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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

フィリピン初の衛星、始動へ!フィリピンが欧米より北大・東北大を選んだ理由

2016年4月27日午後8時45分、JAXA筑波宇宙センター「きぼう」運用管制室のモニターに、宇宙に飛び出すフィリピン初の人工衛星「DIWATA-1」の姿が映し出された。そのとたん、見守っていたギャラリーは大歓声をあげ興奮のるつぼと化した。中心にいるのは、フィリピン大学の学生やフィリピン科学技術省の関係者たち。そして衛星開発に協力した北大、東北大チーム。東北大の吉田和哉教授は「すごいゆっくりだね。もっとぴゅーっと(衛星が)出ると思ってたけど、これはいいね」とにっこり。国際宇宙ステーション(ISS)「きぼう」実験棟からの衛星放出を担ったJAXA関係者は安堵の表情を浮かべる。

4月27日午後8時45分ごろ、ISS「きぼう」日本実験棟から放出される、フィリピン初の衛星DIWATA-1。JAXA筑波宇宙センターの「きぼう」運用管制室のモニターに映し出された。DIWATA-1の大きさは55×55×35cm。地上解像度3mの望遠鏡、590バンドで観測する他波長カメラなど4つのカメラを搭載。「きぼう」はこれまで100個を超える超小型衛星を放出したが、50㎏級の衛星放出は初めて。

衛星放出にこれほど興奮するのは、「DIWATA(フィリピンの言葉で「妖精」の意味)-1」にたくさんの「初めて」が詰まっているからだ。まず、フィリピン共和国が開発した初めての衛星であること。そして、ISS「きぼう」日本実験棟から初めて50kg級の衛星を放出すること(これまでは10cm立方の超小型衛星中心だった)。そして何より画期的なのは、フィリピン共和国が初めての衛星開発のパートナーとして、多数の選択肢から北海道大学・東北大学という大学チームを選んだこと、さらに「きぼう」からの衛星放出をJAXAが行うという「オールジャパン」の国際協力パッケージが実現したことではないだろうか。フィリピンにはNASAからのオファーもあり、フランスとの協力も検討したという。なぜフィリピンは欧米でなく日本の大学と組んだのか。その狙いはどこに?

DIWATA-1放出に大歓声を上げ喜ぶ関係者たち(提供:JAXA)

決め手は「人材育成」

「決め手は人材育成です」フィリピン科学技術省のアメリア・ゲバラ事務次官は1月の記者会見でこう語った。今、アジアの国々では急速に宇宙開発への関心が高まっている。人工衛星を打ち上げ、自分たちの国を宇宙から見たい。フィリピンの場合、喫緊の課題は災害を未然に防ぐこと。年平均22もの台風が通り大きな被害を受ける。いかに台風被害を未然に防ぐかという目的に対し、人工衛星を活用しようと国をあげて取り組む。

しかし衛星開発には高度な技術や経験が必要であり、自国ですぐに作ることは難しい。それなら衛星を他国から買うだけでなく、衛星づくりを学び将来的に自国で衛星開発をリードできる人材を育てたい。100kg以下の超小型衛星は開発費も安価で開発期間も短く、最初の一歩としてとっかかりやすい。

超小型衛星市場は、世界のベンチャー企業が参入する激戦区だが、「人材育成」という点で強みをもつのは大学だ。フィリピン科学技術省の大臣と北海道大学の高橋幸弘教授が初めて会ったのは、2013年2月。北大・高橋教授と東北大・吉田教授が組んで開発し2014年に打ち上げた超小型地球観測衛星「雷神2」などの実績、大学教育を通じ人材を育てられることなどが決め手となり、フィリピンは半年後、欧米でなく、北大・東北大で衛星開発を行うことを決断した。

「超スピード」衛星開発に成功。優秀なフィリピンの学生たち

プロジェクトがスタートしたのは2015年1月。北大、東北大にはフィリピン大学の修士課程の学生7人と研究生2人、合計9名が送り込まれ、衛星開発を学びつつ共に作業を行った。実質1年でDIWATA-1衛星を開発し2016年1月にはJAXAに引き渡し。3月23日に米シグナス補給船で打ち上げ、4月27日に「きぼう」から宇宙に放出という「超スピード開発」でDIWATA-1が実現したのも、「雷神2」を初め多数の衛星開発・打ち上げを行ってきた実績と経験があるからだ。

