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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

12年越しの夢—民間初月面着陸へ「HAKUTO-R」いよいよ打ち上げ

「いよいよ打ち上げです。皆さんと一緒に、ぜひ月に行きましょう!」

11月28日17時46分(日本時間)の打ち上げに向けカウントダウンクロックが動き始めた(その後、打ち上げは11月30日17時39分に延期)。左からispace代表取締役の袴田武史氏、東大クイズ王の伊沢拓司氏、ispace、CTOの氏家亮氏。

11月17日、東京都内で行われた記者会見でispace代表取締役、袴田武史氏が高らかに声を上げる。その表情は高揚感に満ちていた。ふり返れば月着陸一番乗りをかけた賞金レース「Google Lunar Xprize」参加を決め、活動を始めたのが2010年。月ローバー「SORATO」の開発は完了したのに、ロケット打ち上げが間に合わずレースを断念するという苦渋の決断をしたのが2018年1月。だがその会見で「月をあきらめない、何としても月に行く」と断言した男が、ついにその約束を果たす。ispaceの民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション1の打ち上げ予定日が11月28日17時46分(日本時間、以下同じ)に決定したのだ(その後、11月30日(水)17時39分に延期)

打ち上げ場所は米国フロリダ州ケープカナベラル基地40射点。ロケットはスペースXのファルコン9。搭載する荷物は7つ。UAEの宇宙機関であるMBRSCの月面ローバー「Rashid」、カナダの民間企業のAIのフライトコンピューターも搭載し、「Rachid」と共同実験を実施予定、そしてJAXA・タカラトミーなどの変形型月面ロボットなど。嬉しいのは「HAKUTO」(賞金レース時代のチーム名)クラウドファンディングの支援者の名前を刻んだネームプレートが搭載されること(我が家の子供たちの名前も!)

「HAKUTO-R」ミッション1で月に運ばれる7つの荷物(提供:ispace)
ロックバンド「サカナクション」が「HAKUTO」への応援歌として2018年に贈った楽曲「SORATO」の音源も搭載。サカナクションの山口一郎氏は「月に音楽を届けたいと(賞金レース前に)お願いした時は叶わなかったが、4年ぶりに実現できると聞きびっくりしました。楽しみにしています」とコメント。(提供:ispace)

打ち上げ約5か月後に着陸。省エネ航法で数多くの荷物を月へ

月面への着陸は打ち上げ約5か月後の2023年4月末。着陸地は「氷の海(Mare Frigoris)」(北緯47.5度、東経44.4度)の南東にあるアトラス・クレーター。アポロ計画では打ち上げ後3日ほどで月軌道に到着、着陸したのに、なぜこれほど時間がかかるのか?ispaceがビジネスとして月輸送サービスを行っていることにその理由がある。ispace氏家亮CTO(Chief Technology Officer)によれば「推進薬を節約して、なるべく多くのお客様に月面(輸送)サービスを体験して頂くため」。つまりは推進薬を減らすことで、より多くの顧客の荷物を搭載することができるという。

具体的に、今回のミッション1でランダー(月着陸機)は下記の図のような軌道を飛ぶ。打ち上げ約50分後にランダーはロケットから分離される予定。その後、月を超え地球から約150万km彼方まで到達、月重力圏に戻ってきた後に月の周回軌道に投入、月に着陸する。

「HAKUTO-R」ミッション1の軌道。推進薬を減らし顧客の荷物をなるべく多く搭載しようとした結果、ミッション期間が4~5か月と長期間に。(提供:ispace)

従来はNASAや旧ソ連、中国など国家機関が行ってきた月着陸。ispaceが成功すれば民間で世界初の快挙となる。さらに、ispaceは「HAKUTO-R」ミッション1に続いて、2024年にミッション2、2025年にはミッション3と継続して月輸送サービスを実施。ミッション3はNASAの商業月面輸送サービス(CLPS)に米国のドレイパー研究所らと共に採択されたもの。NASAの科学実験機器などを含む荷物を月面に輸送することでアルテミス計画に貢献する。袴田氏によると、これまでに270億円以上の資金調達に成功、月輸送サービスで100億円以上の契約を得ているという。

ミッション2、3へ繋げるべく、最初のチャレンジとなるミッション1では、打ち上げから着陸まで10段階のマイルストーンを設定している。

打ち上げから着陸まで10段階のマイルストーンを設定。打ち上げと着陸だけでなく、月への過程でも様々な技術的チャレンジがあることがよくわかる。(提供:ispace)

例えばマイルストーン1は「打ち上げ準備完了」。「意外に思われるかもしれないが、ランダーは色々な試験をし、試行錯誤をして打ち上げまでたどり着く。開発のすべての工程を完了し、(ロケット側に)受け渡した時点で、実は多くの事を達成している」(氏家氏)。発射時の振動などの環境に耐えてロケットから分離されると、ランダーは自動で電源を入れ、自動的に通信や姿勢の制御を行う。

