています。
- 四津谷
- 買い物、献立、保存、保管、調理、食事、後片付けなどの食生活のサイクルに焦点を当てて、食生活全体を通して、どんなうれしい体験をお届けできるかを考えているんです。
- 中居
- 共働き世帯が増加の一途を辿る中、仕事を終えて、休む間もなく次々とやるべきことがある方も多いです。食事の準備では、冷凍品の解凍に時間をかけたくない。そんなニーズから「切れちゃう瞬冷凍」が生まれたんです。
- 四津谷
- 冷凍庫から出して、すぐ包丁で切れる。解凍しなくても※調理できるという体験を生みだしました。
※食品の種類や大きさ、凍り方により、若干の解凍時間が必要になる場合があります。

ひき肉を解凍せずに切り分けられる「切れちゃう瞬冷凍」も、調理時間の時短に配慮した機能
ひとりずつ違う“食”が
卓上に並立する時代
- 四津谷
- 現代は、いつどこで、何を誰と食べるかの選択肢も増えました。
- 中居
- 昔ながらの朝食シーンでは、家族みんなが揃って食べるのが当たり前だったけれども、現代では、それぞれの生活時間がバラバラだったり、必ずしも同じ時間に同じ場所で食べないことも増えましたよね。
- 四津谷
- 食の好みも多様化していて、朝食はご飯でなくパンを食べたい人もいます。一枚焼のブレッドオーブンは、自分が食べる時間に、「極上の1枚を食べたい」という美味しさへの欲求から生まれています。
- 中居
- パンひとつとっても、暮らしの中での各自の位置づけや家族にとっての「食の場とコミュニケーション」も変化していますよね。
- 四津谷
- 同じ家電を使ったり、同じ種類の食材から違う料理を作ったり、家族が作ったものを時間差で食べたり、食をとおして家族の生活時間がバラバラでも「美味しかった!」という体験や気持ちが共有できるし、コミュニケーションを生み出せますからね。
- 中居
- このように、家電は生活の様々な場面におけるニーズに応え、時代に即した新しい体験を届けてきました。

パン焼き窯から取り出した「焼きたて食パン」のおいしさを目指した三菱ブレッドオーブン。自分のためのこだわりの1枚を楽しむ、というコンセプトが受け入れられ、一時は数ヶ月待ちの大ヒットに。2019年発売。
未来から捉える
現在の価値観
- 編集部
- 統合デザイン研究所は、部門として「未来価値洞察」※にも関わられていますよね。
※2050年までの社会変化や価値観の変容に関する「兆し」となる情報を収集・分析する取り組み。未来の社会にあるべき姿を創出し、サステナビリティ経営における課題の整理なども行う。
- 中居
- はじめから食生活にフォーカスするのではなく、広く「暮らし」の中で起こり得る価値変化を洞察し、そこから「食」のシーンがどう変わるかを想像しています。
「自分にとっての幸福感を自由に追求する」という視点があるのですが、私は、自然と近い環境で子育てがしたいという気持ちから仕事場の近くと田舎での2拠点生活を始めたんです。

調理工程や必要な機器も教えてくれるキッチンのコンセプト。何品もの料理の完成タイミングが揃うように、同時進行する調理の段取りもアシスト。
- 四津谷
- そうですよね!何か変わりましたか?
- 中居
- 100坪の土地を開墾して野菜を育てたり…といっても、始めたばかりで去年はまだ2畳分しか植えられなかったんですが(笑)
時間に対する感覚は大きく変わったと思います。効率は悪くても、取れたての野菜のおいしさを味わったり、子ども自身が時間をかけて野菜を育てる喜びに価値を感じるようになりました。あと、純粋に自分たちの幸せにつながる体験を追求し出すと、おのずと、必要なものが変わってくるんですよね。情報が多すぎる場所に居続けたら得られなかった感覚かもしれません。

昨年、二拠点での田舎暮らしをスタート。「首都圏とはやっぱり気温が違うので、実はまだエアコンをつけていないんです」。
情報過多時代の
製品のあり方
- 四津谷
- ライフスタイルの多様化によって、食の選択肢も増えました。情報量も多くて、本当に自分に必要なものを選び取るのも一苦労ですよね。
- 中居
- そうですね。忙しくて考える時間もないのに情報はあふれかえっている。献立づくりに役に立つ情報、健康になるための情報、おいしいもの情報などなど……。私たち作り手側はお役に立てるだろうという情報をお届けしたい。でも、生活者は情報がありすぎると溺れてしまう。
- 四津谷
- そういう情報やメッセージが、欲しい人や必要な人に自然と伝わる道筋ができるといいですよね。暮らしの主役は生活者なので、一人一人が知らないうちに自分に最適なものが選べている状態を目指したいんです。
- 中居
- モノである家電も生活者を取り巻く情報の一つと言えますから、その情報の質には徹底的にこだわりたい。数年前から、冷蔵庫「MZ/WZ」シリーズでバイオフィリックデザインという空間デザイン手法に着想を得て、ぬくもりや揺らぎといった自然の要素を外観デザインに取り込んでいます。暮らしの背景となり、使い手の心を軽くすることを考え続けています。

プロダクトデザイナーでありながら、一人の生活者としての視点も大切にする。自分の購買行動の源泉や動線、決め手などには常に意識を配る。
家電はどんな
未来に到達する!?
- 中居
- 最終的に暮らしを選ぶのは人だと思うんです。漠然とでも自分にとって心地いい暮らしを主体的に選んで、自分らしさを暮らしに反映していく。そのなかで自然と必要とされる家電の役割を探していきたいですね。
- 四津谷
- 食卓や台所は、昔も今も変わらず家族のコミュニケーションのメインステージだと思います。
誰かのために想いを込めて料理をしたり、過去の美味しい体験を共に思い出したり、記憶に残っている美味しさを一緒に再現して分かち合ったり。
- 中居
- 食の体験には、時間を飛び越える力や、人と人とを結びつける力がありますよね。その体験の魅力を引き上げるためにテクノロジーが関与できる余地はまだまだあるなと。
- 四津谷
- 家庭だけでなく、食をきっかけとして職場のコミュニケーションが生まれることも多いですね!
- 中居
- 食について「考える」「つくる」「食べる」という行為は、人間の想像力や創造性を刺激するものなんだと思います。これからも食を取り巻くシーンに向き合って、暮らしを豊かにするお手伝いをしていきたいですね。

「食を通したコミュニケーションを後押ししたい」「デザインは裏方」と口を揃える2人。目に見える形だけではない、人の暮らしありきの心地いいデザインを目指す。
足掛け7年、全22回(第0回の企画会議編を含めると全23回)にわたってお送りした「日本人の食卓」も今回で一区切り。この100年の食卓の変遷は食生活の変遷であり、さらに言えば「食」「生活」それぞれが大きく変わった100年でした。「卓」は銘々膳からちゃぶ台、ダイニングテーブルへと置き換わり、献立は魚を中心とした和食が、国外の食を取り込んだ広い概念としての”和食”に移行しました。冷蔵庫の普及で買い物の習慣が変化し、羽釜とおひつは炊飯器へと集約されるなどして、ますます多様になっていくライフスタイル。この連載は日本人の食卓が大きく変わり、世界が大きな転換点を迎えた時代の「日本人の食卓」の記録です。
取材・文/松浦達也 撮影/魚本勝之
2025.03.19