油井宇宙飛行士インタビュー①
NASAも驚いた身体能力、その秘訣は?
昨年、142日間の宇宙飛行を成功させた油井亀美也JAXA宇宙飛行士が、2月に日本に帰国。DSPACEは単独インタビューすることができました!奇しくも取材日は、約1年間の宇宙滞在を終えスコット・ケリー飛行士とミカエル・コニエンコ飛行士が地球に帰還した日。宇宙船から抱えられて出てきたケリー飛行士はとても元気でしたが、もし、着陸地が火星だったら?宇宙飛行士たちが1年近く宇宙船の無重力状態で過ごしたあと、火星に着いても誰も助けてはくれません。自力で宇宙船から出て、仕事を始めないといけないのです。そうした事態も想定した様々な身体テストが始まっていて、油井さんは抜群の結果を出しNASAの研究者らを驚かせたというのです。
着陸1時間半後に行った過酷なテストとは
- —スコット・ケリー飛行士が帰還されましたが、元気そうでしたね。
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油井:
何回も宇宙飛行を経験しているのが大きいんじゃないですかね。僕らもスコットさんから色々アドバイスをもらいましたよ。「お前は地球に帰ったら絶対に具合が悪くなるから、大変だぞー」なんて言われて(笑)
- —スコットさんはどんなアドバイスを下さったんですか?
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油井:
着陸後に目や首を動かすと、気持ち悪くなるから気をつけろよと。ただ私は比較的そういうのに強いのか、全然気持ち悪くならなかった。よかったですけどね。
- —帰還直後、無重力の宇宙から火星に降り立ったことも想定した、NASAの身体機能テストがあったと仰ってましたね。詳しく教えて頂けますか?
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油井:
人間が無重力の環境から重力のある環境に戻ってきてどういう風に適応していくか。フィールドテストと呼ばれ、バランス感覚や身体の使い方を研究する実験がありました。帰還約1時間半後に空港で行いました。
- —どんなことをやったんですか?
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油井:
10項目あって、簡単なものから始めます。「気持ち悪くなったら言ってください」と言われ、気持ち悪いと言ったらその時点でテストは終わります。これまで全部できた宇宙飛行士はいなかったんです。
油井さんが教えてくれたテストのうち、主なものを並べてみよう
- 1. (腕を伸ばした先にある)自分の指先を見る。指を(左右に)動かして、指先を目で追う。
- 2. 地面に横になる。「今、自分の身体が(飛行前と比べて)どのくらい重く感じますか?」と聞かれる。油井さんは「3倍」と答えたそう。次に起き上がる。これらの様子は全部ビデオで撮影されている。同様のテストは飛行前にやっていて、それと比較するためだ。「飛行前と比べて(動作は)ゆっくりだったし、起き上がるときはふらふらする感じがありました」と油井さんは言う。
- 3. 椅子に座っている状態から、立ち上がって止まる。立ってしばらく止まって様子を見るのだが、帰還直後はふらふらしたり、ふくらはぎがぶるぶると震えたそう。
- 4. 椅子から立ち上がってまっすぐ歩き、コーンを回って帰ってくる。小さい障害物が用意されていて、それを乗り越えてまた椅子に座る。これを3回行うが、障害物がだんだん高くなる。
一番難しかったテストは?
- —色々なテストがあるんですね。ふくらはぎがぷるぷる震えるなんて、地上では経験しませんが、体重を支えるからでしょうね。一番厳しいと感じたテストはなんですか?
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油井:
一番難しかったのは、目を閉じて腕を組み、まっすぐ歩く「タンデムウォーク」と言われるものです。片方の足のつま先にもう片方の足のかかとをつけるように、それを交互に行って一直線上に歩くんですが、相当難しかったですね。目を閉じた瞬間に、どっちが上かよくわからない状況で、非常に怖かった。倒れたら困るから左右に人がつきながら、3往復か4往復しました。次に目をあけてやったら、数段楽でした。
- —それは何を見るテストなんですか?
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油井:
バランス感覚ですね。目を使わずに三半規管だけで行います。宇宙から帰ってくると三半規管の情報が狂っているので、ふらふらするんですよ。自分の身体が傾いたことに気付くのにも時間がかかる。それを直そうとすると、さらに変な回転みたいな動きが加わって倒れたり、長い間ふらふらしたりすることになるんです。
これらの動きを着陸直後、2~3時間後、6時間後、というように飛行機がヒューストンに戻るまで着陸する空港ごとに行って、回復の度合いを見ていくんです。
- —変化していくのですか?
