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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

ISSビジネス本格化
—1泊約380万×年12人の民間飛行士が滞在!?

ISSで地球を眺めながらコーヒーを。従来コーヒーはストローで飲んでいたが、無重力で使えるカップが開発された。民間企業の参入で宇宙の生活の質の向上にも期待。(提供:NASA)

1998年に建設開始、2000年11月に第一次長期滞在クルーが暮らし始めて18年以上。国際宇宙ステーション(ISS)が大きな転換期を迎えようとしている。

6月はじめにNASAは記者会見を開き、ISSを商業活動の場としてオープンにすること、民間宇宙飛行士を最大30日間、年2回受け入れることを発表したのだ。目的はNASAの活動を2024年の実現を目指す月面着陸等にフォーカスし、ISSが飛行する地球周回低軌道は「商業活動の場」に移行させること。民間宇宙飛行士の輸送には、開発中の2つの民間宇宙船が使われる予定。スペースX社のクルードラゴンか、ボーイング社のスターライナーだ。

この二つの宇宙船が1回につき6人を乗せるとして「最大12人の民間宇宙飛行士がISSに滞在することになるだろう」とNASA担当者は会見で述べている。民間宇宙飛行士の受け入れは、宇宙船の開発状況にもよるが早ければ2020年にも始まるそう。2019年末には野口聡一飛行士がISSに向けて打ち上げられるし、2020年には星出彰彦飛行士がコマンダーとしてISSに滞在予定だ。もしかしたら民間宇宙飛行士と日本人宇宙飛行士が一緒に宇宙滞在する様子が見られるかもしれない。

過去の民間人の宇宙滞在は?

過去にも民間人が商業目的で宇宙ステーションに滞在することがあった。その走りはロシア(旧ソ連)×日本だ。1990年12月2日、元TBS社員の秋山豊寛氏が宇宙特派員としてソユーズロケットで打ち上げられ旧ソ連の宇宙ステーション・ミールで約1週間滞在。世界初の宇宙ジャーナリストとして、宇宙到着直後の宇宙酔い、宇宙から見た地球環境、カエルを使った宇宙実験などをレポート。打ち上げ後の第一声は「これ、本番ですか?」。宇宙飛行士ならまず発しない言葉で、テレビマンらしいコメントだ。

宇宙開発の資金難に苦労するロシアはその後も宇宙の商業利用を進める。ISSが建設されると7人が宇宙旅行を実施。世界で初めて自費で宇宙旅行した人物は米国実業家のデニス・チトー氏(当時60歳)で2001年4月28日に打ち上げられた。旅行代金は2000万ドル(約22億円)とされる。帰還したチトー氏は「It's a paradise!」と繰り返した。実は彼の宇宙旅行はNASAから猛反対を受け、チトー氏はISSの米国部分への立ち入りが許されず、ロシア棟のみで滞在したと言われている。それでも憧れの宇宙は彼にとって天国だった。

7人の宇宙旅行客の中には2回宇宙旅行をしたツワモノもいる。2007年と2009年にそれぞれ約1週間の宇宙旅行を行ったチャールズ・シモニー氏だ。マイクロソフト社でワードやエクセルを開発した人物でもある。2009年の宇宙旅行では若田光一宇宙飛行士と滞在。若田飛行士からは「彼の宇宙への情熱は凄い」と聞いたことがある。私は2007年のシモニー氏の打ち上げをバイコヌール宇宙基地で取材したが、テレビで見たことのある女性タレントを初め、シモニー氏の応援団がアメリカから大挙して、ものすごい盛り上がりだった。

宇宙旅行客で唯一、2回目の宇宙旅行を行ったチャールズ・シモニー氏。2009年3月、2回目の宇宙で。(提供:NASA)
シモニー氏(右端)の2回目の宇宙旅行時は若田宇宙飛行士(中央)も滞在中だった。ISSロシアモジュールで。(提供:NASA)

ロシア宇宙庁が宇宙旅行会社(スぺースアドベンチャーズ社)と組んで行ったこれらの宇宙旅行は、ロシアの基準による厳しい医学検査や、モスクワ郊外の「星の街」(ガガーリン宇宙飛行士訓練センター)での約半年間にわたる訓練が課され、とてつもない財力と宇宙への情熱が要求されるハードルの高い旅だった。

ISSへの宇宙旅行客は2009年9月、シルク・ドゥ・ソレイユの創設者ギ―・ラリベルテ氏を最後に訪問していない。2011年にスペースシャトルが退役し、ソユーズ宇宙船がプロ宇宙飛行士をISSへ運ぶ唯一の足になってしまったことも一因だろう。スペースアドベンチャーズ社は、2021年に二人の宇宙旅行客をソユーズ宇宙船でISSへ運ぶと発表している。

民間宇宙飛行士の選抜、訓練は?医学基準は?

