油井宇宙飛行士インタビュー②
宇宙探査に向けて—日本は難しいことにチャレンジを
前回は油井亀美也宇宙飛行士のずば抜けた適応能力を紹介しました。無重力の宇宙も、重力のある地球も、さらに打上げや帰還時の過重力や激しい振動も「自衛隊時代に比べれば大丈夫」とへっちゃら。さすが自衛隊テストパイロット時代に、性能の限界を試し「生きて帰れてよかった」という極限状態を経験している油井さんならでは。極限を知り尽くしたタフな男、油井さんは4月からJAXA筑波宇宙センターに勤務し、今年宇宙飛行する大西卓哉宇宙飛行士をサポート、さらに宇宙機や実験装置などの開発にかかわるそう。どんな宇宙機を作りたい?油井さんに迫ります!
新しい宇宙機にはぜひ、生命維持装置を
- —油井さんはテストパイロットとして、様々な航空機や戦闘機を見てこられましたよね。実際にソユーズ宇宙船や、NASAの宇宙船をどんな風にご覧になりましたか?
-
油井:
ソユーズは信頼性の高い乗り物だと思いましたね。ロシアのやり方は、一回できたものは大きく変えずに改良しながら長く使う。一方、NASAはがらっと変える。スペースシャトルが退役したら次は一見、関連性がないような宇宙船で(笑)。
- —日本はどうですか?
-
油井:
日本は(米ロに比べて)有人宇宙開発の歴史が短いので、いいとこ取りがいいんじゃないですかね。そのためには、継続が必要です。「こうのとり」という非常にいい宇宙船ができて、新しい宇宙船「HTV-X」の予算がつきました。「こうのとり」の技術ノウハウが失われないうちに、自由な発想で新しいものを作ることができるのではないでしょうか。若いエンジニアと経験のあるエンジニアが協力して、いいものができるのでは。
- —こういう機能があれば、という具体的なアイデアがあると会見でおっしゃってましたね?
-
油井:
やっぱり「多機能に」、ということです。国際宇宙ステーション(ISS)の日本の実験棟「きぼう」がこんなに使いやすくて超小型衛星の放出とか、たんぱく質の結晶成長実験とか、いろいろな実験で成果をあげているのは、設計の段階で余裕をもって多機能で高機能にしておいたからです。
当時は(「きぼう」に)ロボットアームは本当に必要なのか、船外でトラブルが起こったら船外活動をすればいいとか、エアロックはなくてもいいのでは、という話もあったと聞きます。様々な機能をもたせれば、それだけお金がかかりますからね。しかしNASAや欧州が計画を縮小していく中で日本は「これでいくんだ」とコンセプトを守ったがゆえにいろいろな使い方ができて、今、ISSの中で一番便利で、活躍していると思います。
- —確かに欧州宇宙機関の実験棟コロンバスは、最初の計画より小さくなりました。
-
油井:
「きぼう」と同じように、宇宙機も自由な発想で、ある程度設計に余裕をもって、将来いろいろなことに使えるような乗り物にしておく必要があると思うのです。
- —具体的には?
-
油井:
たとえば生命維持装置。空気や水をリサイクルする装置です。他国が持っているからいいだろうという話があるかもしれませんが、日本が持っておくことで、たとえばアメリカ側で壊れた時に、代替機能がありますよと。
というのも、遠くに行くときは代替機能が非常に重要だからです。同じテクノロジーを使っていると、同じような不具合が起こります。何かが壊れた時に、それで終わりにならないようにしておく。航空自衛隊でも色々な戦闘機がある理由の一つは、ある航空機に不具合が発見されて飛べなくなった場合に、空が守れなくなると問題だからです。だから様々な戦闘機を持っておく。やっぱり水や空気の再生装置は非常に大事なところなので、日本の技術で「HTV-X」にあってもいいのかなと思います。
- —ものすごく具体的な例で言えば、たとえばNASAのオリオン宇宙船に何かあった時にも軌道間輸送で使えるように、つまり人も乗れるように、ということですか?
-
油井:
そうですね。ただHTV-Xはまだ全然決まっていません。これから様々な検討を行って決まっていくものです。宇宙飛行士の観点から、あくまで個人的な意見として、そういう余裕をもった設計が重要かなと思っています。
あとは、今後人類が遠くをめざすなら、しっかり長く宇宙にいられるようにすることが重要です。現在、「こうのとり」はISSに1~2か月間係留していますが、もっとその期間を長くしないと、遠くまで物が運べないことになります。そういうものができれば、日本はさらに(ISSの)次の計画でも、非常に信頼性の高いものを提供して、国際間で信頼性が増し、色々な役割を与えてもらえるようになると思います。正直、そういう貢献をしないと日本人宇宙飛行士も宇宙に行けないのです。
- —なるほど。信頼性を増すような貢献が大事なのですね。NASAの宇宙飛行士は新しいオライオン宇宙船の設計にも関わっているんですよね?見ていて羨ましくないですか?