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油井:
はい。地面に横になるテストでは、着陸1時間半後は(飛行前に比べて)自分の身体が3倍重く感じたのに、3時間後は1.5倍~2倍ぐらい。数時間でどんどん回復するのが肌でわかるんですよ。
「厳しい運動+睡眠」で身体はどんどん回復していく
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油井:
私が感じたのは、このテスト自体がリハビリの一つになっていて、テストを実施した後に飛行機でちょっと寝ると感覚がすごく戻っていくんです。それが面白い。私はテストをしましたがしない飛行士もいて、最初は同じような状態だったのに、回復の仕方が全然違いました。私はすごく早く回復したのに、横になって動かない飛行士は回復が遅かったのです。
- —なるほど。油井さんの様子をNASAテレビを見ていたら、(着陸翌日に)米国のヒューストンに到着したばかりなのに、油井さんが飛行機の周りをすたすた歩かれていて、回復の早さにびっくりしたんです。ヒューストンに着くまでに、既にリハビリを行っていたわけですね?
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油井:
はい。ヒューストンではだいぶ普通に歩けましたね。ただ姿勢はちょっと悪かった。宇宙にいると猫背になるというか、身体が少し丸まっていましたので・・。
- —猫背には見えませんでしたが、油井さんはいつも姿勢がいいですからね(笑)。ところでこの身体のテストを全部行ったのは油井さんが世界初だったと?
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油井:
はい。一部を行った飛行士はいましたが全部やったのは世界で私が初めてでした。実験を提案した先生方も、「テストを実施できるだけで嬉しいのに、君は全部テストをやってくれた!」とものすごく喜んで下さいました。
- —でも他の飛行士も同じようにできるとは思わないほうがいいと。油井さんはずば抜けていると言われたそうですね。ものすごい適応能力ですね。宇宙に着いた時はどうだったのでしょう?宇宙酔いはしましたか?
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油井:
実は宇宙酔い止めの薬を飲んでいく人が多いのですが、私は直の感覚が知りたかったので、飲まずに宇宙に行きました。宇宙に着いて記者会見が終わったら気持ちが悪くなって、薬を飲んだら眠くなってすぐに寝てしまったんです。14時間ぐらい・・。
- —14時間も!!
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油井:
他のクルー(宇宙飛行士)が「あいつ大丈夫か?」「そろそろ部屋をあけたほうがいいんじゃないか?」と言ってたらしいですよ(笑)私はぐっすり寝て、すっかり気持ち悪さがなくなりました。やっぱりキツイことをやって寝るのが、結構大事だと思いました。
リハビリ・・土嚢を持って走らされる!
- —(着陸後に)「これは火星を想定しているな」と思ったテストとかありましたか?
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油井:
NASAのリハビリはすごく厳しいんです。ヒューストンに帰ってすぐ、土嚢のような荷物を持って走ったりするんですよ。ぜーぜー言いながらやってました(笑)。
- —土嚢とは! 帰還何日後ですか?
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油井:
3日後ぐらいですね。すぐにまた宇宙に飛ぶわけじゃないのに。それはいかに身体を元に戻して、次に働くかだと私は理解していましたけどね。
- —火星探査で、ということですね。しかし土嚢って・・初めて聞きました。
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油井:
私の担当トレーナーはベテランで、君の場合はバランス感覚は全く問題ない。バランスが取れないように見えるけれど三半規管の問題でなく、身体が硬くなっているせいだと。宇宙ではストレッチができないから柔軟性が少し低下するんですね。
- —なるほど、宇宙飛行士の状態を見て、できそうだと思ったら厳しいテストをさせるんですね。油井さんが、(地上の)感覚が戻ってきたなとか、火星に着いても仕事が出来ると思ったのはいつ頃ですか?
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油井:
軽い物を運ぶなど簡単な仕事なら、着陸後の数時間でできると思いました。重い物を持ったり走ったりは2日か3日後。1週間たてばかなり戻って、色々な操縦も出来ると思いました。ただし個人差はあって、3週間ぐらいたたないと加速した時や狭いところに入った時に錯覚があって車で事故を起こす方がいるみたいで、私も車の運転は控えていました。
NASAでは帰還後、動く台の上に目をつぶって立って、首を振りながらバランスをとる速さを見るテストを行います。三半規管のバランス感覚がどれだけ戻ったかを調べるもので、これまでの宇宙飛行士もテストに参加しています。他の飛行士と比べても、私はかなり早くバランス感覚が戻っていると言われましたね。
- —すごいですね・・じゃあ、火星に行ってもすぐ仕事ができる?
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油井:
はい。ぜひ行かせてほしいなと思います。