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読む宇宙旅行

2014年8月6日

船長・若田流 危機を乗りこえるコミュニケ-ション

宇宙の仕事の醍醐味は「毎日、新しい発見があること」と若田飛行士。国際宇宙ステーションの展望室キューポラで(提供:JAXA/NASA)

宇宙の仕事の醍醐味は「毎日、新しい発見があること」と若田飛行士。国際宇宙ステーションの展望室キューポラで(提供:JAXA/NASA)

  「毎回、恐怖があった」と若田光一宇宙飛行士は言った。7月29日に東京都内で行われた帰国後の記者会見でのことだ。宇宙で感じる恐怖とは、「死」に対してではない。「自分が失敗を犯すことに対する恐怖心」だという。毎回、挑戦的な仕事を与えられ、若田さんは徹底的に訓練を重ねてきた。それでもなお、恐怖心と戦っていたという事実に驚いた。

 過去3回の飛行では若田さんはその恐怖を、いい緊張感に変えて乗り越え、成功させてきた。しかし今回は国際宇宙ステーション(ISS)の船長という重責を担っていた。その緊張感は「これまでなかったほど」と吐露する。船長は6人の宇宙飛行士たちの命を預かる立場。火災や隕石の衝突で気圧が漏れるなどの緊急時にも、宇宙飛行士の安全を第一優先し、できる限りISSの機能を守らないといけない。

 若田船長は具体的にどうしたのか。仲間が疲れないよう勤務時間の管理に気を付け、毎晩眠る前にはISSの見回りをし、トラブルの兆候を見逃さない。もっとも心を砕いたのはコミュニケーションだ。宇宙飛行士同士はもちろん、地上の複数の管制局と密に意思疎通を図る。だがコミュニケーションの達人・若田さんでさえ、難しい時があった。

  「ドラゴン宇宙船の到着が(3回)遅れて、週末に仕事をしないといけなくなった。休日返上で働けば健康管理を損ねる。その一方、ドラゴン宇宙船がドッキング中の約1ヶ月間にやるべき実験が多数あり、台無しにしたくない。地上の医師やフライトディレクターと相談し調整していくのが難しかった」と振り返る。宇宙飛行士の作業時間は健康状態を見ながら地上の医師が判断する。医師のOKがなければ残業はできない。調整の結果、平日に代休をとることで週末の作業を行ったという。

ロシアモジュールでの食事風景。笑い、リラックスし、コミュニケーションをとる貴重な時間だ(提供:JAXA/NASA)

ロシアモジュールでの食事風景。笑い、リラックスし、コミュニケーションをとる貴重な時間だ(提供:JAXA/NASA)

 宇宙飛行士も管制官も優れた能力をもつ人たちだ。全員が一つの方向を向いた時にチームの最大限の力が発揮できる。しかし、緊急時などストレスが高まる状況では、主張が異なりばらばらの方向を向くこともある。そんな時こそ、「コミュニケーションが重要」と若田さんは力説する。

 だが最初から妥協点を探りあうような会話は意味がない。「大事なのは、なれ合いではなく、自由に意見を述べ合うこと。その上で、『今やるべきことは何か』に向かってベクトルをまとめていく。船長はどういう根拠で意思決定するかも明らかにする」と若田さん。ここが船長の手腕が問われるところだろう。

 さらに若田さんは日常生活でも、きめ細やかなコミュニケーションを欠かさない。ロシアモジュールで機器が故障した際には、自ら修理にかけつける。実はISSはロシアパートとアメリカパートに大きく分かれ、ロシアパートはロシア人飛行士だけが担当することが多いため、なかなか状況がわかりにくい。だからこそ、ロシア側で困った状況があれば、意思疎通のチャンスととらえる。そういえば2009年に若田飛行士がISSに滞在した時のロシア人船長・パダルカ飛行士も「光一は911と呼ばれて、何かあるとすぐに『僕がやります』と飛んできてくれるんだよ。本当に頼りになる」とべた褒めだった。その姿勢は船長になっても変わらない。

 また、全員でのコミュニケーションの場として、若田さんは夕食を一緒にとる方針を立てていた。しかし「(夕食を)6時に食べないと我慢できない人もいれば8時からゆっくりとりたい人もいる。食事時間を一緒にすることで逆にストレスがかかることもある」と試行錯誤の末に、全員での食事は金曜と土曜の夕食だけにすることにした。逃げ場がなく、娯楽の限られた宇宙だからこそ、食事の時間は絶えなく笑いあい、心からリラックスできる時間にしたいのだと。

7月29日、東京都内で行われた記者会見で。親しみやすい笑顔が若田船長のトレードマーク

7月29日、東京都内で行われた記者会見で。親しみやすい笑顔が若田船長のトレードマーク

 こうして、どんな想定外の事態も乗り越えられるチームワークが実現した。宇宙滞在が長くなると、コミュニケーション不足から「地上管制局が無理なお願いをしてくる」と対立関係が生じることもある。それが「We(宇宙)」「They(地上)」と無意識に言葉に現れてくる、と若田さんは先輩飛行士からアドバイスされていた。しかし、本来は地上も宇宙も同じ目的に向かう一つのチームであり、「We」しか存在しないはず。こうしたチームワークの考え方は、宇宙に限らず国際社会で通用すると若田さんは言う。

 毎回、「これが最後の宇宙飛行」と思い全力投球してきた若田飛行士。しかし宇宙でやり残したことに船外活動をあげ、後輩の活躍を応援しつつ生涯現役を目指す。何度行っても、また行きたくなる宇宙の醍醐味を聞くと、「毎日、新しい発見があること。宇宙での活動が物質的にも精神的にも人類を豊かにする。一つの目標に向かって世界中の人たちと力を合わせて取り組めるのは喜びです」と。

 50歳を過ぎて毎日新しい発見があるとは、なんて素晴らしいのだろう。そして努力がそのまま人類への貢献につながると感じられる喜び。若田さんのキラキラ輝く瞳から、その喜びが伝わってきた。