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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「新しい扉を開いた」SLIM世界初ピンポイント月着陸成功&劇的復活!月から届いた歴史的写真

SLIM着陸直前に放出された超小型ロボットSORA-Qが撮影したSLIMと月表面。SLIMがエンジンを上にして逆立ちのような状態になっていることがわかる。宇宙開発史に刻まれる画像だ。(提供:JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)

SLIMが約9日間の眠りから、ついに目覚めたー!!!

世界初のピンポイント月着陸に成功した小型月着陸機SLIMは何度、世界を驚かせるのだろう。1月20日0時20分、SLIMは月着陸に成功。だが太陽光が電力を発生していないことが判明。着陸直前に異常事態が発生したSLIMは、想定と異なる逆立ち状態で着陸、太陽電池パネルが西側を向いていたために太陽光が当たらなかった。

太陽が移動するにつれて太陽電池に日が差し、SLIMが目覚めることが期待されてから約9日。ついに1月29日朝(日本時間)、SLIMとの通信が復活、科学観測を再開したことが明らかに!まず観測したのは「トイプードル」と名付けた岩。マルチバンド分光カメラによる10バンド観測を実施したという。

「(SLIMは)運用再開の可能性がある」「速やかに観測する準備をしている」。坂井真一郎SLIMプロジェクトマネージャーは1月25日の記者会見で語っていた。SLIMチームは観測再開の可能性を見出し、周到に準備を重ねていたのだ。冗長性を極限まで削った小型・軽量な月探査機SLIMが、宇宙開発史に残る偉業を成し遂げている。SLIMチームの技術力と不屈の精神に、最大級の賛辞を送りたい。

改めて、SLIM着陸からその後の経緯をたどっていこう。

1月20日0時20分に月着陸を行ったSLIMは、着陸に成功したものの、太陽電池が電力を発生していない状態であることが、着陸約2時間後の会見で発表された。その後の解析の結果、2機あるメインエンジンの一つが着陸直前に破断・落下したことが判明。致命的なトラブルがあったにも関わらず、SLIMは異常モードに自律的に移行。目標地点から東側に55mの地点に着陸したことが25日に発表された。

JAXAによると、ピンポイント着陸の精度は概ね10m以下だという。その理由は次の通り。SLIMは着陸直前、高度50m付近で月表面の画像を撮り、15cm以上の岩(障害物)を避けて、「安全な場所に着陸する」ことを優先する。そのためJAXAは高度50mでの位置精度をピンポイント着陸の性能とするとした。今回、SLIMの月上空50mでの位置精度は10m以下、実際は3~4m程度とJAXAは発表。目標としていた100m精度の「約十分の一」を達成したことになる!世界最高精度のピンポイント月着陸達成である。「SLIMは探査の新しい扉を開いた」。SLIM坂井プロマネは胸を張った。

ただし、メインエンジン1機が失われ異常モードに移行したことで、予定していた2段階着陸は実施されなかったとみられる。SLIMはエンジンを下にしたまま降下、月面に接地。その後転倒するなどしてエンジンを上にした、逆立ちのような状態になったと推定された。

トラブルがあったほうのメインエンジンを指し示す坂井真一郎SLIMプロジェクトマネージャー。

その状態を見事にとらえたのが冒頭の写真だ。SLIMが高度5m付近から放出した2機の超小型ロボットのうちSORA-Q(LEV-2)が撮影し、もう1機のロボットLEV-1経由で地球に送られた画像だ。SLIMが間違いなく月面に着陸したこと、その姿勢、月面の様子が克明にとらえられている。坂井プロマネは「腰が抜けそうになった。画像のもつ力は大きい。あのサイズ(変形前の直径8cm)なのでSORA-Qが画像を撮れるか確実ではなかった。決定的な写真だ」と興奮を隠さない。

そして「太陽が西側に移動するにつれて、電力発生が再開し目覚める可能性はある」と坂井プロマネが語っていた通り、SLIMは復活!以下、25日の記者会見の内容を詳しく紹介する。

0時19分18秒、着陸直前のSLIMに何が起こったのか

これまでDSPACEで紹介してきた通り、SLIMの目標は「降りたいところに降りる」ピンポイント月着陸にあった。従来の世界の月着陸機の精度が数km~十数kmオーダーだったのに対して、SLIMが目指す着陸精度は100m以内。カーナビがない月面上で、ピンポイント着陸を達成するためにSLIMが用いたのが、画像照合航法だった。具体的には搭載したクレーターの地図と撮影した月のクレーターを照らし合わせ、自分の位置を正確に知る。

