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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

民間で世界初!牛の糞で飛ぶロケット燃焼試験成功。「北海道流宇宙開発」を現場取材

北海道大樹町にあるインターステラテクノロジズ(IST)本社を出ると、牛の糞のにおいが漂ってきた。「今日はまだいい方ですよ」とISTの稲川貴大CEOは言う。ここ十勝地方は酪農王国。十勝南部にある大樹町は特に酪農が盛んで人(5336人 2023年12月末)より牛が多いといわれ、5倍以上とも。牛糞のにおいは町民にとって当たり前であり、わずか二日間の滞在でも慣れてしまうほどだ。

その牛の糞を、ISTは世界に先駆けてロケットの燃料に使う。2023年12月7日、開発中の小型人工衛星打ち上げロケットZEROのエンジン燃焼試験がプレス公開された。使われた燃料は牛の糞から作られた液化バイオメタン(LBM=Liquefied Biomethane)だ。試験結果は成功!

12月7日に北海道スペースポートLC-0で行われた、インターステラテクノロジズの小型衛星打ち上げ用ロケットZEROのエンジン燃焼試験。(撮影:渡部韻)

稲川CEOは「メタンはロケット燃料としてコスト、性能、運用、環境面などにすぐれ世界中でメタンを使ったロケットの開発競争が起きている。メタンの中でもバイオ由来、さらに牛の糞由来のものを使った燃焼試験は世界の民間企業で初めて。LBMはメタンの純度も高く、北海道十勝地域で物質循環する点、CO2の約25倍の温室効果ガスを排出するメタンを減らす点でも環境にいい。デメリットは何もない」とLBMの優位性を説く。

実際、どのように牛の糞からロケット燃料が作られるのか。今回DSPACE取材班は牧場、液化バイオメタン(LBM)の精製工場、IST製造現場、燃焼試験を実施した北海道スペースポート(HOSPO)などを二日間にわたり現場取材させて頂いた。レポートをどうぞ!

酪農家の悩みの種だった「糞尿」をロケット燃料に

水下ファームでは450頭の牛の糞がLBMに使われている。右は社長の水下英治さん。(撮影:渡部韻)

訪れたのはIST本社から車で10分ほどの距離にある水下ファーム。900頭いる牛のうち、バイオメタンに使っているのは450頭分。「この頭数になるとたい肥で畑に還元するには限界がある。バイオガスにして売電するという方法もあるが、大樹町には(送電網の)枠がなかった」と水下英治社長は語る。十勝管内では電気需要がそれほどなく、送電に制限があるという。コストも労力もかかる糞尿処理は酪農家の悩みの種だった。

1日8回、フレッパ―が自動的に糞を集める。

「せっかくバイオガスという燃料が出てくるのにどうにかならないか」と液化バイオメタン製造に踏み出したのが産業ガス大手のエア・ウォーター。バイオメタンの製造プラントはフランスでは進んでいるが、日本ではほとんど例がない。環境省の実証事業として、国内初の液化バイオメタン製造を始動。大樹町では水下ファームを含む2件と手を組んだ。具体的には牧場の設備で牛の糞尿を発酵させ、バイオガスを発生させる。そのガスをタンクローリーで捕集、車で約1時間の距離にある帯広市のエア・ウォーターLBM製造プラントに運ぶ。

発酵したバイオガスにはメタン6割、二酸化炭素が4割含まれている。 LBMプラントでは二酸化炭素を取り除き、マイナス約160度に液化する過程で、メタン99.9%以上という純度の高いメタンガスが精製される。

ISTでは2020年に新型ロケットZEROの燃料をメタンにすると選定した。「中国のスタートアップがメタンを使ったロケットで軌道投入に成功し、業界のリーダーであるSpaceXの宇宙船Starshipもメタンを使っている」(稲川CEO)。だがそれらはLNG(液化天然ガス、主成分がメタン)由来の燃料を用いたロケットだ。

「ロケット燃料には純度の高いメタンが必要だが、ロケットに多く使われるLNGは産地によって組成が異なる。メタンの純度を高めるための施設は国内だと本州にしかない。精製のコスト、本州から北海道への運搬費を考えるとLBMを北海道で使うのはスピード感も含めてコスパがいい」と稲川CEOは説く。

帯広市にあるLBM製造プラントは2022年10月に完成。1日1トンのLBM製造能力があり現在は30~40%が稼働。右側のローリーに精製したLBMを搭載、HOSPOなどに運ぶ。(撮影:渡部韻)

エア・ウォーターではロケット燃料だけでなく、LBMの需要を作り供給先を増やす取り組みをしている。例えば乳業メーカー工場のボイラー、トラックや船舶の燃料、都市ガスとしてスーパー銭湯など。2024年4月以降からは販売価格を決め事業化していくが、設備を新しく作る必要がなくLNGと同じように使ってもらえるのが利点だという。LBMの活用が進めば、環境問題やエネルギー問題の解決や、ニオイの問題の改善などにも貢献できるだろう。

