第6回その1
ボイスアクトのプロ × AIのプロ
対談「AIと言語表現」
私たちが「AI」という言葉に触れるとき、そこには優れたエンターテインメントの存在があった。
今回お招きしたのは声優の福山潤さん。アニメーションやゲームの第一線で活躍する氏とともに、AIや言語表現をテーマにお話しいただきました。
プロフィール
福山潤(ふくやま じゅん)
1978年生まれ。声優、ナレーター、株式会社「BLACK SHIP」代表取締役CEO。1997年、ラジオCMの仕事を皮切りに活動開始。以来、ゲームソフト『大乱闘スマッシュブラザーズDX』やTVアニメ『コードギアス 反逆のルルーシュ』などの声優として活躍。100年後の未来からきたAIを演じた『Vivy -Fluorite Eye's Song-』も大きな話題となる。数々の受賞歴を誇るトップランナーであり、日本国外での認知度も高い。
毬山利貞(まりやま としさだ)
1975年生まれ。三菱電機 情報技術総合研究所 知能情報処理技術部 機械学習技術グループ グループマネージャー。学生時代に脳科学を学び、博士(理学)を修了。現在は同研究所にてAI分野の研究・開発を担当。主な開発テーマは空調機器・産業用ロボット・FA加工機・社会インフラ設備などのAIによる最適制御、AIによる時系列データ予測など。大のアニメ好きでもあり、福山ファンでもある。
お互いの仕事
について
「考える」ということ
まずはお互いに自己紹介をお願いできますでしょうか?
福山潤(以下:福山):
毬山利貞(以下:毬山):
三菱電機の毬山です。AIの分野の研究・開発を仕事としています。学生時代には「なんで人って考えることができるんだろう?」という疑問から、脳の研究をしていました。人間の思考そのものについての興味が強いんです。
福山:
僕も「考える」ということ自体が大好きな人間なんですよ。自分の仕事は「演じること」ではあるんですが、実写の俳優さんとは逆のプロセスを踏まなきゃならないという、少し変わった仕事でもあって、人間は行動に対して言葉がつくところ、行動だけは先にアニメーションとして完成されているという状態なんですね。
毬山:
確かにそうですね。
福山:
そこでたとえば「身体は幼いのに数千年生きてます」というキャラクターを演じなきゃいけないこともあるわけなんですが、まず「それだけ生きてれば子どもであるはずないよな?」というハテナが浮かぶので、それを自分なりに解決してからじゃないと気持ちが悪いというのがあるんです。いちいちキャラクターの行動原理や設定を考えたくなってしまうし、考えれば考えるほど、もっと考えなければいけないことがたくさんあるなと思えてくるんです。
毬山:
そういうお話をお聞きしていると、今後AIの音声が発達していったとしても、声優はAIが行うには極めて難しい仕事の一つだというのがよくわかります。AIによる音声というのはかなりリアルなところまできているのですが、キャラクターの背景までは考えることは極めて難しいです。AIにシリーズ全話の脚本を見せたとしても、福山さんのように作品の世界観全体を理解しながら発声することは現時点ではまずできないと思いますね。
エンターテイメントのAI
毬山:
福山さんが「マツモト」を演じてらっしゃる『Vivy -Fluorite Eye's Song-』には引き込まれました。主要なキャラクターたちがAIというのもありますし、研究者としては、劇中で制定される「AI人権法」も考えさせられましたね。未来の研究者は避けては通れないテーマが描かれているな、と。
福山:
僕らが子どもの頃に観ていたアニメに登場するAIというのも、人間と同じように自発的に考える万能ロボットみたいなものでしたよね。
毬山:
『スターウォーズ』の「C3PO」や「R2D2」、または「ドラえもん」のような。現在のAIは到底あのレベルには達していませんが……。
福山:
でも「ドラえもん」というのはいきなりの「頂点」ですからね。そもそもアニメやSFというのは人の想像でつくり上げるものなので、突飛なものほど出てきやすいんです。
逆に昔の人は、もっと身近なもの──たとえば「電子レンジの四隅でそれぞれの料理が適温になりますよ」みたいなことには考えが及ばなかったはずで、そういう意味では僕が子どもの頃に想像していた未来よりも、ずっと早く進化している部分もあると思います。
毬山:
まさに当社の研究というのも、デバイスの特性や、それを使う人の環境に最適な動作など、よりユーザーに寄り添ったAIに向かっていますね。
……ただ、やっぱり僕の原点は、「マツモト」のような人間のパートナーをつくりたい! という夢なんです(笑)。僕が考えるAI像というのは子どもの頃から変わっていませんし、彼らのようなAIが生まれてきたら本当に素敵だと思いますね。
AIの声
声優のカタチを変えるAI
「AIの声」についてもう少しお聞かせください。
毬山:
近年うちのアメリカの研究所が発表したのは、たとえば今こうして話している僕と福山さんの声を、AIできれいに分離するという技術ですね。
福山:
1本のマイクで録られたものを? それはすごい! それができると、間違いなく声優のカタチが変わります。僕らにはマイクワークという仕事があって、それはマイクに対して声優たちがお互いの立っている場所を気をつけながら入れ替わり立ち替わり声を入れていくという、すごくアナログな作業なんですけど、同じ場所で同時に喋ったものを後で別々にできるのであれば、音響演出の幅はすごく広がりますね。
毬山:
研究者たちは喜びますね(笑)。やっぱりAIの研究に必要なのは、いま福山さんがおっしゃった「具体的なニーズ」だったりするんです。技術的には可能であっても、それをどういうふうに運用すればいいのかというのが、そこまで議論され尽くされていないので。
福山:
『Vivy』の仕事のときも、僕の声だけは後で機械音声の加工をかけなきゃならないので、本当は共演者といっしょに演じたいところ、僕だけが違うブースで録っていたんです。声優同士の掛け合いというのはすごく重要なので、場所の制約がなくなるというのはすごくありがたいですね。
AI技術はアイデアの宝庫
福山:
たとえば人間の声を、リアルタイムで他の声に変換する、みたいな技術はありませんか?
