2014年3月13日
「天の川の立体地図作り」に小さな衛星が挑む理由
天文学はこの数十年で飛躍的な進展を遂げ、宇宙の果てに迫る勢いだ。宇宙の果ての解明が進む一方で、私たちの太陽が属する星の集団=天の川の立体地図作りが今、アツイ。日本や世界が必死に取り組んでいる事実をご存知ですか?
例えば、冬の代表的な星座であるオリオン座は、地球からは鼓の形に見える。しかし実際には、鼓の左上に位置するベテルギウスは地球から約640光年、右下のリゲルは約770光年とその距離は異なっている。あくまで地球から見て同じ平面上に見えるだけなのだ。つまり、星の「奥行き」を知ることが、星の立体地図作りには欠かせない。
立体地図作製には、星の位置や運動(*1)を高い精度で求めることが必要だ。すると現在の位置はもちろん、過去も見えてくる。星は遠くにあるために動かないように見えるが、実は弾丸より速い速度で動いている。過去に遡れば、星がどの星雲から生まれたかも突き止められる。例えばオリオン座のベテルギウスが、どこで誕生したかが今、ホットな話題になっているという。今は離れた位置にある星々が元は同じガスから生まれた兄弟星だったなど、星の家系図をたどることも可能だ。
星の位置と運動を精密に調べることで、過去に遡ることができる。画像はオリオン座。(左から現在、約100万年前、約195万年前)。時間を遡っていくと星の位置が変化していくことがわかる。左肩にあるベテルギウスがどこから生まれたかは今、ホットな話題。
HippLiner(野本知理作)で作成
何千光年も先にある天体の僅かな動きを、可視光や赤外線の波長で厳密に観測するには、大気のわずかなゆらぎが邪魔になる。宇宙からの観測が望ましいと、欧州は1989年、ヒッパルコス衛星を打ち上げ12万個の星を観測。1997年に星図「ヒッパルコスカタログ」を作成した。太陽系から330光年以内の星に対して、星までの距離が高い信頼度で測定されている。しかし観測から20年以上たち、測定当時の星の運動の観測誤差により、現在は星々の位置がずれている。さらにもっと遠くの星までの距離も高い精度で求めたい。そこで欧州は2013年12月、衛星Gaia(ガイア)を打ち上げた。20等星までの約10億個の星の位置と運動を精密に調べる。どのくらい精密かと言えば月面上の一円玉を地球から見分けられるほど。数値にすれば4億分の1度(分度器の目盛りの4億分の1=10万分の1秒角)という革命的な衛星だ。
ナノ・ジャスミン衛星は3年前に開発が終了し、ウクライナのサイクロン-4ロケットで2015年に打ち上げ予定。ウクライナ情勢が気になるところ。(提供:国立天文台JASMINE検討室)
ではガイアがあれば天の川の立体地図作りはできる?「No!」と言うのが国立天文台の郷田直輝教授だ。「ガイアは大きな鏡で観測するため、私たちが肉眼でみる明るい星(6等星以下)は検出器上で光があふれ測定できない」という。ガイアにもいくつか、弱点があるらしい。そこで日本の出番だ。
日本が打ち上げを予定しているのは、50㎝立方の超小型衛星「Nano-JASMINE(ナノ・ジャスミン)」。国立天文台と東京大学中須賀研究室などが協力し超小型、低コストながら、全天で50万個の明るい星を観測する。天体の天球面上での固有な運動に対して、ヒッパルコス衛星での精度(千分の1秒角/年)を、一桁あげる(1万分の1秒角/年)スグレモノ。 全天の明るい星に対してこの精度で観測できるのは、世界でナノ・ジャスミンだけだ。衛星は3年前に完成しておりロケットの打ち上げ待ち。2015年にウクライナのロケットでブラジルから打ち上げられる予定になっている。
さらにその後、郷田教授らは小型JASMINE(ジャスミン)衛星を打ち上げる計画も進めている。狙うのは天の川の中心付近。約10万個の星を近赤外線で観測する。中心部はチリが多いため、ガイアが観測に使う可視光線は吸収されてよく見えない。だが近赤外線なら見通すことができる。これらの衛星で天の川の立体地図を作ることにより、郷田教授が期待することの一つは「見えないものを見ること」だという。現在、宇宙を構成するのは星などの見える物質でなく、目に見えないダークマターやダークエネルギーだと言われている。
日本の位置天文衛星JASMINEの観測ターゲット。2015年打ち上げ予定のナノ・ジャスミン(赤)は太陽系から1000光年の範囲。2019年以降の小型ジャスミン(青)では天の川の中心を世界で初めて観測、さらに2020年代にはジャスミン(オレンジ)で天の川中心の100万個の星の観測を目指している。
これらは目に見えないものの局所的に重力を及ぼしている。ダークマターがどこにどれくらいあるかによって重力の強さが決まり、重力が強いところに星が集まったり星の運動が速かったりする。影の支配者なのである。見える星の位置や運動の分布から重力の強さを求めると、すべての物質の質量の分布が分かる。そこから見えている星の質量の分布を引けば、ダークマターの存在分布が浮かび上がってくる、というわけだ。つまり、天の川の立体地図作りは、見えない物質をも含めた立体地図作りへの挑戦でもある。
天の川の地図作りには、ガイア衛星やナノ・ジャスミンなどの観測だけでなく、日本の電波干渉計VERA(*2)も大きな役割を果たしている。VERAは電波を用いて、主に星が作られる星雲やガスなどを中心に、4億分の1度(10万分の1秒角)の超精密な観測を行っている。2012年には天の川の質量が20%大きく、想定より多くのダークマターが存在することが考えられると発表し、世界から注目されている。
2020年頃には、これらの観測の成果を合わせ、天の川の超精密な立体地図を人類は手に入れることになるだろう。
*1:星は固有に天球面上で直線運動をしている。また地球は太陽のまわりを一年かけて一周することから、地球から見ると星の位置は一年かけて楕円状に動いているように見える。この直線運動と楕円運動を組み合わせると、星は螺旋を描いて動いているように見える。
*2:VERAのアンテナは三菱電機製です。