フィリピン科学技術省は2015年1月からの3年間でDIWATA-1を含む2機の衛星を打ち上げる計画で、8億円(打ち上げ費用を含む)を負担。2機目は2017年を目指す。並行して2016年にはフィリピンに宇宙機関を設立する予定で、将来は日本で学んだ衛星開発や運用技術を生かし、自国で衛星開発を行うのが目標だという。

明確な目標を持ち、日本で学ぶフィリピンの学生たちの様子はどうだったのか。東北大は衛星本体の開発を担当。吉田教授は「フィリピンの学生たちには東北大の授業で基礎的なことを学んでもらいながら、オンザジョブトレーニングで衛星作りに手を動かしてもらった。最初は手取り足取りだったが、2015年12月~翌年1月の衛星開発追い込みの時期は徹夜もしながらハードワークが続き、チームの結束が強まった」とふり返る。

一方、北海道大は衛星に搭載するカメラなどの機器やデータ利用を担当。高橋教授は「フィリピンの学生たちは非常に優秀。学問的レベルが高いだけでなく、『自分で動ける』。日本の学生は言われたことはきちんとやるが、自分で考えて動くことはなかなか難しい。北大には6か国の学生がいるが、フィリピン大の学生がリーダーシップをとり周りの学生を刺激してくれて、ありがたかった」と高評価だ。

DIWATA-1開発の様子(提供:東北大学)
東北大学でDIWATA-1を囲むフィリピン大学の学生たち。桒原聡文准教授(後列右)、坂本祐二特任准教授(後列左)の指導のもと、約1年という短期間で衛星開発に成功した。(提供:東北大学)

まもなくファースト画像取得!いよいよ観測スタート

4月27日に宇宙に放出されたDIWATA-1。翌28日7時33分に東北大学で衛星からの電波を受信し、衛星が正常に機能していることを確認できたそうだ。「ここからが出発点です」と東北大の吉田教授は言う。「5月第一週には衛星の姿勢制御系を中心に動作確認を行い、カメラを地球に向けることも順調に達成できています。今後、カメラの撮像などのテストを行って準備をした後に、本格的な観測ミッションに入ります」。初期の運用は東北大で行うが、本格運用はフィリピンの地上局で行う予定とのこと。

気になるのは宇宙から届くファースト画像。まもなく公開予定とのことで楽しみだ!「DIWATA-1には世界最先端のカメラを搭載しています。色(波長)を590バンドに分けて撮影できるのは既存の衛星にはない。森林の状態や作物の育ち具合も観測できますが、まずは災害がターゲット。台風で多くの人が犠牲になる国なので機動力ある観測が求められる。今日ここが見たいというニーズにこたえられる撮影方法を衛星に持たせました。フィリピン大の学生は利用方法を徹底的に勉強して、DIWATA-1がとるデータに備えています」(高橋教授)

DIWATA-1をアジアの宇宙開発に日本が協力するモデルケースにしたい、とJAXA浜崎敬理事は語っていた。その際の日本の役割は「技術を売るだけでなく、ともに宇宙開発をする姿勢」と高橋教授は力説する。その一つが人材育成であり、もう一つは「利用する側の協力体制」を広げていくこと。高橋教授はセンサーやデータ利用手法などを標準化することで、データ共有を可能にする「アジア・マイクロサテライト・コンソーシアム」構想を目指し、アジア約10か国に参加を呼び掛けている。

DIWATA-1衛星放出後、フィリピン大学のアリス・ゴンザレズ君(26歳)は、「衛星開発の現場で学んだ1年半はとてもエキサイティングだった。日本で学ぶことができて幸せです」と話してくれた。今、日本は指導する立場にあるが、彼らはものすごい勢いで学んでいくだろう。その姿に刺激を受け、ともに成長する必要があるのは日本のほうかもしれない、とそのキラキラ輝く瞳を見ながら感じた。

DIWATA-1放出後。右から東北大・吉田教授、北大、高橋教授、JAXA浜崎理事、フィリピン科学技術省アメリア・ゲバラ事務次官、フィリピン大学ネメンゾ副学長、マルキアーノ教授、フィリピン大使館領事。白いシャツはフィリピンの正装、バロン・タガログ。DIWATA-1放出の日にフィリピン関係者から日本の大学教授たちに贈られた。