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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.41

ロナクレーターとインドの風

インド亜大陸の中央には、デカンという巨大な溶岩帯が寝そべっており、地下から大量のマグマが地表に流れ出た、そのままの姿で高原を成している。

インド洋からの湿った空気は、このデカン高原に至る起伏を登り切れず、斜面の中腹で多量の雨を降らせる。雨を降らせたあと、風は乾いた熱波となってこの高原の中央を吹きすさぶ。高原という涼しげな印象からはほど遠く、半乾燥気候の灼熱の大地が無限に広がる。

こうしたデカン高原に立つと、自然というものの持つ生の荒々しさに圧倒される。周辺には大きな木々はなく、木といえば葉の尖った棘だらけの低木しかない。石も丸石はほとんど見当たらず、破砕されたままの鋭い石片が、激しい太陽に照らされて転がっている。

おもしろいのは、そういったただ生きることさえ容易でない灼熱の乾燥世界のなかに、突然、豊潤な生命のオアシス世界が出現することである。

そのオアシスは、周辺から130メートルほど低い、円形に窪んだ土地の底にある。外界は水の存在を感じない乾燥世界ながら、ここだけは水がこんこんと湧き出し、あふれて湖となり、柔らかな葉の広葉樹が林をつくり、果実が実り、木陰にサルが遊び、クジャクが舞っている。極端にいえば、生と死が隣り合わせで同居している。

太古の人々は荒野を旅し、ここにたどり着くと蘇生の思いがしたであろう。人々は、当然、ここを聖地だと考えた。かつてヒンドゥー教の神が、地下に住む邪を滅ぼすために天から矢を射った。その矢が空けた大穴がここだと考えたのである。

大穴の周辺に寺院が建てられ、小さいながらも村ができた。ロナという村であり、遥かのちにこの大穴もロナクレーターと名付けられることになる。

クレーターの斜面に立つヒンドゥー教の寺院。湧き出る地下水を利用して人々が沐浴する。(提供:関根康人)

水と生命の存在感

僕がこの地を訪れたのは、10年ほど前の2月であった。2月とはいえ、昼の気温は40℃近い灼熱であった。

古都ハイデラバードから、車で一日かけてようやく深夜にロナにたどり着く。翌朝、宿泊所から、朝日に照らされたこの大穴の底のオアシスの美しさに息をのむ。周辺の無限の褐色に対する豊かな緑のコントラスト。水というもの、生命というものの確かな存在感に対して、実証を越えた感動をおぼえる。その感動を、僕はいまでも忘れることができない。

この大穴の正体は、天体衝突の際にできたクレーターである。天からの矢ではなく、隕石が落下した際の大穴である。

直径は約2キロメートル。クレーターの縁に立つと、ちょうど、視界の端から端までにまたがるサイズであり、その形状的な美しさも感じられる。

隕石が落ちたのは、5万年ほど前とも、60万年ほど前ともいわれる。個人的には、60万年前にできたクレーターだとすれば、クレーターの縁や放出物の形状があまりにフレッシュすぎるように思われる。60万年間の風化で、クレーターの形状自体がもっと崩れていておかしくない。

5万年前にできたのだとすれば、その時期は12〜13万年前にアフリカから出た現生人類が、ヒマラヤ山脈を南に迂回し、インドをはじめとする南アジアに到達した時期とおおよそ符合する。僕らの祖先は、ロナクレーターを作る隕石落下を目撃したのだろうか。

クレーターの縁から見た、ロナクレーターの内部と湖。(提供:関根康人)

ロナクレーターの特徴

10年ほど前に、僕がロナを訪れた目的は地質調査にある。

ロナクレーターには、地球上の他のクレーターにない特徴がある。まず1つは、活発な水循環を、現在も有しているということである。クレーターの急峻な崖からは地下水が湧き出し、小さな小川となり、扇状地をつくりクレーターの底には湖ができている。湧き出す地下水は、100万年程度の時間でいずれ崖を侵食しつくし、クレーターという大穴をふさいでしまう。裏を返せば、ロナクレーターは地質的にできて間もないおかげで、クレーターでおきる地下水の湧昇や湖の形成といった水循環を僕らも目撃できる。

実は、火星上で見つかる湖の痕跡のほとんどすべては、ロナクレーターのような、クレーターの底に見つかっている。太古の火星でも、ロナとまったく同じように、クレーターの急な斜面から地下水が流れ出して、底の低地にある広大な湖を潤していた。探査車キュリオシティやパーサヴィアランスが、どれもクレーターの底に着陸しているのは、そこに湖があったからである。クレーター湖では、どういった水の循環がおきていたのか、その理解の鍵になる地球上の例は、ロナクレーターを除けばほとんどない。

また、ロナは玄武岩という岩石の上にできたという特徴もある。湖の水質、つまり塩分やpH、溶存成分といったものは、湖ができる地質である岩石に左右される。地球の大陸は主に白い花こう岩という岩石でできており、僕らが調査可能な陸上のクレーターも、花こう岩上のものが大多数である。一方で、火星の地表は、黒い玄武岩という岩石で覆われており、火星クレーター湖も玄武岩上にできている。ロナクレーターがあるデカン高原は、火星と同じ玄武岩からなる大地である。水循環を有しているだけでなく、それが玄武岩という地質で起きているという点、ロナクレーターは類まれな火星のアナログだといえよう。