毬山:
その技術もかなり近いところまできていると思います。声の周波数などの計算資源を僕らがきちっと用意すれば、AIは延々と学んでくれますから。
福山:
人間の声はひとつなので、どうしても「この声の範囲でどう演じるか」という制約に縛られてしまうんですよね。僕はよく「もし自分の声があの人の声だったらどう演じるかな」みたいな空想をするんですが、AIの技術によって僕の声を80歳の老人の声に変換する、みたいなことができるようになれば、今とはまったく違うインスピレーションでキャラクターを構築できるんじゃないかと思っていて。
そういった技術は福山さんの仕事にとっての脅威ではないのですか?
福山:
脅威というより興味です。確かに実演家である声優の居場所がなくなるんじゃないかという恐怖を抱く方もいるかもしれませんが、僕の場合はアイデアの宝庫だと捉えちゃいます。というか、自分はずっとこの声なんで、飽きてるんですよ!(笑)。
AIが切り開く
表現の未来
AIという新しいツール
毬山:
現代の技術革新は18世紀の産業革命にも重なりますね。当時いろんな製造機器や蒸気機関車などが出てきて、それで奪われる職というのも当然あった。ただ、今振り返れば、それは人間にとって必要な改革であったというのがよくわかると思うんです。
まさに現代も、AIという「新しいツール」をどういうふうに使いこなして、どんなふうに社会をよりよくしていくかの過渡期なんだと思います。
福山:
僕らが子どもの頃は終身雇用がよしとされる価値観でしたけど、今はその感覚がなくなってきていますし、スキルアップのための転職とかマインドチェンジも早い世代が台頭していますよね。デジタルが最初からあった世代とそうじゃなかった世代というのが混在している。僕はそこにある溝が時代の面白さだと感じてますけど、同時に、その溝は開きすぎないほうがいいとも思います。
旧世代の人も、知ればわかるのに「知らないままがいいんだ」に居座らずにいてくれれば、もっと建設的な方向にいくんだろうなと思いますね。
AIの進化はアニメーションの表現も変えていくのでしょうか?
福山:
技術的な部分はもちろん、僕らには「観てる側がわからないものをつくってはいけない」という不文律があるので、その改革にもつながると思います。
毬山:
というのは?
福山:
通信機器の例がわかりやすいと思うんですが、昔のアニメのキャラクターが通信をするときは、わかりやすくアンテナのついたガジェットが必要でしたし、テレパシーの表現であれば、こめかみに手を当てているシーンが必要でした。つまり、現在の技術からあまりにも遠く離れたものをつくってしまうと、視聴者がついてこれなくなるんです。
ただ、今後AIが搭載された製品がどんどん発表されて、それが市井に根づいたら、僕らはそれをベースにもう少しだけ先の未来を見据えたファンタジーを描けるようになります。そういう未来はとても楽しみですね。
福山潤さん参加の話題作
『Vivy -Fluorite Eye's Song-』
/ 各種動画配信サービスにて全13話配信中
WIT STUDIOがアニメーション制作、長月達平と梅原英司がシリーズ構成・脚本を務めたオリジナルテレビアニメ。100年後に起こるAIと人間との戦争。その未来を描き直すため、「歌でみんなを幸せにすること」を使命とする、史上初の自律人型AI・ヴィヴィの100年の旅が始まる。福山潤さんは、未来から送り込まれたAI・マツモトを好演。「AIの発展史」「AIと人間の共存」など、深淵かつ優美なストーリーを盛り立てている。
©Vivy Score / アニプレックス・WIT STUDIO
福山潤さんの所属事務所はこちら
後半は、さらにディープな話題へ。
AIの日本語表現や「心」についてお聞きします。
声優の福山潤です。仕事のフィールドはアニメーションがメインですが、「声の分野の俳優」として、海外映画やドラマの吹き替え、ゲームのキャラクターのナレーションなど、声を使った表現すべてを仕事としています。