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We are from Earth. アストロバイオロジーのすゝめ

東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine東京工業大学 地球生命研究所 教授 関根 康人 Yasuhito Sekine

 Vol.25

パーサヴィアランスの火星探査速報

「忍耐」という意味を持つ火星探査車「パーサヴィアランス」が、2021年2月に火星に着陸してからおよそ1年半が経つ。

この探査車は、火星サンプルリターン計画という壮大な計画の先駆けであることは、すでに前のコラムで述べた(参照:第3回コラム「火星探査の新時代の幕開け—「忍耐」という名の探査車」)。パーサヴィアランスは火星を探査しつつ、試料をカプセルに回収し、それが別の無人ロケットによって火星から打ち上げられ、地球に持ち帰られる—これが、この火星サンプルリターン計画の概要である。地球にこの火星試料が届けられるのは、2030年代初めの予定である。

火星サンプルリターン計画の大目標は、当然のごとく、太古の火星にいたかもしれない生命の痕跡の発見である。

そのため、パーサヴィアランスの着陸地点として、最も生命の存在していた可能性の高そうな、そしてその痕跡が保存されていそうな場所が選ばれた。

それがジェゼロ・クレーターである。

パーサヴィアランス着陸地点のパノラマ画像。(画像提供:NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS)

ジェゼロ・クレーターは、直径45キロメートルの衝突盆地であり、約40億年前の天体衝突によりできた。その後、38億年前には、東京湾とほぼ同じ大きさの広大な湖がこの盆地に存在していたと考えられている。ジェゼロ・クレーターに注ぎ込む2本の大きな河川のあとがくっきりと残り、その河川が運んできた砂や泥からなる三角州が、ジェゼロ・クレーターに残っているからである。三角州の大きさは、山手線の内側の面積にほぼ相当する。

パーサヴィアランスは、この三角州の南端付近、三角州から2キロメートルほど離れたかつての湖の底だった地面に着陸した。三角州には地面の傾斜があり、着陸機が降りるには危険を伴うからである。湖の底は平らで安全に着陸できる。

パーサヴィアランスは火星に降り立ったのち、三角州に向かって1年余りかけて1キロメートル程度移動している。移動のあいだ、様々な観測機器を使って調査しつつ、採取した試料を地球帰還用のカプセルに収納している。

そして先月(2022年8月)末に、これまでのパーサヴィアランスのいくつかの調査結果のまとめが、科学誌「サイエンス」に発表された。

果たして、火星探査車パーサヴィアランスは、ジェゼロ・クレーターとそこにあったであろう湖について、どんなことを明らかにしたのだろうか。

探査前には、このように湖をたたえた環境が38億年前に広がっていたと考えられていた。果たして、本当にこのような湖が存在していたのだろうか。(提供:NASA/JPL-Caltech)

見つからない縞々の地層

どう理解したらよいのかわからない、というのが、僕の最初の感想である。

パーサヴィアランスは、火星のかつての湖の底に着陸したはずであった。

河川が湖や海に注ぎ込まれる際にその勢いを失い、運んできた土砂が堆積したのが三角州である。三角州はかつてそこに水の流れと、湖あるいは海があったことを明確に示す証拠である。地球の河川の場合、運ばれてきた比較的大きな砂の粒子は河口に三角州をつくるが、その一方で細かく軽い泥の粒子は湖の中を漂い、湖全体に広がって静々と降り注ぎ地層をつくる。これら水の働きで堆積した砂や泥の地層を堆積物と呼ぶ。

湖や海の堆積物は、環境を保存したタイムカプセルというにふさわしい。堆積物には、河川が運んできた泥だけでなく、湖や海の中で沈殿する鉱物や、そこに棲んでいた微生物の遺骸も含まれるからだ。

ある種の鉱物が湖で沈殿するためには、特定な条件が必要となる。例えば、炭酸塩という鉱物ができるためには、水に二酸化炭素が溶けこんでいなければならない。湖や海は大気の成分を溶かし込むため、炭酸塩が見つかれば当時の大気に二酸化炭素があったことを示す。また、鉄さびの成分である酸化鉄も地球の堆積物に多く含まれる鉱物だが、これできるためには鉄を酸化する酸素が必要である。そして、湖や海に棲む微生物は、河川が運んでくる泥や鉱物粒子に守られながら、一緒に湖や海の底の地層に保存されていく。

これら鉱物や微生物の量が、季節や年、あるいは氷期―間氷期などの周期的な気温変化に応じて変動するため、堆積物は得てしてリズミカルな縞々模様を作り出す。

このような縞々の地層である堆積物は、湖や海などのまとまった量の水がある環境があれば必ずといってよいほどできる。実際、パーサヴィアランスの前の探査車であるキュリオシティは、ゲール・クレーターという衝突盆地で、かつて湖で覆われていた時代の縞々の地層をいたるところで見つけているのである。

火星環境のタイムカプセルである堆積物を今度は地球に持ち帰るべく、パーサヴィアランスはそれがほぼ確実にあると期待されるジェゼロ・クレーターに着陸した。ところが、着陸地の周辺のかつての湖の底だった地面には、いくら探しても縞々の地層は見当たらなかったのである。

かわりに広がっていたのは、ゴツゴツとしたマグマから冷え固まった溶岩だった。

あるべきはずの堆積物がない。これを一体どう理解したらよいのだろうか。

探査車パーサヴィアランスが撮影したジェゼロ・クレーター内の写真。ゴツゴツした黒っぽい溶岩が見える。(提供:NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS)

堆積物はどこへ行った?