マイルストーンの説明をするispace氏家亮CTO。「(JAXA時代)、HTV-Xの仕事は自分で希望し関係性もよく、問題があったわけではありません。ただシリコンバレーで超小型衛星のスタートアップの盛り上がりを見て『こんな働き方があるんだ』と。その後、日本のスタートアップの情勢を見て『今やらなかったら後悔する』と2018年に転職しました」。

元々JAXAでHTV-Xの開発業務などを担当していた氏家氏は「私もいくつか宇宙機の運用を経験したが、ここ(マイルストーン3)までが最もクリティカルで一番ドキドキするところ」と語る。その後、キーとなる軌道制御マヌーバで深宇宙航行へ。約1か月間の安定運用を経て月周回軌道へ投入する。マイルストーン9でようやく月着陸だ。月着陸自体は1時間ぐらいで進行する。打ち上げから数か月間、運用経験を積んで迎えるクライマックスは「心理的には安心の部分もある」と氏家氏。

月着陸は2023年4月末の予定。(提供:ispace)

世界で一番いいものを使って月を目指す

世界の民間企業は今、こぞって月を目指している。ispaceにはライバル企業があり「当初は彼らの方が早く飛ぶ可能性もあった」と袴田氏は語る。しかし、予定通り打ち上げられれば、ispaceのランダーが民間企業で世界初の月着陸を達成する可能性は高い。その勝因として袴田氏は「地道な努力で一歩一歩コントロールしてきた組織力」、そして「日本だけでなく世界中を巻き込んで、世界で一番いいものを使ってチャレンジしたこと」をあげた。これが米国のライバル社とは違う、我々の強みだと。

具体的には、設計や開発の主体は東京のispaceが行うが、アリアングループからスラスタを購入したことにより、ミッション1については製造の拠点をドイツにおいた。ドイツのランポルツハウゼンにあるアリアングループの施設で2021年6月から組み立てを開始、2022年5月中に組立作業を完了。その後、ドイツのオットブルンにある宇宙試験施設で振動試験、熱真空試験など最終的な環境試験を実施している。

ispaceのエンジニアがランダーのフライトモデルを組み立てている様子。(提供:ispace)

さらにispaceは2018年10月、米国のドレイパー研究所とパートナー契約を締結。アポロ計画で月着陸船の誘導・航法・制御システムを担当し、人類初の月面着陸を成功に導いた実績と経験豊富な企業から、誘導航法制御システム全般の提供などを受けることが信頼を生み、世界の顧客獲得にも結び付いたようだ。今やispaceは世界25か国以上約200人が働く大きな組織となった。

今、民間企業が月着陸を目指せるようになったのはなぜか。

「政府の宇宙機関が行っていたような開発を、ゼロから作り上げている。今は世の中に高いレベルの技術があって手に入る。民間でも十分に(高レベルの)技術開発ができるという自信がある」(氏家氏)。実際、設計はispaceが担い、部品については例えばコンピューターシステムは自社開発、誘導制御系のセンサーや電源系のバッテリはマーケットから購入、一部はカスタマイズしているそう。

ただし、民間企業がビジネスで実施する月着陸機の設計・開発・製造は政府の宇宙機関が行うものとはコンセプトが異なる。「(失敗なく)信頼性高くしようとすると、すべての機器に冗長性を組むことになるが、コストも重量も上がってしまう。JAXAやNASAなどが培ってきた宇宙業界の蓄積も使いながら、ビジネスという観点から信頼性・質量・コストのバランスをとった」(氏家氏)

地球と宇宙をつなぐことで、社会の課題を解決する

「多くの人の支援のおかげでここまでこれた」と語る袴田氏。

ispaceの記者会見の前日、11月16日にはNASAの新型ロケットSLSが月を目指し、打ち上げに成功した。月や火星を目指す国際プロジェクト「アルテミス」初の打ち上げであり、無人の宇宙船オライオンが月を周回飛行する。「非常に綺麗な打ち上げで、これが今後の月の開発への『のろし』になっていくと思う」と語る袴田氏は、「HAKUTO-R」ミッション1打ち上げに際し、その意義を改めて問い直した。

「我々のビジョンは宇宙に生活圏を築くこと。それをまず月から始めたい。月の可能性、皆さんの可能性、日本の可能性を広げていきたい。地球と宇宙を繋ぐことで、世界と社会の課題を解決するまだ見ぬ価値とつなぎたい」

2010年に月賞金レースに参加してから12年。2018年には月レース断念の悔しさを味わった。「ここまでこれたのは多くの人の支援のおかげ」と袴田氏。200人を超える多国籍メンバーと世界初のチャレンジを成し遂げるのは難しいところもある。しかし「困難こそが新しいイノベーション生み出す」、「月を使って社会に貢献するというビジョンを大切にすることで、言語や文化の異なる社員が同じ方向を向く」と穏やかに語る。この打たれ強さ、決してあきらめない不屈の精神がチームを成長させ、ここまでたどり着いたのだろう。打ち上げ後、長い道中には不測の事態も起こるに違いない。しかしこれまでと同様、一つ一つのステップに学び、いつか必ず月着陸を私たちに見せてほしい。夢が現実になる瞬間を。

(提供:ispace)
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