R&D NOTE

開発NOTE

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吉田さん、越川さん、備海さんの写真吉田さん、越川さん、備海さんの写真

これからの未来に向けて、
光通信の可能性をひらく
圧縮シェイピング技術

  • 情報技術総合研究所:吉田 剛
  • 情報技術総合研究所:備海 正嗣
  • 情報技術総合研究所:越川 翔太

技術概要

近年、行政や企業はもとより、各個人においてもインターネットへ日常的にアクセスする生活様式が定着しています。また、データを活用したサービスが次々と現れる中で、光ネットワークを行き交うデータ量は加速的に増加しています。光通信にはこの状況に対応するための大容量化が求められる一方、サステナブルな視点から低消費電力化も欠かせない課題となっています。基幹光ネットワークが、高度情報化社会において大規模データを長距離伝送する通信インフラとして活用される中、こうした「データの大容量化」「低消費電力化」という相反した2つは、乗り越えなければならない課題なのです。
三菱電機では長年光通信のための技術を開発してきた知見とノウハウを生かして、この課題解決につながる新技術「圧縮シェイピング」を開発しました。今回、この注目の技術開発に携わったコアメンバー3名が、その取り組みについて語ります。

光技術部 フォトニクス基盤グループ グループマネージャー 吉田剛さん

光技術部 フォトニクス基盤グループ
グループマネージャー
吉田 剛

「これからの光ネットワークの大容量・低消費電力化に貢献できる」と強い手応えを感じています。

データ通信が大容量・高速化すると、信号を伝送する際に歪みや雑音(ノイズ)の影響からデータが崩れる「符号誤り」が多くなります。この誤りを訂正するには電力が必要となるため、大容量化を進めると電力消費が増えてしまうという問題があったのです。当社では誤り訂正などの符号技術に長年取り組み、国内外で強みを持っていますが、消費電力の大幅低減はかねて課題となっていました。

この課題を解決するために生み出したのが「圧縮シェイピング」技術です。これは、符号誤りを減らす「シェイピング」技術にデータ圧縮の考え方を組み合わせたものです。符号誤りが大幅に減ることで、誤り訂正に要する電力消費が従来と比べ8分の1になり、併せて光ネットワークで用いる光送受信器の大容量化も実現できます。

圧縮シェイピング技術の図版

「通信インフラ側でデータ圧縮を行う」という、かつてない挑戦

光通信の際にデータ圧縮を行うと、ファイル容量が小さくなるので通信インフラの負担が減ります。ただ、通信インフラ側で圧縮処理をしようとすると、その処理時間によって通信に遅延が発生してしまいます。こうしたことから、通信インフラ側でのデータ圧縮はこれまで行われてきませんでしたが、当社は、このアンタッチャブルな領域でのデータ圧縮に挑戦したのです。

データは「0」と「1」で表現されます。光ネットワークで通信データを集約していく際は、データのない部分に「0」を埋め、データのある部分には「0」と「1」が存在します。「0」の割合が多いデータをよりエネルギーの小さい光の波に割り当て、一方でエネルギーの大きな波はあまり発生しないように、波の振幅にあえて偏りを作ることにより、データ圧縮と同じような効果を生み出せるのが圧縮シェイピング技術です。

もともとはこのうち、波の振幅に偏りをつくるシェイピング技術のみで十分な低消費電力化が可能と考え、取り組んでいたものの、検証をしてみると一定程度の効果以上の数値が望めず、目標には届かなったのです。そこで、さらなる “もうひと押し” が必要となり、従来では遅延が起きるため行われていなかった通信インフラでのデータ圧縮要素を取り入れたことが、今回開発した圧縮シェイピング技術のポイントです。

圧縮シェイピング技術の図版

これまでの “あたり前” を一つひとつ
丁寧に見直すことで解決への糸口を見つけました

今回の取り組みでは、プロジェクトリーダーとして全体方式の考案と回路設計、最終的な検証を担当しました。私はスウェーデンの大学に客席研究員として滞在し、シェイピング技術に必要な理論的背景を多く学んだ経験があります。このシェイピング技術をベースに、低消費電力化の効果をさらに高めるプラスアルファを模索していったところで、従来の通信インフラで標準的に行われる一つの処理に着目しました。

