野口飛行士、米民間宇宙船クルードラゴンで宇宙飛行決定!
3つの宇宙船に乗る男
3月末、嬉しいニュースが届いた。野口聡一宇宙飛行士が、スペースX社が開発中の民間宇宙船クルードラゴンの運用初号機に乗ることが決定したのだ。NASAのリリースによると、今年後半にも打ち上げ予定だ。
「運用」初号機ってなんだろう?NASAによると「The first operational crewed flight」。宇宙船のテスト段階が終わり、「operational」つまり運用に入る最初のフライトという意味。
運用初号機が飛ぶためには、今年5月中旬以降、NASA飛行士二人が乗ったクルードラゴンのテスト飛行(Demo-2と呼ばれている)が成功する必要がある。Demo-2が問題なければ、運用初号機の飛行がGOとなる。Demo-2と運用初号機は、人類の宇宙飛行の歴史に残るフライトになることは間違いない。
栄えある運用初号機の飛行に参加するのは、NASA飛行士3人と野口飛行士。アメリカ人以外の宇宙飛行士がクルードラゴン、いや米国の民間宇宙船で宇宙飛行を行うのは、野口聡一宇宙飛行士が初めてだ。これはちょっと嬉しい。これまでISSに参加する米国・ロシア・欧州・日本・カナダの5つの代表の中で、日本は高い技術力で優れた仕事をしながらも、後追いの立場にあったからだ。日本の実験棟「きぼう」はロシア、米国、欧州実験棟の後に取り付けられたし、ISSのコマンダー(船長)就任も欧州やカナダの飛行士に先を越されていた。
アメリカの国土から9年ぶりに、アメリカの宇宙船が飛び立つ
ISSへの宇宙飛行士の輸送は、2011年7月にスペースシャトルが引退してから約9年、ロシアのソユーズ宇宙船だけに頼ってきた。アメリカ国土からの宇宙船打ち上げ再開は、アメリカ国民にとっての悲願だ。しかし、その道のりは一筋縄ではいかなかった。
NASAは商業有人宇宙船の開発と運用をボーイング社とスペースX社に委託。先に2019年3月、無人飛行を成功させたのはスペースX社のクルードラゴンだった(参照:クルードラゴン初飛行成功!次はスターライナー「宇宙の歩き方2019」①)。しかしその直後、スペースX社はエンジン燃焼試験で爆発的火災を起こし、カプセルを一つ失う。この大事故によりスペースXの宇宙船開発はかなり遅れると予想されたものの、迅速な原因究明と対策で約7か月後には再試験に成功、関係者を驚かせた。
今年2月に宇宙飛行士の訓練拠点、NASA・JSC(ジョンソン宇宙センター)に取材に行った際も、「スペースXはロサンゼルス郊外にある工場で設計も開発も製造もおこなっているため、トラブルシュートが迅速」とNASA担当者が語っていた。全米各地に製造拠点が散在していたスペースシャトルと異なり、一か所で宇宙船のすべてのパーツが作られ、関係するエンジニアが集中している利点は大きい。野口飛行士も2017年の記者会見で、スペースXの宇宙船開発について「NASA流の安全設計から離れた仕事の仕方」と語っている。
一方、ボーイング社が開発中の民間宇宙船スターライナーは、2019年12月に無人飛行を実施。宇宙船に搭載されていたタイマーの誤作動により推進剤を予定外のタイミングで噴射し、ISSに到達することができず帰還した。初歩的とも思われるミスだが、ボーイングは対策を施し、年内に再び無人テスト飛行を行うとみられる。
注目は5月のクルードラゴン有人テスト飛行
まず注目したいのは、5月中旬以降に予定されている、クルードラゴン初の有人テスト飛行だ。二人の宇宙飛行士が搭乗予定。NASAやスペースXにも新型コロナウイルス感染者が出たと報じられ、NASAの各フィールドセンターはテレワーク中心になっている。訓練や発射場の準備も予定通りにはなかなか進まないことが懸念されるが、現在のところNASAは予定通り飛行試験を行うとしている。
3月19日と20日には、実際に打ち上げが行われるNASAケネディ宇宙センター(KSC)で打ち上げからISSへのドッキングまでフルシミュレーションが実施された。搭乗する二人の宇宙飛行士はもちろん、スペースX本社のあるカリフォルニア州ホーソーンの管制センター、NASAの管制センターがあるテキサス州ヒューストンのJSCを繋ぎ、多数の関係者が参加した。
