第5回その1
料理のプロ × AIのプロ 対談「AIと家庭料理」
私たちの食卓に、AIはどんな幸せをもたらしてくれるのか。
数々の料理本やテレビ番組への出演でおなじみ、料理研究家の浜内千波さんを招いてお話いただきました。
プロフィール
浜内千波(はまうち ちなみ)
1955年生まれ。料理研究家。1980年に料理教室「ファミリークッキングスクール」を開校。以来、雑誌やテレビなど多方面にて家庭料理の大切さを伝えている。著書に『ラクして、美味しい魔法だしのおかず』『浜内千波の炊飯ジャーでおかず革命』など多数。主婦の視点に根ざしたレシピを提案し、好評を博している。
井須芳美(いす よしみ)
1971年生まれ。三菱電機株式会社 開発本部 情報技術総合研究所 知能情報処理技術部 知能情報応用技術グループマネージャー。1996年に三菱電機株式会社に入社。AI・機械学習を用いた画像認識技術の研究開発などを経て、現在はAI技術を活用していくための基盤技術の開発に携わる。二児を育てる主婦でもあり、得意料理は味噌汁と親子丼。
お互いの仕事
について
心はいつも台所に
まずはお互いに自己紹介をお願いいたします。
浜内千波(以下:浜内):
井須芳美(以下:井須):
こちらこそよろしくお願いいたします。私は三菱電機でAI技術を活用していくための開発に携わっていますが、プライベートでは中高生の娘二人のお弁当に頭を悩ます主婦でもありまして、お会いできるのを楽しみにしていました。
先生にお訊きしたいことはたくさんあるんです。実は私の娘は管理栄養士を目指していたりもしますし……
浜内:
そうなんですね! 若い世代にそういう志を持った人がいるというのは頼もしいですね。料理というのは、世代から世代へと伝承されてゆくもの。次の世代にも私たちの味を引き継いでもらえるというのは素晴らしいことですからね。
お弁当の苦労というのもよくわかりますよ。朝から晩までずっと家族の食事のことを考えている人も多いですよね。こうして仕事をしているときは忘れていても、いざ帰り道になると、自分の気持ちが台所から離れていないことに気づかされるんです。
井須:
そうなんです!私も玄関を開けたら台所に直行しちゃいますし、起きたらすぐに台所に立つというのが基本になってますね。
浜内:
だからこそ私たちには、自分が凛とできるキッチンが必要なんだと思いますよ!こだわった場所というのを与えられるべきですし、そこにAIちゃんのサポートまで得られるのであれば大変に心強い。やっぱり料理は楽しくなくっちゃ!
失敗から学ぶもの
井須:
先生のレシピは手軽かつ素材本来の味に気づかされるお料理ばかりで、とても参考になります。
浜内:
実は料理って簡単なんですよ。最近すごく残念に思うのは、「料理が苦手」というイメージに囚われすぎている人が多いことなんですね。料理は手間がかかるものだと最初に決めつけてしまっているせいか、あるメニューに失敗すると、二度と同じものをつくろうとしない、とかね。
私たちの世代は便利な道具やアプリなんかもなかったから、どこが悪かったのかという原因を掴んで解決していくのが当たり前だったけれど、最近はそこをピョンと飛ばしてしまうことだって簡単にできちゃうんですよね。
井須:
私は高校生の頃にお菓子づくりにハマりまして、シフォンケーキに5回も失敗したことがあります(笑)。友達の家に持っていこうと頑張ったのですが、できるのは失敗作ばかり。途中で卵を切らしてしまって買いに走ったり……
浜内:
きっと、卵3パックは使いましたね(笑)。でも、そういう失敗こそが大切なんですよ。失敗して初めて学ぶことがあるんです。失敗というのは、台所から離れた社会でも通じる自分の強さになりますからね。
井須:
そうですね。今の私の研究活動にしても「うまくいかない」ということが大前提なんです。日々の失敗から何を学ぶかというのが大切で、それがベースになっていると言ってもいいと思います。
失敗の原因を分析できること、それを成功に繋げて達成感を得られることというのは、私たち人間の特権だと思いますね。
AIとの出会い
について
AIとのお雑煮対決
おふたりとAIの出会いを教えてください。
井須:
大学生の頃に「人工知能」という言葉に興味を持ったのが最初だと思います。当時は「人工知能」という言葉の通り、AIは人間の知能を模擬するものだと思っていたのですが、AIのことを知れば知るほどに、人間の知能とは程遠いものだということもわかってきました。AIはあくまでも人間をサポートしてくれるツールであって、AIをどう使えば生活が豊かになるのかは人間が考えなければいけないことですね。
浜内:
人間の心までは真似できないものですよね。
私、2年ほど前にあるテレビ番組でAIさんと料理対決をしたことがあるんです。
井須:
お正月の「お雑煮対決」をしてらっしゃいましたね。
浜内:
その時のAIさんは地球上の食材の99.9%を学習していて、なぜか隣には人間のシェフもついてるしで、「こりゃ負けるわい」という感じだったんですけど(笑)、結果は審査員の投票を3対0で集めて私が圧勝してしまったんですね。