これまでの通信インフラでは、ユーザー側から出てくるデータを集約したときに、前提として「0」と「1」の発生を均等にするスクランブル処理を行います。これは、当初の光通信で、データの「1」が来ると光をオンし、「0」では光をオフする簡易な手法がとられているため、一定以上オンの状態がないとシステムが不安定になることから行うものです。通常のシェイピングでは、このようなデータの「0」「1」を均等にするスクランブル処理の後、波の振幅に偏りを与えており、非効率な処理になっていると気づきました。

「最初からデータに偏りがあるなら、スクランブルで均等にしなくても、入ってきたデータをそのまま使えばいいのではないか」。そう考え、わざわざ「スクランブル」してから「シェイピング」する、という“二段構え=ムダ” な作業を行わず、より効率的な通信が、実は簡単に行えると気づいたのです。実際、データのもともとの不均一性を有効に使い、シェイピングを行うだけでも十分な圧縮効果を達成できました。

この圧縮シェイピング技術はこのような点にとどまらず、データによっては“見かけ上”「シャノン限界」(※信頼性のある通信ができる限界の理論的通信容量)を超えることが可能になる点でも、今後の光ネットワークの大容量化・低消費電力化に貢献できると確かな手応えを感じています。

光技術部 フォトニクス基盤グループ グループマネージャー 吉田剛さん

────「圧縮シェイピング」という画期的技術の開発プロジェクトにコアメンバーとして関わることで、エンジニアたちはどのような経験をし、今後に向けて何をつかんだのでしょうか。

仲間の設計を信頼して取り組むことで、成果を出せると実感しています

この技術開発の一部は、平成30年度からの国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT(エヌアイシーティー))の委託研究「超並列型光ネットワーク基盤技術の研究開発」によって行われました。圧縮シェイピング技術は、この委託研究におけるメインテーマです。同委託研究には当社のほかに産業技術総合研究所や大学、企業が参画しています。当社は強みとする符号技術をベースに、シミュレーションや検証を進めました。

NICTが課題を示して公募を行い、それに対してこのような手段でこれぐらいの効果が出るという数字を約束した上で、研究開発を進めていきます。今回の公募では、電力効率を25倍に改善する、通信容量を10倍にするといった数値目標が提示されていました。先ほどシェイピングのみで目標数値まで届かなかったと言いましたが、その数値というのがNICTに約束したものです。
このようなプロジェクトにおいては、取りまとめ役の代表機関が決められます。当初は想像もしていませんでしたが、関係者と協議していく中で、急きょ当社が代表を担うことになりました。

実は、この分野で三菱電機が取りまとめ役を務めた経験はそれまでになく、まったくもって手探りの状態でした。しかも私が社内のプロジェクトリーダーだったため、社内外の実務全体を取りまとめる役も実質的に私が担うこととなり、研究開発以外の部分でも重要な責任を背負いました。身も引き締まる思いでスタートしたことを今でもはっきりと覚えています。このような大舞台にもチャレンジさせてくれる三菱電機の度量の深さを改めて感じました。この経験はこれからの仕事にも大いに生かせるものだと思っています。

光技術部 フォトニクスシステムグループ 主席研究員 備海正嗣さん

光技術部 フォトニクスシステムグループ 主席研究員 備海 正嗣

私はこのプロジェクトで、シェイピング技術を用いた光送受信器や伝送システムの設計・検証と、技術普及活動に携わりました。技術普及活動とは、例えば学会などでプロジェクトの内容や技術、開発状況を紹介する際の手続きおよび資料・ポスター作成など、簡単にいえば広告宣伝に関する仕事です。