シミュレーションでは、天候の状況等によって打ち上げGOかNO/GOかなど様々な場面での意思決定を行う良い機会になったようだ。その直後に行われたクルードラゴンのパラシュート試験ではトラブルがあったが、その対策を含めた打ち上げへの膨大な準備を、新型コロナウイルスの厳格な対策と両立しながら進められるのか。
ここまで書いたところでNASAから最新ニュースが届いた。4月3日、NASAケネディ宇宙センターの発射台で、異常事態時の避難訓練が実施されたという。
訓練にはNASAやスペースX関係者らが参加。打ち上げ直前に異常事態が起こった際、高さ約81m(20~25階建てのビルに相当)の発射台から負傷者らが脱出用のバスケットに乗り、地上までワイヤーで滑り降りる。待ち受ける車両(地雷にも耐える特殊車両!)にどれだけ迅速に乗り込むことができるか演習した。
NASA長官は、民間宇宙船がアメリカから飛び立つことは、(新型コロナウイルスの)危機に見舞われた国民の士気向上につながると考えているようだ。「人類の宇宙探査への情熱より強いウイルスはない」とツイートしている。これだけ大規模な訓練を実施していることからも、その本気度が伝わってくる。
スペースシャトルが打ち上げられた同じ発射台から
Demo-2がうまくいけば、野口飛行士らが運用初号機で飛び立つことになる。テスト飛行は二人のNASA飛行士が搭乗するが、運用初号機は4人。マイク・ホプキンスNASA宇宙飛行士、ビクター・グローバーNASA飛行士、シャノン・ウォーカー飛行士(女性)、そして野口飛行士だ。
野口飛行士はIHIのエンジニアから1996年、宇宙飛行士候補者に選ばれた。この時の倍率は過去最高の572倍。野口飛行士自身は、選ばれた理由について、「最終選抜に残った受験者は皆優秀だったが、頑張れる体力、アメリカ人の中に混じって生き残れるずぶとさ、ストレスを感じない鈍感さにおいて自分は案外向いているかなと感じた」と過去のインタビューで語っている。決め手は「異国の地でも冷静に、自分を見失わずやっていける落ち着き、安定感だったのではないか」と。
その冷静さ、どんな時でも自分を見失わない安定感は後のフライトで証明されることになる。初飛行は2003年に予定されていたが、一つ前の宇宙飛行でスペースシャトル・コロンビア号が着陸直前に空中分解。その後2年以上にわたり飛行が凍結し、先が見えない日々を過ごすことになったのだ。2001年に同時多発テロが起こった米国では、徐々に「シャトルの復活(RTF=Return to Flight)=アメリカの復活」の象徴となり、日本人である野口飛行士が飛行再開という重要なフライトで船外活動リーダーを担うことができるのかも懸念されたと聞く。
そうした葛藤の日々を乗り越えて2005年にスペースシャトルに搭乗。船外活動リーダーの大役も果たした。2回目の飛行は2009年12月、ロシア・ソユーズ宇宙船に搭乗。日本人初のフライトエンジニアを務める。フライトエンジニアは船長が操縦できなくなった場合に船長に替わり操縦する、船長補佐のポジションでもある。米国のスペースシャトル、ロシアのソユーズ宇宙船、そして3回目の宇宙飛行では、民間宇宙船に搭乗する。着陸方式はシャトルが水平着陸、ソユーズは陸上にパラシュートで着陸、そしてクルードラゴンは海上にパラシュートで着陸と、異なるのも興味深い。
3回の宇宙飛行で異なる宇宙船に乗る宇宙飛行士は、なかなかいないはずだ。調べると、NASAのジョン・ヤング飛行士がジェミニ、アポロ、スペースシャトルに搭乗している(ヤング飛行士は1981年のシャトル初号機の船長)。野口さんが2020年に飛べば「39年ぶりに記録達成の快挙」となる。(ロシアの宇宙船も含めるとジェミニ、アポロ、アポロ・ソユーズテスト計画で1975年にソユーズ宇宙船に乗ったトーマス・スタッフォード飛行士がいる。ただしソユーズ宇宙船で地上と往復はしていない)
さらに、今回は民間宇宙船初飛行だけでなく、新型コロナウイルスの感染対策下というかつてないハードルがある。宇宙関係者は2005年の「RTF(シャトル飛行再開)の時より、何も見えない状況」と吐露する。しかし、そんな日々でも野口飛行士はストレスをうまくコントロールしているはずだ。民間宇宙船が飛び立つのは、初飛行の時と同じNASAケネディ宇宙センターの39A発射台。その日に向けて着実に積み重ねていくだろう。私たちも、宙を見上げよう。
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