井須:
それはそうですよ!当然の結果だと思います。
浜内:
私のつくったお雑煮は、まず伝承料理であること。家庭で作りやすく材料費もかからないこと。なによりも「お母さんこれ美味しいね!」って思ってもらえること。それを念頭に提案したものでした。金時人参でお目出度い赤を演出してあげるなどしましたね。
食べる相手への想い
対するAIサイドは納豆やチーズ、ナツメグを使った不思議なお雑煮でしたね。おそらくそれは、旨味成分の分析結果を端的に形にしたものであって……
浜内:
そこには「家族への想い」というのが決定的に欠けていたんですね。人間に響くものをつくるという「心」の部分がなかった。
やっぱり食事は美味しいだけではいけないと思うんです。あの対決で改めて確信したのは「食べてもらう人への気持ち」がいかに大切かということでしたね。そういった気持ちの部分には、今後もAIの入り込む余地はないと思っています。
ただ、だからこそAIと人間は、得意分野を補い合うことで共存共栄していけるとも言えますね。
井須:
これは「地球上の食材99.9%」のお話にも通じることですが、覚えること、計算すること、それを忘れないことに関しては、人間はAIに敵いませんから、その部分をうまく活用するようにすればいいのだと思います。AIも使いよう、ということでしょうか。
AIが人や社会
を助ける?
料理AIの現在
今回の対談記事を読まれる方の中には「AIと料理」という言葉の印象から、実際に機械の手を動かして料理を進めるロボットのようなものを連想される方もいらっしゃるかと思うのですが、そういった未来というのはまだまだ先のことなのでしょうか?
井須:
「全自動オムレツロボット」みたいなものはすでにありますね。時々失敗しちゃうご愛敬もあって、お店も話題作りのために導入しているのかなと思います。
浜内:
そのぐらいのレベルのものであれば、人がやった方が早そうですね(笑)。
オムレツロボットは無人のコーヒー屋さんみたいなものですよね。コーヒーの味って、気持ちのいい接客やその場所の雰囲気で何倍にも膨らむものじゃないですか。私はそういうコーヒーをいただいてこそ、心が豊かになると思うんですけどね。
井須:
私も同意見です。心配りやサービスというのは、人間にしかできないことですよね。でも人手不足でやらなければいけないことが次から次にあるという状況になると、心配りが難しくなる。そういう意味で人間が人間にしかできない仕事に専念するためのアシストをしてくれるAIというのは今後増えていくと思います。例えば農業の分野では、ディープラーニングによる画像認識技術から、商品にならない野菜を自動的に選別したり、育成状況を監視して自動で水や肥料を与えてくれたりすることで、人手不足を解消できる可能性があります。
社会を支えるAI
近年特に懸念されているフードロスの問題に関してはいかがでしょう?
井須:
AIを使えばたくさんの過去の売上データや天気、世の中のトレンドいった様々なビックデータを分析して、ある程度の需要予測ができるので、たとえばコンビニの商品なんかでも「この時期にはこういうものがこれだけ売れますよ」という予測が立てやすくなります。予測に基づいて生産する商品の種類や数、必要な材料の発注管理、物流に至るまでを最適化することができれば、フードロスの問題に限らず、環境問題、労働力不足の解消にもなりえます。そうした試みを業界全体で進めていくことで、AIが社会全体をよりよく最適化し、多くの社会問題を解決してくれるのではないかと期待しています。
浜内:
現在のAIは事業用と家庭用に大きく二分されているんですね。
井須:
家庭レベルのロスをなくしていくまでにはまだ研究が必要ですが、ただ、それもそこまで遠くない未来に実現できるのではないかと思います。
これから先生には未来のキッチンのコンセプト・モデルをご覧いただければと思いますので、そこでもご意見をいただければと思います。
浜内:
それは楽しみです!ワクワクしちゃいますね!
浜内千波さんの最新作
『1日2杯のみそ汁で健康寿命を延ばす!』
(ナツメ社)/1,200円+税 128ページ
発売中
生活習慣病を遠ざけ、さまざまな病気の予防となる「みそ汁」の効能・魅力に迫った一冊。みそ研究の第一人者である渡邊敦光先生と浜内先生がタッグを組み、毎日の簡単みそ汁から全国各地のみそ料理までを徹底紹介。みそを「一味違った調味料」と捉えたレシピ・ページも楽しい。
後半には、次世代のキッチンが登場!
これからの料理や食生活についてお聞きします。
料理研究家の浜内と申します。この45年にわたって料理教室「ファミリークッキングスクール」を開校しています。私の仕事は家庭料理の大切さを、本やテレビを通じて伝えていくことにありますが、見えないところでは商品開発や病院への食事指導もしていますので、今日のお話は楽しみにしていました。よろしくお願いします。