研究開発自体はNICTをはじめ国のプロジェクトにいくつか関わった経験があったものの、代表機関の社員として臨むのはもちろん初めてです。ただ、研究開発でなすべきことはこれまで取り組んできたことの延長線上にあると思っていました。その意味では大変だという意識はなく、最初は新しいプロジェクトが始まるという程度の感覚でした。一方の普及活動はほぼ経験がなかったのですが、とはいえ作業の負荷に悩まされるほどではなく、貴重な経験ができました。

現時点では、データ圧縮を含めず、まずシェイピングのみでの社会実装を目指して検証を進めています。シェイピングの回路を使い、光の波を数百kmレベルの長距離伝送する実験を行っています。シミュレーションではなく本物の光にデータを乗せて送るとなると、システムを安定的に動作させるのが難しく、苦労しています。研究所内で1000km程度の規模までは伝送できる大規模システムを構築し、数十kmごとに光を増幅する装置を設置して検証しているのですが、装置を均等に配置できないと歪みが生じ、バランスが崩れて、シミュレーション通りのシェイピング性能を再現できません。こういった仕組みを作り、管理するのはなかなか骨が折れます。

動作が安定しない点については、装置ごとにデータ減衰の量が均等になるよう丁寧に調節していきました。減衰が少ないところに調整用部品を入れるなど、細かく地道な作業を続け、その積み重ねで安定させていきます。最終的にシステムが安定し、データを取って報告できたときは、本当にホッとしました。
吉田が全体の設計をしっかり作り上げているので、とにかくそれを信頼して取り組んでいます。役割はそれぞれ異なりますが、こういった連携があるからこそ、成果を出していけるのだと実感しています。

光技術部 フォトニクス基盤グループ 越川翔太さん

光技術部 フォトニクス基盤グループ 越川 翔太

平成30年度入社なので、まだプロジェクトの背景もよく知らない1年目からチームに参加することになり、いろいろと教えてもらいながら取り組んでいました。

光通信技術はデータセンター間などデータセンターを介する通信で盛んに使われ、コンピューティングにとって重要な基盤といえます。そして、コンピューティング向け通信においても圧縮シェイピング技術は有効で、今後の実装が期待されます。私はその将来を見据えた一歩先のコンピューティングに関わる、光通信のデジタル処理部の設計と検証を担当しています。圧縮シェイピング技術を利用し、データセンター間通信の遅延や消費電力の低減に取り組んでいます。

そのほか技術普及活動も担当しており、NICTの委託研究プロジェクトのロゴマーク作成にも携わりました。プロジェクトに参加する各機関とやり取りを重ねながら調整し、平成30年度からのプロジェクト(採択番号20401)では「MAPLE(Massively Parallel and Sliced Optical Network)」、令和3年度から継続中のプロジェクト(採択番号 01401)では「HEARTS(Highly-efficent mEtro Access aRchiTectureS)」というロゴを作りました。といっても私自身がロゴをデザインしたわけではなく、制作会社にプロジェクトの意義や方向性を真摯に説明し、作ってもらったのですが。

HEARTSロゴ

HEARTSロゴ

ロゴマークは人によって好みがありますし、いくつもの機関と話しながら決めていく作業には大変な部分もありました。研究と直接関わるものではないとはいえ、産学官連携の象徴となるものですから一体感を持って取り組めるものにしたいですし、最終的にみなさんの理解の上でロゴマークを作れたので、やり遂げた感がありました。

圧縮シェイピングはデータセンター間通信に活用でき、暮らしに深く結びついた技術です。将来的には量子コンピューティングなど新たな技術にも取り入れていくことで、より効率的な通信を実現したいと考えています。世の中に貢献できる技術の開発と実用化に携われることは、技術者として大きなやりがいを感じますし、他の機関とのやり取りで意見のすり合わせなどを経験できたので、人間的にも成長できました。現在の、そしてこれからの大きな糧になったと思います。

吉田さん、越川さん、備海さんの写真

INFORMATION TECHNOLOGY
R&D CENTER

────三菱電機だからこそ経験できることや、得られるもの、実現できる未来があります。三菱電機を目指す皆さんへのメッセージ

多様な技術が融合する会社で達成感を経験し、喜びを味わってほしい。
Welcome aboard!

