14年待ち続けた宇宙旅行、実現間近—稲波紀明さんに聞く
「宇宙の歩き方2019」②
あれから早14年。2005年、世界に先駆けてヴァージン・ギャラクティック社は宇宙旅行の販売をスタート。当時は2008年に宇宙旅行に行けるはずだった。高度約100kmまで上昇し、約5分間の無重力状態に身を委ねつつ漆黒の宇宙と自分のいない地球を堪能する数時間の宇宙旅行。世界で約700人が既に申し込んだとされる。
2014年の事故で副操縦士一人が亡くなるという大事故があった。だが事故が原因で旅行をキャンセルした人はほとんどいないという。そのヴァージンが、ついに人類史上初の民間宇宙旅行実現に、王手をかけた。アポロ11号月着陸50周年となる2019年7月に、ヴァージングループ創業者、リチャード・ブランソン氏が宇宙旅行に飛び立つと宣言したのだ。報道によるとこの飛行が成功すれば、年内には民間旅行者が続くという。
その日を待ち望んでいるのが、稲波紀明さんだ。2005年、宇宙旅行が販売されるとすぐに申込み。20万ドル(当時約2200万円)を払って、最初に宇宙旅行する100人(ファウンダーと呼ばれる)の権利を手にした。当時28歳。世界のファウンダーの中で最年少であり、唯一のサラリーマンだったという。それから14年の月日が流れ、今や42歳になった稲波さんに、どんな想いで宇宙旅行を待ち続けたのか。そして飛行間近の心境を聞きました。
宇宙旅行に申し込んだ本当の理由
- —いよいよ宇宙旅行の実現が近づいてきましたね。
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稲波さん(以下、稲波):
ようやくですね。リチャード(リチャード・ブランソンのこと)は15年近く、「来年飛ぶ」と「行く行く詐欺」を続けてきましたけど(笑)、そのリチャードがやっと「今年飛ぶよ」と。彼は「最初に宇宙に飛ぶのは自分だ」と言い続けてました。自分で行くからこそ、乗客への信頼性が増すんだと。
- —彼は元々冒険家ですもんね。ブランソンの飛行が成功すると、次は旅行者が続きますね。最初の100人の飛行順番はどうやって決めるんですか?
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稲波:
くじ引きと言われてます。行けるなら早くいきたいですよ。1回6人乗りだから全員行けるまで15回ぐらいかかってしまうので。
- —ヴァージンは去年の12月、今年の2月と高度80kmを超えて連続成功させましたね。どうご覧になっていましたか?
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稲波:
やったー!という感じですね。ただ、元々100kmを超えると聞いて申し込んだのに、急きょ「80km以上が宇宙と定義が変わりました」と。まぁ、宇宙から地球を見たいのが動機なので、どっちでも変わらないと言えば変わりませんが(笑)
- —確かに。何か技術的な難しさがあるのでしょうか?
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稲波:
ヴァージンの宇宙旅行機は母船からつりさげられた状態で離陸し、高度15kmで切り離されるんです。宇宙機は落下しながらロケットエンジンに点火しますが、点火が1秒でも遅れると、それだけ落下しますから最終的な到達高度が低くなってしまう。逆に点火が早すぎると親機にぶつかる。最適な点火の制御が格段に難しいと聞いてます。実は宇宙旅行に申し込んだ時、他の宇宙旅行会社から「ヴァージンは危ない。母船と宇宙機がぶつかるよ」と聞かされました。
- —なんと。それなのになぜヴァージンに申し込んだんですか?
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稲波:
最初に宇宙旅行を発表したのがヴァージンだったんです。金額も一番高くて20万ドル。他には1千万円台の宇宙旅行を販売する会社もありました。でもリチャードが一番信頼性があったし、資金力もあった。当時、宇宙旅行を販売する会社はいっぱいありましたが、今残っているのはヴァージンだけ。ヴァージンに申し込んでよかったですよ。
- —ブランソンやヴァージンのどんなところに信頼性を見出したんですか?
