DSPACEメニュー

We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.22

NASA「10年計画」II—起源の探求

今回も前回に引き続き、先日発表になったアメリカの「惑星科学のディケイダル・サーベイ(Planetary Science Decadal Survey)」を解説しよう。このディケイダル・サーベイは、NASAによる太陽系探査の10年計画であり、これを読み解くことで、未来の太陽系科学の動向を俯瞰できるかもしれない。

NASAによる太陽系探査には、予算枠によって大きく3つのカテゴリがあることはすでに述べた。前回は、このなかで2000億円から3000億円という最大規模のカテゴリである「フラッグ・シップ」探査として、「天王星の探査」が選ばれたことを紹介した(参照:第21回「NASA「10年計画」I」)。

一方で、1000億円という中規模カテゴリの「ニュー・フロンティア」探査はどうだったのだろうか。

過去にこのカテゴリで選定されたものを列挙すると、2015年に未踏の冥王星を訪れたニュー・ホライズンズ、「はやぶさ2」と同様に小惑星からのサンプルリターンを行うオシリス・レックス、そして土星衛星タイタンでドローンによる探査を行うドラゴンフライがある。いずれも個性的で尖った計画ぞろいではないだろうか。

この中規模カテゴリの選定はボトムアップで行われる。すなわち、複数の研究者チームから多くの計画が出され、そのなかで選考が行われるのである。提案された計画は、まずNASAの各研究所での予選を突破しなければならない。NASAには全米各所に多くの研究所があるが、それぞれの研究所では強い候補を選抜して推薦する。高校野球でいえば、地方予選に相当するだろうか。

その後、これら予選を勝ち抜いた候補たちが、ディケイダル・サーベイで振るいに掛けられる。今回のディケイダル・サーベイでは19候補から8つが選ばれた。地方予選を勝ち抜いたチームが甲子園でしのぎを削り、ベスト8が出そろった状況だといってよいだろう。今後、これら8つの候補から、最終候補が選ばれるのである。

では今回のディケイダル・サーベイでは、どんな8候補が選ばれたのであろうか。

月は有人での探査が当たり前?

中規模クラスの探査候補として選ばれたのは、以下の8つである。彗星の探査が2件、準惑星ケレスの探査が1件、土星衛星エンセラダスの探査が1件、同じく土星衛星タイタンの周回探査が1件、土星本体への突入探査が1件、金星の探査が1件、月の地震探査が1件である。さて、これらから何かが読み取れるであろうか。

何かの傾向をつかもうとすれば、選ばれた候補だけではなく、むしろ選ばれなかった候補を注目してみるという手もある。

選に漏れてしまった探査のうち代表的なものは、月での急斜面を走破する探査車の計画や、月で長期間活動できる探査車の計画、そして火星での生命探査計画があげられる。

月については、自在な活動を行う無人探査車が選から漏れ、地震計によって月の内部を調べる探査が選ばれているといえよう。

今から10年後を考えれば、アメリカが主導する国際月探査「アルテミス計画」のもと、月を周回する宇宙ステーション「月軌道プラットフォーム・ゲートウェイ」が建設され、宇宙飛行士が月面とステーションを頻繁に往復するという未来が現実となる見込みである。地震計であれば、月周回ゲートウェイに居住する宇宙飛行士が、月面の複数地点に持ち運び、比較的簡単に設置することができる。無人探査車の計画が選ばれずに地震探査が残ったことは、月の科学は今後10年、無人探査車の時代から、宇宙飛行士が降り立って探査する時代に確実に向かうことを暗示しているように僕には感じられる。

「アルテミス計画」で建設が提案されている「月軌道プラットフォーム・ゲートウェイ」の想像図。宇宙飛行士が数名常駐して月の探査などを行う。(提供:NASA)

一方で「アルテミス計画」には、日本も正式に参画して、月の科学や開発を行うことを表明している。奇しくも、今回選ばれた「月の地震探査」は、JAXA宇宙科学研究所が「アルテミス計画」で行う3つの科学目標の一つと極めて類似している。地震大国・日本では、地震の研究も世界トップクラスであり、観測や解析の技術は世界に誇るものである。月面に複数地震計を配置し、月で起きる地震を利用して月の内部を調べる同じような計画が、日米で同時に持ち上がっていた。国際的な「アルテミス計画」の中で存在感を発揮するためにも、月の地震の科学は日本が主導したいものだが、さて、どうなるだろうか。

もしアメリカでもこれが中規模カテゴリとして採択されれば、これまでの経緯から考えても、日米は共同してこれに取り組むのではないだろうかと僕は思っている。「ニュー・フロンティア」の最終選考では、海外宇宙機関との共同探査の可能性も重要な加点となり、日本も限られた予算で多くの地震計を設置して最大級の成果を得るためには、アメリカと組むのは悪くないだろう。

火星探査—今後の動向は?