実際、ロナクレーターの湖の水質は、高いアルカリ性かつ高塩分という特異な特徴をもち、魚など通常の湖の生物の生息に適さず、多様かつ原始的な微生物が棲んでいる。2020年には、湖の色が一夜にして緑からピンクへと変貌したという報告もあった。高温で湖の塩分濃度が高まった結果、通常の光合成生物が湖で死に絶え、好塩性の微生物に生態系がとってかわったらしい。こういった微生物が作り出す生態系も、ロナクレーターの持つ特徴の1つに数えてよいだろう。

2020年5月から6月にかけてのロナクレーター衛星画像。一夜にして湖の色がピンクへ変貌する。(提供:ESA - Sentinelhub)

神なる鳥、迦楼羅

灼熱の日中の野外調査は体力的にも厳しい。

朝と夕方に集中して作業を行い、昼間は安全のためにも休憩をとる。砂糖を多くとかした熱いチャイが不思議と飲みやすく、のどが潤される。

ふと見ると、現地の若者が宿泊所の裏でスポーツに興じている。クリケットである。

野球にやや似たもので、ピッチャーらしき人物が、ワンバウンドで投球し、バッターがそれを打っている。僕も、高校まで野球をしており、バットとボールを当てることにはいささか自信があった。おもむろにクリケットに入れてもらい打席に立つ。しかし、地面が荒地であり、ワンバウンドする投球のボールの反射方向がまちまちでバットになかなか当たらない。かなり手加減して投げてもらい、ようやくバットに当てることができた。

そのとき、数羽の巨大な鳥が頭上を飛んでいった。野生のクジャクかと思われた。若者に聞いてみたが果たしてそうで、ロナクレーターの中に茂る林に棲んでいるのだという。

古来、インドではクジャクは神聖な鳥とされる。森のなかで、人々はクジャクと共に生きていた。

クジャクは、なんでも食べた。動物性のものでは、サソリやコブラなどの毒蛇も食べ、何かしらの解毒能力によって毒にはいっさい当たらなかった(実際、調査でも石やがれきの下にはサソリがおり、決して手を石の下に入れてはいけないといわれた)。人々はこのクジャクの解毒能力に驚嘆し、やがて人間の罪障をも浄化してくれる存在として神聖化していった。

こうして生まれたのが口から火を吐き罪障を滅ぼし、蛇や竜を食べるインド神話における神なる鳥ガルダだという。ガルダの神話が広く南アジアに広まっていることからみても、罪障を打ち滅ぼす存在というものを求める人々の心には普遍性があるのだろう。ガルダは転じて、仏教における迦楼羅(かるら)という守護神になっていった。

不動明王の炎

この迦楼羅が吐き出す炎は、僕ら日本人にとっても深い馴染みがある。

不動明王の光背にある火炎は、迦楼羅が吐く炎だとされる。不動明王は仏教のなかでも、大乗仏教である密教のなかに登場する明王の1つである。憤怒の表情で、右手に魔を退散させる竜まとう剣をもち、左手に悪を縛り上げる縄をもつ。そして光背の迦楼羅の火炎は、人々の苦難を焼き滅ぼす。

大乗仏教を起こしたのは、紀元二世紀の南インドに生まれた龍樹であり、密教が生まれたのは、その後、四、五世紀ごろの南インドだという。南インド特有のこうした日常の生活と自然における想像性が、仏教の哲学と同化していくことで、大乗仏教や密教の原形が形作られたのだろう。

やがて、中国の唐では則天武后をはじめ、仏教に深く帰依した権力者が現れて、インドから大乗仏教や密教の経典を取り寄せることになる。それもサンスクリット語の原典を学僧ごと連れてきた。これ以前には、仏像など、断片的な知識はもたらされたが、仏教という全体像や系統だった教えというものはなく、これらに人々は飢えていた。さらに、唐にもたらされた密教の世界観や経典は、空海や最澄の弟子の円仁によって日本に運ばれて、日本密教が展開することになる。

不動明王図。(国宝・醍醐寺蔵)

さて、このように長々と述べてきたが、ロナクレーターの調査について、僕が今更ながら触れたのは、まず、いよいよ小型月着陸実証機SLIMが、月のSHIOLIクレーターと名付けられた小さなクレーターに着陸することがある。探査の技術や科学に注目が集まる一方で、クレーターという惑星上にうまれる地形の単純な美しさも、皆さんと共有したかった。SLIMも、月面上の美しいクレーターの姿を、僕らに届けてくれるだろう。

そしてもう1つには、今年は年頭から大きな災害や事故がおき、今でも苦難のなかにいる人もいることがある。インドの林に棲むクジャクが人々の苦難を打ち消す象徴となり、姿を変えて日本にも伝わった。今ある苦しみや困難が一刻も早く日常からなくなり、平穏な日々が戻ることを心から願わずにはいられない。

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