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稲波:
リチャードの伝記を読んだんです。起業家で実績もあり、冒険家でもある。気球で世界一周しようとしていて、そこに賭けてみてもいいのかなと。それに最初に宇宙旅行に申し込んだ時は絶対に当選しないと思って。当時は1名しか募集していなかったんです。
- —たった1名ですか?
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稲波:
最初に宇宙飛行できるファウンダー100人のうち、日本人枠が1名だけあって、日本で唯一の代理店であるクラブツーリズムから販売されたんです(後に2名に)。
- —なるほど。稲波さんはそもそもなぜ宇宙旅行に申し込んだんですか?
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稲波:
高校の頃から宇宙や物理に興味があったのですが、たまたまネットサーフィンしていて、宇宙旅行募集の記事を見つけたんです。仕事に没頭する生活の中で、昔の宇宙への関心や憧れが蘇り、「どうせ当たらないだろうし、とりあえず申し込んでおけ」と軽い気持ちで申し込みました。
- —それから?
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稲波:
一人の枠に7人が申し込んでいて、全員集まってくじ引きしたんです。僕は次点でした。落ちたと思って普通に仕事をしていたある日、突然「宇宙旅行に行けますよ」とクラブツーリズムから電話がかかってきたんです。「ついては旅行代金を全額払ってください」と。
- —急展開ですね。
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稲波:
でも、突然電話がかかってきて宇宙旅行に行けるから2000万円払えなんて、詐欺だと思うじゃないですか。いったん断ったんです。でもよく考えたら本当かもしれないと思って、電話をかけなおしたら本当だった。それで旅行代を払い込んだんです。
- —当時、28歳ですよね。よく2000万円もありましたね。
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稲波:
学生時代からお金を使わずにコツコツと貯めていたし、投資の運用もしていました。本当はクレジットカードで払いたかったんですよ。ポイントがたまるから。宇宙旅行に申し込んでハワイに旅行に行けるとか(笑)
事故があっても諦めないー宇宙仲間とのつながり
- —「とりあえず」申しこんだ宇宙旅行の実感がわいてきたのはいつ頃ですか?
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稲波:
支払い後しばらくしたら、突然ヴァージンから大きな箱が送られてきて、宇宙船の模型や宇宙旅行説明用のCD-Rなどが入っていました。それを見て、ようやく「宇宙に行けるんだ」という実感がわいてきました。その後は毎年、色々なイベントがありました。
- —どんなイベントですか?
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稲波:
2006年にはリチャードがカリブ海に所有する島(ネッカーアイランド)に招待されて、初めてファウンダーの方々にあったんです。僕は有休をとってエコノミークラスの飛行機を乗り継いで1日がかりでものすごく疲れて島に到着したんですが、他の皆さんは自家用ジェットで。「世界が違うな」と感じましたね(笑)。
- —自家用ジェット!セレブですね。どんな方たちでしたか?
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稲波:
資産家やグローバル企業経営者のご家族、ハリウッドスターなどセレブばかりですが、皆さん前向きで明るくて、めちゃくちゃ楽しいんですよ。サラリーマンは僕一人。20代はもう一人いましたが、その方は起業した会社を売却していた。だから誰も有休をとる必要なんてない(笑)。ネッカーアイランドには、数年後家族も連れて行きましたし、2017年の全米皆既日食も娘を連れて行って楽しみました。
- —世界中のセレブな宇宙仲間と家族ぐるみで繋がるって魅力ですね。訓練は?
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稲波:
2007年に重力加速度訓練、2008年に無重力訓練を受けました。毎年何かあるから、着実に宇宙旅行実現に向けて進んでいるかのような錯覚を覚える(笑)。
- —重力加速度訓練では何Gまで受けましたか?
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稲波:
6Gまで受けました。宇宙旅行では行きに3.5G 、帰りに6Gの重力を受けます。遠心加速器訓練では、3日間で徐々に負荷を上げていきます。6Gは数十秒。脳に血がいかなくなるし、肺が圧迫されて息がしづらい。視野も狭くなりました。僕は何とか耐えましたが、クリアできない人も何人かいました。
- —短い時間とはいえ、6Gはキツイですね。機体は実際にご覧になりましたか?