-
油井:
いいなと思います。民間会社の宇宙船についても、NASAの宇宙飛行士は参画しています。もちろん厳しい情報制限のもとですが。私たち海外の宇宙飛行士はシャットアウトです。ただ私は日本の宇宙飛行士ですし愛国心もあります。日本の宇宙機や装置開発に、私の経験や知見を使ってほしいと思っています。
スコット・ケリー宇宙飛行士に学んだ ストレス対処法
- —日本は2024年までISS計画に参加することを決めました。その後の宇宙探査の目標をはっきり決めて、移行していくことが大切ではないかと思いますが。
-
油井:
予算には限りがあるので、そこはしっかり決めないといけないと思っています。でも今の時点ではISSで検証しないといけないことは、いっぱいあります。日本独自の水の再生装置もそうですし、さらに長期宇宙滞在の機会があればいいなと思っています。
- —え、1年滞在ですか?
-
油井:
はい。行きたいです。
- —今回ちょっと滞在期間が短くなって、すごい余裕ありましたもんね。
-
油井:
たとえば宇宙滞在が半年と言われていて、1年に延びるとキツイ。ペース配分がありますからね。でも最初に2~3年と言われていくなら、どんなに長くてもいいんじゃないかと思います。たぶん1年は全然問題ないと思います。
- —どこでそう思ったんですか?
-
油井:
宇宙に約1年滞在していたスコット・ケリー飛行士の仕事のやり方を見ていて思いました。ストレスをコントロールするのが非常にうまい。自分もできるだろうと思いました。
- —ストレスを溜めないようにって具体的にどんなことでしょうか?
-
油井:
チームが生活しやすいように、変えてほしいところは遠慮せず伝えて、どんどん変えていくんです。たとえば、よく使う実験装置があったのですが、毎回組み立てて実験後に外して片づけて、また使うときに組み立てる。それが時間の無駄だと。スコットさんは地上(管制センター)に「君たちは実験装置を壊さないように、毎回片づけてと言うけれど、組み立てたり外したりするほうが、壊したりミスを起こす可能性が高い。組み立てたままの方がいい」と伝えたんです。地上側も提案を受け入れて、片づけないことになりました。その結果、準備に2時間かかっていた作業が15分で終わるようになったんです。
- —2時間が15分!すごい効率アップですね。
-
油井:
疲れないし、ミスもストレスも少なくなりました。それは一例ですが気づきがあったら、ため込まずに地上に伝えて「こう変えたらどうかな」と話をして仕事のやりやすい環境を作っていく。それを見ていて、ああいうふうにやれば私も1年間は大丈夫だろうと。2年は一年とどこが違うの?と考えたら何も変わらないんじゃないのかと思います(笑)。
- —2年!油井さんはよくても、ご家族が・・
-
油井:
あまり気にしていないと思いますよ。自衛隊の時もけっこういないことがありましたから。大変な時にいないのが私なので。今まで通り(笑)。
- —お子さんは寂しがるのでは?
-
油井:
最近は子供たちがあっさりしています。大きくなりましたからね。宇宙から帰還後も2か月ぐらい子供たちに会ってなかったんですけど、全然平気で。「あ、お父さん帰ったの?」と(笑)。
大航海時代より、火星飛行のほうが現実的!?
- —まるで近所から帰ったのようですね(笑)。ご家族もトレーニングができているんですね。。ところで映画「オデッセイ」では火星に一人残され、いかに生き抜くかが描かれていました。宇宙飛行士訓練のチームワークの重要性はよく聞きますが、孤独に耐えるような訓練はあるのか、気になりましたが。
-
油井:
孤独に耐える訓練はないですね。どちらかと言えば、チームワーク訓練に重点がおかれています。でも自己管理ができないといけない、つまり独りでも仕事ができないといけないし、ストレスも含めてコントロールできないといけない。パーティが大好きで一人で食事ができない人もいるかもしれませんが(笑)、私は一人でも食事できちゃうほうですし、一人での時間の使い方もわかるし。今はテクノロジーが進んでいるので、映画のような状況になることは少なくてそれなりに通信ができて、あまり孤独は感じないと思いますけどね。
- —なるほど。油井さんの実感として、人類は火星探査にも耐えうると思いますか?
-
油井:
思います。精神的にも肉体的にも。
- —技術的課題は?
-
油井:
課題はいっぱいあります。でも続けていくことが大事で、情熱とやる気と予算があれば、解決できる。15世紀ごろの大航海時代、つまりマゼランが世界一周したりコロンブスがアメリカ大陸にたどり着いた頃に比べたら、課題が明らかにはっきりしていますよね。当時は何があるか、何が危険かもわからない状況で航海に出ていたわけですから。
それに比べれば、私たちはこれが課題だといえる。骨密度の低下や放射線影響とかね。それらを少しずつでも解決することができます。むしろ国際協力で一つの目標に向かって、それぞれの国が意義を見出し情熱を持ち続けることがキーであり、実は一番難しいと思います。
- —その中で日本はどう関わるべきでしょう?
-
油井:
難しいことにチャレンジしてほしいと思います。空気と水の再生はキーの要素になります。人を運ぶのもそうです。私としてはやってほしいなと思っています。