ZEROエンジン燃焼試験―北海道でブラックアウトを経験して

12月7日、LBMを燃料として使ったエンジンの燃焼試験が、北海道スペースポート(HOSPO)LC-0で行われた。試験場裏手にはエア・ウォーターから運ばれたLBMタンクがそびえたつ。燃焼試験は2023年11月末からスタートし、今回が4回目。実際にLBMが燃料として使えるか、主にエンジン燃焼時の燃費や力、温度が想定の範囲に収まっているか確認するのが目的だ。

エンジン試験場裏手にはLBMタンク。左がIST金井竜一朗さん、右がエア・ウォーター加藤祥平さん。

ISTエンジニアの金井竜一朗さんがLBMをロケット燃料に使うことについて語った言葉が印象的だった。「私自身もずっと北海道に暮らし(2018年の北海道胆振東部地震で起きた)ブラックアウトを大樹町で経験した。北海道は特に冬場、エネルギー問題が命に直結する。(牛の糞尿から作られたLBMを)ロケットに使わせて頂けるのはすごく光栄なことだが、精緻なロケットでLBMが使われることで一般家庭にLBMが広まるきっかけになれば」。

燃焼時間は10秒。メタン特有の青い炎が見える。今回試験に使われたのは実機より少し小さい6トンクラスのサブスケール燃焼器。(撮影:渡部韻)
IST本社、管制室横で燃焼試験を見守った後、拍手する稲川CEO。

燃焼試験約30分後に行われた囲み取材では「データがしっかりとれ、LBMがロケット燃料として狙い通りの性能が出ていることを確認した。燃焼試験を無事に終了して大きなマイルストーンを達成した」と稲川氏は語る。

ESA(欧州宇宙機関)もロケットの燃焼試験でバイオメタンを使っている。だがその原料が牛の糞由来かどうかは明らかにしていない。少なくとも民間企業でバイオメタンを燃料に使った燃焼試験に成功したのはISTが世界初になる!

推進系エンジニア・倉本紘彰さんは大手自動車部品メーカー、工業試験場の研究員を経てISTへ。エンジンの設計を行ったのは初めてで「どきどきした」と明かした。

ZERO用エンジンの新規開発部品は燃焼器だけではない。例えば「ロケットエンジンの心臓」ターボポンプの開発も難しい。室蘭工業大学の内海政春教授、ポンプメーカー大手の荏原製作所と3者で共同開発し、多数のターボポンプ試験の実績があるIHIエアロスペース相生試験場でIHIグループの知見を得ながら試験を開始している。ターボポンプ、ガスジェネレーターなど各部品の試験が終われば、全体を統合した試験を行っていく予定だという。

政府の支援SBIRが追い風。小型衛星打ち上げロケット実現へ

そもそもISTが開発するZEROとはどんなロケットなのか。最近、日本政府が民間ロケット開発に大規模な資金を投入し始めた。その背景には日本の基幹ロケット失敗が相次いでいること、国内の衛星メーカーが海外ロケットで打ち上げを行っているが、世界情勢の変化でなかなか計画通りに打ち上げられないなどの事情がある。

2023年9月に発表されたSBIR(中小企業イノベーション創出事業)の民間ロケットの開発・実証(文部科学省)では9月末にISTを含む4社が選ばれた。国際競争力をもつ人工衛星打ち上げ用ロケットを開発するスタートアップを支援することが目的で、2027年度までにフルサイズの小型衛星打ち上げロケットを製作、飛行実験を行わなければならない。2024年9月、2026年3月にゲートがあって最終的に2社程度に絞られ、1社最大140億円の補助金が与えられる。

「技術力にかなり自信をもっているし、自社で試験できる設備も並行して備えてきている。2024年9月のゲートは大きな山場なので、気を抜かずにやっていきたい」(稲川CEO)

大樹町にあるIST本社工場。撮影NGの場所も多かったが、手作り感漂っていた約10年前のISTのイメージと異なり、すっかりハイテク工場に。「設計・製造、試験・打ち上げまで社内で一気通貫で行う開発体制は国内でもユニーク」と稲川CEO。(撮影:渡部韻)

SBIRの特徴は、資金援助はもちろん、ロケット完成後に政府などの衛星打ち上げサービスの調達が期待できること。「小型衛星の重量は100~200kg級が主流となっており、政府をはじめ海外の旺盛な需要も取り込んでいくためには、ロケットの打ち上げ能力増強が必要と判断」した結果、ISTはZEROの大型化を決めた。