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稲波:
米カリフォルニア州モハベにある工場で開発中のエンジンや、実機を見せてもらいました。
- —中には入りましたか?
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稲波:
開発中だったので中には入れませんでしたが、頭だけ突っ込んで内部を見せてもらいました。工場は結構大きくて綺麗で、投資がしっかりなされているのがわかりました。
- —申し込んだ時は3年後に宇宙に行けるはずだったのに、なかなか飛行が実現せず、さらに2014年にテスト飛行中の事故で副操縦士が命を落としました。どう思いましたか?
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稲波:
もともとすぐに行けるとは思っていませんでした。宇宙時間というか、10年ぐらいはかかると思っていたものの、事故は確かにショックでした。でも事故直後にリチャードは原因を究明して対策を施し、宇宙旅行への挑戦を続けることを表明しました。事故を乗り越えて宇宙旅行を実現したいという強い意志を感じて、仲間たちと一緒に応援したいと思いましたね。
- —宇宙旅行は海外旅行と違ってまだ命がけの側面は否定できません。怖くありませんか?
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稲波:
実は僕は高所恐怖症です。遊園地に行ってもジェットコースターや観覧車も怖くて乗れません。でも日常生活でも死ぬ可能性はありますよね。だったら宇宙を見てみたい。気絶してしまうかもしれないけれど、怖さより「宇宙を見たい」という好奇心が勝るんです。
砂漠の真ん中に突如現れる宇宙港
- —7月の飛行では、ニューメキシコ州のスペースポートから初めてヴァージンの機体が飛び立つそうですね。稲波さんは行かれたんですよね?どんなところでしたか?
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稲波:
2011年11月、宇宙港がオープンした時に行きました。ニューメキシコ州南部のラスクルーセス空港からバスで約3時間。赤茶けた砂漠が広がっていて、まるで火星のような風景の中を延々走り続けると、突如宇宙港がありました。周囲は「エリア88」と呼ばれる宇宙人がよく出ると言われる地域で、住人の皆さんと話すと「宇宙人見たよ」とか「UFOを見た」という人が本当に多くて(笑)
- —それは興味深い。空港はどんな感じですか?
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稲波:
建物はまだ工事中で、ヘルメットをかぶって見学しました。飛行機の格納庫と滑走路があって、親機ホワイトナイト2と宇宙機がデモフライトしました。宇宙機がぶら下げられて飛んでいるのを見たのは初めてでしたね。スペースシャトルのように発射台でなくて滑走路から離着陸できるんだと実感しました。
- —なるほど。この夏、飛び立つのが楽しみですね。準備は進んでいるんでしょうか。
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稲波:
去年の9月にはヴァージンから「フライトスーツを準備するから採寸してほしい」とメールがありました。手首や膝の長さなど16もの採寸項目があって、洋服屋に行って測ってもらいました。あとはファウンダー用のアプリができて「Future Astronaut Calendar(未来の宇宙飛行士カレンダー)」にはヴァージンホテルのオープニングパーティとかテスト飛行など予定が書かれていますね。
- —ヴァージンホテルOPENですか。いよいよですね。稲波さんは宇宙で何をしたいですか?
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稲波:
やっぱりまずは自分の目で地球を見たい。若田飛行士にお会いした時に「むしろ宇宙を見たほうがいいですよ。星空が全然違いますから」と言われました。確かに空気のフィルターを通さない宇宙は、地上で見るのと全然違う世界じゃないかと期待します。「あっという間だから写真を撮らないで自分の目で見たほうがいい」とも若田さんからアドバイスを頂きました。そうは言っても自撮りしちゃうと思いますけどね(笑)。
- —最後に今後の目標を教えて下さい。
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稲波:
実は、私が勤務する船井総研では今後、宇宙を利用したビジネスを立ち上げる方々をサポートしていく予定です。まずは宇宙ビジネスを始める方を集めて、勉強会を立ち上げようと思っています。私自身が宇宙旅行を実体験することで、宇宙旅行だけでなく、これまでにないビジネスのアイデアを多くの方々と生み出せたらなと思っています。
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