アルマ望遠鏡✕音楽 星が奏でる「懐かしい」音色
「宇宙は音のない世界です」と野口聡一宇宙飛行士から聞いたことがある。2005年夏、野口飛行士が船外活動でスペースシャトルの外に出たときのこと。「宇宙は音がなく、動きがない、静寂の世界。つまり生き物が生きていけない『死の世界』だと感じた」と話して下さった。
宇宙空間は真空だから、音は伝わらない。音も動くものもない・・・その静謐な「死の空間」に身を置くことを想像して、話を聞きながらゾクゾクしたのを覚えている。
宇宙は本当に音のない世界なのだろうか?確かに私たちの耳に聞こえる音はない。だが、聞こえるようにする試みは実在する。たとえばNASAは探査機が観測した電磁波を音に変換し、小鳥のさえずりや吹き抜ける風のような音を専用のウェブサイトで公開している。そして、日本が参加する、あの史上最大規模の電波望遠鏡アルマが、実際の観測データを音楽にするプロジェクトを実施しているのだ。しかもその旋律は「いかにも」の宇宙音でなく、なんとも「懐かしい」メロディーであり、深く心を揺さぶられる。
それが「ALMA MUSIC BOX」。アルマは南米チリのアタカマ砂漠にある66台のパラボラアンテナ群であり、視力6000という驚異的な視力で宇宙の深淵まで見通している。私たちの目に見える宇宙でなく、「見えない宇宙」を解き明かすのがアルマの真骨頂で、その観測成果は人類の天文学の歴史を塗り替えると期待されている。見えない宇宙をミエル化するアルマが、聴こえない音を聴こえるようにしてくれたのが、このプロジェクト。
ユニークなのは、実際のアルマ観測データを「オルゴールの音」に変換したこと。
アルマが観測した天体の一つに「ちょうこくしつ座R星」があった。地球から約950光年かなたにある、赤色巨星。太陽ぐらいの質量の恒星が一生を終える、つまり死にゆくときに膨らみ、宇宙空間にガスやちりを放出する。ちょうこくしつ座R星は連星であることから、ガスやちりが独特の渦巻き模様を描いた。放出された物質は新たな恒星や惑星を生み出す材料となる。
アルマ望遠鏡の観測データを使い、多くの人に五感で宇宙を感じて欲しいという目標の元に結集した国立天文台×クリエイターチームはこの画像に出会い、その丸い形状から「ディスクオルゴールにしよう!」と思い立ったそう。(発案者はクリエイティブラボPARTYの川村真司さん。ちょうこくしつ座R星のアルマ観測データから電波の強いところに穴をあけて、そのままオルゴールにかけたらどんな音がするのだろう?という極めて素朴な興味から思いついたらしい)アルマはちょうこくしつ座R星を120の周波数で観測したが、そのうちノイズの少ない70の周波数データから70枚のオルゴール盤が作られた。盤によって穴の数や場所が異なり、それが奏でるメロディの違いとなった。
この70枚のオルゴール盤の音を聞ける、現在世界唯一の場所が、金沢21世紀美術館。さっそく聞いてきました!オルゴールがゆっくり回ると、ぽろん、ぽろんと切なくて哀しく、懐かしい音が紡ぎだされる。タブレット端末で70種類の旋律のすべてを聞くことが可能で穴の少ない盤は、はかなく消えいるようであり、穴が多い盤は一生を終える前の絶唱のようにも聴こえる。
電波望遠鏡の画像は、可視光の画像に比べてどうしてもわかりにくいところがあるけれど、こうして音で聴くと、頭で理解するよりも、感覚的に宇宙を感じることができる。実際、展示会場では「アルマ望遠鏡は知らなかったけど、この展示で興味を持った」という人も多いそう。
死にゆく星にささげる音楽CDが誕生
そして、ALMA MUSIC BOXに新たな広がりが生まれた。70種類の旋律を使って国内外のアーティストが、死にゆく星にささげる音楽を制作、12曲を収録したCD「Music for a Dying Star」が発売されたのだ。天文学の 実際の観測データを使ってクリエイターやミュージシャンが作品を制作するのは、国立天文台初、そして全世界のアルマ望遠鏡プロジェクト初の試みだ。
CDを聞くと、アルマの音源を元に、アーティストたちが宇宙に向き合い、想像を広げ、新たなクリエーションの原動力にしている過程が楽しめる。その音楽は電子音楽、弦楽器のクラシカルなメロディ、明るくポップなミュージックなどバラエティに富む。あえて地球の音を収録して足した曲もある。
このCDは「死にゆく星」にささげられた音楽だが、ライナーノーツに書かれているように「死は悲しみよりむしろ門出である」とも言える。だって死にゆく星が放出した材料から新しい星や生命が生まれうるのだから。秋の一日、星が奏でる音楽に耳をすませ宇宙や星、そして人の一生に想いを馳せてはいかがでしょうか? 次はぜひ、アルマが得意とする、星が生まれる現場の音楽にも期待したいところだ。