ISTが2024年度以降打ち上げを目指すロケットZEROは2段式の液体ロケット。直径2.3m全長32m、総重量71トン。低軌道に800㎏、太陽同期軌道に250㎏の人工衛星を打ち上げ可能。(提供:IST)

興味深いのはSBIRに選定された4社のうちIST、将来宇宙輸送システム、SPACE WALKERの3社が燃料にメタン(LNG含む)を採用している点。日本がかつてGXロケットで世界に先駆けて開発していたLNGエンジン知見を各社とも活用している。ISTの場合はJAXA角田宇宙センターで共同燃焼試験を行った際に、今回の燃焼試験に繋がる、噴射器や燃焼器の性能・耐久性に関するデータなどの知見を得たという。

SBIRで最後の2社に残った場合、実機の打ち上げは2027年度中に実施しなければならない。ということはZEROを2028年3月までには飛ばすことになる。「お尻は決まっているということ(笑)。だが期間内に複数機打ち上げられるといいと計画している」(稲川CEO)

撮影:渡部韻

民間ロケットは北海道から。整備が進む宇宙港「北海道スペースポート」

SBIRで4社が急ピッチで開発を進める中、燃焼試験や飛行試験、実機の打ち上げを行うとみられるのが北海道スペースポート(HOSPO)だ。日本のロケット発射場と言えばJAXA種子島宇宙センター、内之浦宇宙空間観測所が知られるが、民間ロケットには現時点で開放していない。

実際、12月には将来宇宙輸送システムがHOSPOでエンジンの燃焼試験を行い、水素・メタン・酸素の3種類の推進剤を用いた「トリプロペラント方式の燃焼試験」に成功した。

HOSPOで1000mから1300mに延伸中の滑走路で。中央はSPACE COTAN取締役兼CMO中神美佳さん。(撮影:渡部韻)

2027年に向けて使用件数が増えるのを見据えて、HOSPOで急ピッチで整備が進められているのが、1300mの滑走路とZEROや世界のロケットを打ち上げられる射場、LC-1(Launch Complex-1)。現在の1000mの滑走路でも気球や小型航空系の実験は実施中だが、1300mあれば、SPACE WALKERのようなスペースプレーン実験機に対応できる。将来的には3000m級の滑走路を建設し、日本と世界を結ぶ高速2地点間飛行にも対応したいという構想をもつ。

HOSPO整備計画。(提供:SPACE COTAN)

そして発射場。観測ロケットMOMOを打ち上げたのはLC‐0で、サブオービタルロケット発射とエンジン燃焼試験などに使われている。LC-0の隣に建設されるのが、ZEROのように人工衛星を打ち上げる小型ロケット用の射場LC-1。海の近くに射点をおく。ISTが第一顧客で使わないときはほかの企業も使うことが可能。2024年度に完成予定で年間5回の打ち上げを目指す。

HOSPOの運営会社であるSPACE COTANの中神美佳取締役兼CMOは「民間が使えて、滑走路と垂直型打ち上げ発射設備の両方があるスペースポートは日本でここしかない。東と南が両方開けて晴天率が高く、帯広空港から50分とアクセスがいい。隣町に港があり、ロケットを船で運べる。航空路と海路の干渉も少ない。地元の理解も大きい」と発射場としての利点をアピールする。既に台湾のロケット打ち上げの引き合いを受けているように、世界のロケット打ち上げを誘致したいと意気込む。

遠くに見えるのがLC-0、中神さんがいるあたりにLC-1が建設される。このあたりは湿地帯で民家もない。

中神さんは大樹町出身。大樹町は1980年代から宇宙産業基地構想を発表していたが、中神さんは小学校の時に夏休みの宿題で宇宙の絵を描き「大樹町は宇宙の街なんだ」と実感していた。大学卒業後、東京で働いていたが地元に戻ると人口が減るなかで、宇宙が大樹町の希望の産業になるのではないかと感じた。2019年、MOMOが打ち上げに成功し大樹町が名実ともにロケットの街になった瞬間に立ち会って、この産業で地元を盛り上げていきたいと、2021年HOSPO立ち上げと同時にジョインした。「街づくりには夢が必要だ」航空宇宙実験の誘致を始めた初代宇宙町長が語ったDNAが、町に受け継がれているのを実感している。

「宇宙産業は官から民の時代になっている。民間が使える開かれたスペースポートとして日本の宇宙輸送を支える役割はもちろんのこと、アジアの宇宙港として世界の宇宙産業のインフラの役割を担いたい」と未来を見据える。

牛の糞から良質なロケット燃料を作り地域で循環させようとするプロジェクト、世界の民間宇宙機の離発着を担うスペースポート。その根底には北海道ならでは特色と、時を超えて受け継がれる夢があった。北海道から宇宙への挑戦に、今後も注目していきたい。

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