越川「当社は、家電から宇宙までといえる幅広い事業を行っています。さまざまな分野で培われた多様な技術が融合することで、単一の事業会社では難しい新技術の創出が可能なところが当社の強みだと考えています。私自身、入社してすぐこのプロジェクトに加わったわけですが、周りから教えてもらいながら成長できていると実感します。実際の研究開発では一筋縄に行かないことが多くありますが、先輩や同僚と議論を進める中でブレイクスルーが生まれてくることもよくあります。そうしたときに体験できる達成感も当社での研究開発ならではだと思うので、技術者を目指す方にはぜひこうした経験をして、喜びを味わってほしいですね」

備海「現在の仕事は圧縮シェイピングという新技術をいかに世の中に出し、社会に貢献していくかというところに深くつながっています。このプロジェクトの成果として、社会実装を進めるために頑張っています。当社は技術を大切にする会社で、社内では最新技術に関する講演会を頻繁に開催していますし、個人的には大学時代よりも講義を受ける機会が多くある印象で、常に学べる環境があります。また、技術情報を社内ですぐに連携・共有できるシステムも整っています。当社に入社して、まずは一つのことから取り組み始め、その先は多彩な分野へ広げていったり、そのまま突き進んで第一人者になったりと、技術者にとってバラエティに富んだ選択肢があります」

吉田「2022年10月に新設された光技術部フォトニクス基盤グループで、グループマネージャーに就任しました。当グループでは、とくに時間がかかる技術を大事に育てていきたいと考えています。そして、その技術で社会に貢献し、当社自体も社員が納得感を持ちながら成長できる会社としてさらに大きく発展することを期待しています。こうした未来を現実のものとするには、新しく入ってくるメンバーが大切です。多様なバックグラウンドを持つ人がどんどんと仲間に加わることで、社員全員が成長し、幸せを感じる会社となって、世の中にもよい影響を与え続けていくのだと思うのです。よりよい社会づくりに貢献したいと考える、情熱をもった若者たちの活躍できるフィールドが、当社にはあります。ぜひ、チャレンジしてください」

謝辞:本研究開発成果の一部は国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の委託研究(採択番号20401および01401)により得られたものです。

PROFILE

吉田 剛さんの写真

情報技術総合研究所
光技術部
フォトニクス基盤グループ
グループマネージャー
吉田 剛

2007年4月入社。入社後にスウェーデンの工科大学での研究、大阪大学博士後期課程での在学経験を持つ。2022年10月から現職。子どもの頃からゲームが趣味で、ゲーム作りに関わるのが夢だった時期もある。

2007年4月入社。入社後にスウェーデンの工科大学での研究、大阪大学博士後期課程での在学経験を持つ。2022年10月から現職。子どもの頃からゲームが趣味で、ゲーム作りに関わるのが夢だった時期もある。

備海 正嗣さんの写真

情報技術総合研究所
光技術部
フォトニクスシステムグループ
主席研究員
備海 正嗣

2011年4月入社。光伝送システムや光トランシーバの開発に従事。趣味はスポーツ観戦で、バレーボールやサッカーを実際にプレーして楽しむことも。体を動かすのが好きなだけに、体力には自信がある。

2011年4月入社。光伝送システムや光トランシーバの開発に従事。趣味はスポーツ観戦で、バレーボールやサッカーを実際にプレーして楽しむことも。体を動かすのが好きなだけに、体力には自信がある。

越川 翔太さんの写真

情報技術総合研究所
光技術部
フォトニクス基盤グループ
越川 翔太

2018年4月入社。光空間通信技術・量子計算技術の研究開発に携わる。就職活動中に「光通信なら大学で学んだ物理の知識を活かせる」と三菱電機社員から聞かされ、新しい世界に飛び込む思いで扉を叩いた。

2018年4月入社。光空間通信技術・量子計算技術の研究開発に携わる。就職活動中に「光通信なら大学で学んだ物理の知識を活かせる」と三菱電機社員から聞かされ、新しい世界に飛び込む思いで扉を叩いた。