そして、火星の探査がこのカテゴリに残っていないのも、今後10年の動向を知る上で興味深い。

そもそも火星は、大規模カテゴリ「フラッグ・シップ」、中規模カテゴリ「ニュー・フロンティア」とは別に、「火星探査プログラム(Mars Exploration Program)」という独自の予算枠があり、有人火星探査に向けて探査が戦略的に配置され、実行されている。

現在、この火星探査プログラムの中心は、火星サンプルリターン計画である。その先陣として2020年に打ち上げられた探査車「パーサヴィアランス」は、すでに火星上に着陸し、複数個所でサンプルを採取してカプセルに保存している。このカプセルが、2020年代後半に火星に設置される無人発射台から宇宙に打ち上げられ、2030年代前半に地球に持ち帰られるのである(参照:第3回「火星探査の新時代の幕開け」)。

ところが、この火星サンプルリターンの予算が肥大し、「火星探査プログラム」全体の予算を覆いつくそうとしている。つまり、火星サンプルリターン以外の必要な探査にまで予算が回らず、それ以降の計画は順次繰越しになっているのである。そのよい例が、今年3月のバイデン大統領による大統領予算教書であろう。この予算教書では、火星での水資源探査を行うマーズ・アイスマッパー計画について、今年度予算の白紙化が述べられている。

火星探査車「パーサヴィアランス」が採取したサンプルの写真と採取場所の地図。それぞれの場所で採取したサンプルは別のカプセルに保存され、地球に持ち帰られる。(提供:NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS; Lori Glaze)

さて今回、中規模カテゴリ「ニュー・フロンティア」で、あらゆる火星探査が選から漏れたことで、今後10年間、火星は「火星探査プログラム」のみで行なわれることがほぼ確実になった。そして、現状「火星探査プログラム」が予算的に火星サンプルリターン計画の一択となっている以上、アメリカは今後10年、火星での新しい着陸探査を行う余裕はなくなったとみてよい。

当初これを補うと期待されていたのがヨーロッパであった。本来であれば、欧州宇宙機構(ESA)による火星探査車「ロザリンド・フランクリン」が、今年打ち上げられるはずであった。ロザリンド・フランクリンは、地下物質をドリルで掘り返し、有機物を詳細に分析するというアストロバイオロジーに特化した探査車である。これが実現すれば、火星のアストロバイオロジーは、ヨーロッパが中核となって牽引するであろう。ところが、この計画はやむなくご破算となってしまった。今後10年の火星の着陸探査は、アメリカもヨーロッパも、どちらも苦しい状況になるかもしれない。

この間を縫って、今後10年の火星着陸探査の中心となるのは、中国ではないかと僕は思っている。中国は、すでに火星探査車「祝融号」を2021年に着陸させ、面白い発見もしている。「祝融号」の成功を受けて、中国が本格的な大型着陸探査に乗り出しても不思議ではない。

あるいは日本が元気であれば、火星に参入して存在感を示す好機は、今をおいてないかもしれないが、どうであろう。

太陽系の成り立ち、惑星の成り立ち

さて、今回のディケイダル・サーベイに選ばれた8候補をもう一度見てみよう。

対象天体別に見れば、彗星や準惑星といった小天体の探査が3件、そして土星本体を含む土星系の探査が3件と、小天体と土星系に集中していることがわかる。さらに、小天体と土星の6候補のうち4つまでが、太陽系や惑星の起源に関する提案である。彗星探査の2件は、太陽系を作った材料物質がいかなるものであったのかを調べるものであり、準惑星ケレスと土星大気突入探査は、太陽系初期に起きたかもしれない木星・土星の移動という大変動を調べる目標である。

探査機カッシーニが撮影した土星の様子。土星大気に探査機が突入して調査する計画も提案されている。(提供:NASA/JPL/Space Science Institute)

思い返せば、大規模カテゴリ「フラッグ・シップ」に選定されたのは「天王星の探査」であり、その最大の目標は太陽系初期の大変動の実態解明であった(参照:第21回「NASA「10年計画」I」)。今回のディケイダル・サーベイを通じてみても、太陽系の成り立ち、惑星の成り立ちを探究する潮流が、かつてないほど何か大きく胎動している感がある。

この潮流は、我々が地球外生命や地球生命の起源に迫ろうとすれば、当然起こることかもしれない。生命を形作る材料はどこから来たのか、その材料は天体によってどれだけ違うのか—これらの疑問の答えを正確に知りたければ、太陽系の成り立ちから考えざるを得ない。その潮流が動き出したのであれば、それは遠回りなようで、最も着実な地球外生命探しの方法に違いない。

最後に、8候補から何が最終的に選ばれるか、甲子園優勝校の予想さながら、僕なりに予想をしてみよう。

僕の予想する本命は、彗星の探査のうちの一つ、ケンタウロス族という木星と海王星の間に点在する彗星への探査である。対抗としては、準惑星ケレスへの探査としたい。どちらも太陽系初期の大動乱の痕跡を留め、太陽系の成り立ちを理解する上で重要な天体である。ケレスには、現在もその地下に液体の水があると考えられており、アストロバイオロジー的な観点からも重要度は高い。もう一つ対抗を挙げるのであれば、土星本体への突入探査を推したい。過去の「ニュー・フロンティア」探査はどれも個性的であり、8候補のうち最も尖った計画として土星突入計画は面白い。

さて、余談であるが、実は僕もケレス探査を提案した研究者チームの一員でもある。ケレスの提案が今回の8候補に選ばれたときには、チーム内で喜びのメールが飛び交った。「ニュー・フロンティア」の最終選考はもう少し先であり、まだしばらく楽しみな時間が続きそうである。

  • 本文中における会社名、商標名は、各社の商標または登録商標です。