今回「サイエンス」誌に発表された論文では、着陸地点から1キロメートルほどの範囲を調べた結果、地面には堆積物は見当たらず、溶岩が広がっていることが報告されていた。

この溶岩は、わずかながら液体の水による変質を受けていた。かつてジェゼロ・クレーターが湖で覆われていたときの水が沁み込んだのであろうか。

堆積物がない理由は謎のままであるが、皆さんと一緒にいくつか可能性を考えてみたい。

大きく言えば、1)堆積物が元々なかったのか、あるいは2)厚い堆積物があったものの、何らかの理由で消滅してしまったか、の2つが考えられるだろう。

可能性1)の場合、ジェゼロ・クレーターの湖の存続時間が非常に短く、ほとんど堆積物がたまることができなかったということが考えられる。地球上の堆積物は、わずか1ミリメートルの厚さの地層がたまるのに1年、条件によっては100年近い時間がかかる。仮に湖の存続時間が100年未満であれば、堆積物が地層として残らなくても不思議ではない。

しかし、ジェゼロ・クレーターには、そこに注ぎ込む河川の地形がくっきりと残っている。河川が岩盤を削って、河川を作るのにも相当な時間を要したはずであり、河川跡が残っているにもかかわらず、堆積物が無いのは一見して矛盾するように感じる。

もし、河川を作るが堆積物を残さないという方法があるとすれば、それは巨大な台風のような嵐が突如として起こり、これによって、一気に大量の水が流れて河川地形を作ったというものであろう。大量の水は濁流となり岩盤を削り、巨大な岩の礫(れき)や岩石を一気にジェゼロ・クレーターに運ぶ。通常の川の流れでは大きな礫や岩石が細かく浸食され、砂や泥の粒子となって運ばれる一方、嵐のときの濁流はそんな暇はなく、礫や岩石のまま下流に一気に押し流すのである。

これらの礫や岩石が平らなクレーターに到達し、そのまま瓦礫として堆積したのがジェゼロ・クレーターに見える三角州なのかもしれず、だとすれば、ジェゼロ・クレーターは基本的には乾燥した大地の広がる場所だったのかもしれない。湖底の溶岩が少ししか水で変質していないという事実も、湖が極めて短時間しか存在しなかったことを支持するのかもしれない。

そうであれば、僕らがジェゼロ・クレーターに期待していた“湖をたたえた静かな盆地”というイメージは全く誤りであったことになる。

堆積物を消滅させる?

可能性2)は、確かに厚い堆積物は存在したが、それが何らかの理由で消滅したというものである。しかし、何らかの理由とは何だろうか。

1つは、風による浸食が考えられるだろう。火星に、湖や海があったと考えられるのは約40億年前であり、その歴史の大半は砂漠の惑星である。その砂漠の期間に、風が少しずつ堆積物を削って元の砂や泥の粒子に戻してしまったのではないか。

この可能性はあるかもしれない。パーサヴィアランスの前の探査車キュリオシティが着陸したゲール・クレーターは、今でも巨大な堆積物の山で覆われてはいるものの、それは元々の堆積物の半分くらいであり、残りは風による浸食ですでに失われたと考えられている。

探査車キュリオシティが撮影したゲール・クレーター内の岩石の写真。岩石が縞々の地層からなる堆積物であることがわかる。(提供:NASA/JPL-Caltech/MSSS)

地球と違い、火星は風による浸食が圧倒的に卓越し、堆積物が残りにくいのかもしれない。

しかし、そうであれば、失われた大量の砂や泥の粒子は、一体どこへ行ったのだろう。堆積物ができたのは、ジェゼロ・クレーターやゲール・クレーターだけではない。40億年前の火星では、色々な場所で湖や海が広がっていた。このときの堆積物の大半が砂の粒子に戻っているとすれば、火星はもっと全面的に砂で覆われた星になってもよいのではないか。

謎は尽きない。

読者の方は、よい解決方法を思いつかれただろうか。誤解を恐れずに言えば、僕ら研究者は、探査のときに生まれる謎を楽しみ、こんなことを日夜考えて頭を悩ませている。ある研究者は砂漠に行って風の浸食や洪水跡を調べ、また、ある研究者は、気候モデルで巨大な台風が火星で起きるのか気候モデルで調べるのである。

パーサヴィアランスの受難

パーサヴィアランスは、堆積物が見つからないことで新しい謎を提示してくれた。僕らはその謎を無邪気に楽しんでいるが、火星サンプルリターン計画を進めようとするNASAの心境はいかばかりであろうか。

いくら水で少し変質しているからといって、溶岩を火星から持ち帰るのに数千億円をかけるかと言われれば、苦しいのではなかろうか。水で変質している溶岩であれば、火星隕石という形で、僕らはすでに手にしているのである。

一方、堆積物は溶岩に比べれば圧倒的に脆く、火星隕石として地球に到達することはとても難しい。実際、これまで200個を超える火星から来た火星隕石が発見されているが、堆積物の火星隕石は一つもなく、ほとんどが溶岩である。

堆積物が環境を閉じ込めたタイムカプセルである以上、これを地球に持ち帰ることこそ、火星サンプルリターン計画の本質であり、生命の痕跡発見のための策だった。

パーサヴィアランスは、今日も三角州に向かって走っている。三角州は、明らかに水が運んでできた堆積物である。厳しい火星環境のなか、これを採取することができるだろうか。

パーサヴィアランスは、今、その名にふさわしい「忍耐力」を発揮できるか、試されているような気がしてくる。パーサヴィアランスの前途に幸あれ。

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