今回NASAが発表した民間宇宙飛行士は、どんな特徴があるのか?まずは目的。ISSで行われる商業活動は、NASAのミッションに関連すること、ISSが飛行する地球周回低軌道の持続的な経済活動をサポートすること、ユニークな微小重力環境を使った製造や生産活動であることなどが求められている。

民間宇宙飛行士の選抜や訓練はNASAではなく、民間企業の元で行われる。ただし、NASA宇宙飛行士の医学基準、訓練や認証プロセスに基づいて実施される。どんな訓練が行われるかも非常に興味深いところだ。最長30日間という滞在期間もこれまでの宇宙旅行客の約1週間の宇宙滞在に比べて結構長いので、宇宙で実施する作業内容も含め、しっかりしたトレーニングが必要になるだろう。

注目すべきは、民間飛行士ISS滞在中のプライスリストが発表されていること。

NASAが発表した、民間宇宙飛行士がISS滞在するときのプライスリスト。(提供:NASA)

・トイレなどのライフサポート=1日1万1250ドル
・宇宙食、空気、メディカルキット、運動器具などのクルー供給品=1日2万2500ドル
・荷物(輸送船で運ばれる48cm×41cm×23cm、27kg)の貯蔵=1日あたり105ドル
・電力 1キロワット時あたり42ドル
・通信ダウンリンク 1ギガバイトあたり50ドル

合計1日あたり3万5千ドル。1ドル=108.5円として約380万円になる。30日間滞在した場合は1億1400万円ほど。宇宙という究極の場所での滞在費としては正直、意外なほど高くない。地球上には1泊500万円をこえる超高級ホテルも存在するのだから。ただしプライスリストは6ヶ月ごとに見直される。

ISSの食事も滞在費に含まれる。(提供:NASA)
30日滞在するなら運動は必須。(提供:NASA)

問題は輸送費だ。ボーイングまたはスペースXの宇宙船による送迎には一人あたり5800万ドル(約63億円)。しかし、NASA担当者は現在のソユーズ宇宙船は1シート8000万ドルで、それよりプライスダウンしているという。つまり宇宙滞在費の鍵を握るのは「足代」ということになる。

NASAはさらに、民間企業の自社モジュールをドッキングさせることも可能と発表。実は、ISSには宇宙ホテル実現を目指すビゲロー・エアロスペース社の試験モジュールBEAMがドッキング中だ。BEAMの特徴は膨張型モジュールであること。元々はNASAが開発した技術で打ち上げの時は小さく収納、宇宙で膨張させる。宇宙ホテル実現に向けて気密性が保たれているかなどの実験が実施中だが、2016年にISS滞在中、BEAM内部に入った大西飛行士によると、ほかの実験棟と比べてそん色ないようだ。こんな居住棟、または宇宙旅行者棟が、新たにドッキングされる可能性もある。

宇宙ホテルの試験モジュールBEAMの内部。2017年8月撮影(提供:NASA)

ビゲロー・エアロスペースはラスベガスのホテル王ロバート・ビゲロー氏が1999年に設立。2006年と2007年に二つの試験モジュールを打ち上げ地球周回軌道を周回させた実績がある。そしてNASAのISS商業化発表直後、同社の関連会社(ビゲロースペースオペレーションズ)はISSに向けてスペースX社から4人分の宇宙船の座席を予約購入済みだと発表。その運賃は5200万ドルでNASA発表の輸送費より安い。しかも可能ならISSに2ヶ月滞在させると。様々な企業が参入することで価格やサービス競争が始まるのは、経済活動の自然な流れであり歓迎すべきことだ。

ISSにホテル王が関わることでゴージャスな宿泊棟ができるのか、または映画スタジオができるのか、今後どんなビジネスが生まれてくるのか注目だ。個人的にはISSで育てた食材で宇宙キッチンを実現してほしい。NASAはこれら商業活動によって得た資金を月探査に充てるという。

NASA有人宇宙探査部門のビル・ゲスティンマイヤー氏は会見で「今日は宇宙で新しいマーケットを生み出すエキサイティングな日だ」と述べた。NASAの地球周回低軌道でのゴールは、産業界と連携し宇宙に強固なエコシステムを作ること。将来的にはISSの運営を民間に委託し、NASAは顧客の一つとして低コストでサービスや機能を買うことを目標にしているようだ。宇宙でどんな商業活動が行われるのか、宇宙利用の大きな変化の節目に私たちは立っている。

ISSからの眺め。リアル宇宙を舞台に映画を作って欲しいものだ。(提供:NASA)
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