2010年9月 vol.01
いよいよ科学者の出番-古川聡飛行士訓練公開
JAXA筑波宇宙センターでの訓練公開で、この笑顔が古川さんの最大の魅力だ。
9月1日、JAXA筑波宇宙センターで行われた古川聡宇宙飛行士の訓練公開。インストラクターが実験手順を解説している途中で、壁にかけてあったパネルがガタっと外れて落ちた。関係者一同、あっと息をのんだ場面で、「無重力ならこんなことないんですけどね」と絶妙のタイミングで笑いをとり、エビス顔で笑う古川飛行士。一瞬にして場がなごむ。
古川飛行士は、2011年5月30日にソユーズロケットで打ち上げられ、6月1日から約半年間、国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在する予定だ。これまでISSで長期滞在を行った日本人は若田光一、野口聡一飛行士と技術者が中心だった。「きぼう」の環境が整ったところで、医学博士である古川飛行士の登場だ。もちろん、工学が専門の宇宙飛行士でも科学実験を担当するし、科学が専門の宇宙飛行士も修理作業やソユーズ宇宙船の操縦など超技術的な仕事も担当する。
古川飛行士は「同じ科学者として(実験を提案した)科学者の気持ちがよりわかる」と言い、ISSで最大限のアウトプットを出そうと、実験提案者と連絡をとり質問を繰り返し、時には論文まで読み込んで意図を理解する。その実験がなぜ大切かを自分自身がまず納得し、一般に広く伝えたいと意欲的だ。「そこまでする宇宙飛行士はなかなかいません」とJAXA関係者も感心する。
この日の訓練公開の後も、実験の意義を自ら解説した。温度勾配炉という新しい実験装置(2011年初めに宇宙ステーション補給機HTV2号機でISSに運ばれる)を使った、結晶成長実験。半導体の材料を入れた棒状のカートリッジに温度差をつけて加熱し、溶かしていく。結晶成長と同じ速度でカートリッジを動かすことで、結晶が成長する面の濃度を常に一定にし、分子が規則正しく配列した結晶を作る。「この手法で行う結晶成長実験は世界で初めてです。何の役に立つかと言えば、高性能でありながら消費電力が少なくできるので、例えばコンピューターに使われる半導体素子などにニーズがある。また光通信のレーザは通常、温度が高くなると出力が落ちるので冷やして使うが、高温でも出力が落ちないものができると期待されています。日本のオリジナルな実験で、経済界にもいい影響を与えたい」
実験後、半導体資料を地上に持ち帰るためテーピング作業。外科医ならではの鮮やかな手さばき。魚を食べるのも上手いらしい。
もちろん、医師としてのバックグラウンドをいかした実験にも意欲的だ。たとえば遠隔医療システム実験。ISSから宇宙飛行士の脳波や心電図を地上に送り、総合的に健康状態を診断するような実験ができないか検討中だ。古川飛行士はもともとは外科医。「ISSで手術はできるんですか?」と聞かれると「怪我の縫合など簡単なものはできるが、盲腸の手術はできない。無重力状態では下半身麻酔がきかず、全身麻酔は現状のISSではできないからです。個人的にはやってみたいですけどね(笑)」。無重力での手術では血の出方も異なるし、取り出した臓器も手術器具の鉗子も、浮かび上がるため手術の仕方が地上とは変わるだろうと語る。記者たちから「ぜひ、白衣を持って行って」と声をかけられると照れ笑いしていたが、見てみたいですねぇ。
打ち上げ時には47歳で、JAXA宇宙飛行士の初飛行時の年齢では最高齢だ。だが、NASAでは50歳を超えて初飛行をする宇宙飛行士もいて、珍しいことではない。古川飛行士も身体を鍛えていて「瞬発力は20代より高いかも」というぐらい。長年の訓練の成果を思いっきり宇宙で発揮してほしい。