19日23時59分、高度約15kmから月着陸をめがけて始まった動力降下は「シミュレーション映像を見ているのではないか」と坂井プロマネが思うほど誤差が少なく、想定軌道とぴったり重なる綺麗な飛行を続けた。

SLIMは月上空2m付近でホバリングし2機のロボットを放出する予定だった。異常モードに入ったため、ホバリングは実施せず、実際は高度5m付近でロボットを放出した。(提供:JAXA)

高度約6.2kmからSLIMは垂直降下を開始。高度4000m、高度500m付近で画像照合を実施。ここまで計7領域14回の画像照合航法はすべて正常。高度50m付近で障害物を検出し、画像内から最も安全と考えられる場所を自動的に探し出した。ここまでは非常に良好であり、何の問題もなかった。

異常が起こったのは着陸約34秒前、24日0時19分18秒のことだった。高度50m付近で2機あるメインエンジンのうち1機に異常発生。2機の合計推力が突然、約55%に低下した。SLIMが0時19分20秒ごろ撮影した月面の画像には、落下したエンジンノズルと思われる物体が写っていた。「事故発生直前まで異常の兆候が全く見られないことから、なんらかの外的要因で(エンジンは)破損に至ったのではないか」と坂井プロマネは分析する。詳細は調査中だが、「(同規模の推力のエンジンを)火星衛星探査機MMXに使う計画もあり、原因究明を必ずしなければならない」と國中均JAXA宇宙科学研究所所長は話している。

小型月着陸実証機(SLIM)月面着陸の結果について。右図の赤丸で囲った部分にエンジンノズルと思われる物体が写っている。(提供:JAXA 2024年1月25日記者会見 SLIM着陸運用記者説明資料より)

これらの事実は着陸後のSLIMから送られてきたデータからわかったこと。高度50mから着陸までは約30秒。実際にSLIMが着陸に向けて降下中、地上では異常が起こっていることを把握しておらず、たとえわかっても手の打ちようはなかったという。

JAXA YouTubeチャンネルではSLIM着陸の様子がリアルタイムで中継され、運用管制室で見ているのとほぼ同じテレメトリ画像が見られた。写真は着陸直前(左上に探査機時間(世界時表示)。この時点でエンジン1機は動いていないと思われるがテレメトリ画像では2機とも推力100%と表示されている(画像中央下の二つの半球状の赤い部分が2機のメインエンジン)。(提供:JAXA YouTubeチャンネル)

驚くべきはここからだ。SLIMは高度50m付近で自分の異常を検知し、自律的に「異常モード」に移行した。2機のメインエンジンは斜めにとりつけられ、横方向の推力が発生する。その推力を2機で打ち消しあう設計になっていたが、1機が失われたため、SLIMは横方向への移動を始める。その移動を抑えるように残ったエンジン1機が姿勢変更をしつつ着陸降下を継続。高度5mで二つのロボットを放出。そのままエンジンを下に向けた状態で0時19分52秒ごろ、月面に接地した。結果的に目標地点から約55m東の地点に軟着陸成功!

「飛行機に例えるなら、小型双発の飛行機がエンジン1基を失って何とか着陸した状態に近い。機長はSLIM君。よく着地でき、あの体制にとどまってくれた。審査員特別賞を与えたい」(坂井プロマネ)。太陽電池が地面側になる状態で接地していたら、復旧の見込みは断たれていた。よくあの姿勢でとどまったと。

予定していた2段階着陸は実施されなかった。横方向の速度や姿勢などの条件が仕様の範囲を超えていたためだ。接地後、SLIMがどうやって逆立ちのような姿勢になったかは、現在調査中とのことだ。

宇宙開発史に刻まれる写真「リベンジできた」

地上管制室のメンバーがSLIMの異常に気付いたのは、着陸直後。太陽電池からの電力が得られていないことが確認された時だった。幸運なことにSLIMとの通信は可能だった。電力が確認できないときの手順はあらかじめ決められていた。SLIM搭載バッテリを用いて、管制室では直ちに異常時対応手順を実施。

0時20分の着陸直後から2時57分に探査機電源をオフにするまでの約2時間40分、管制室のメンバーは冷静に作業を行った。その結果、画像データを含むSLIMの各種データをすべて取り出すことに成功。それだけでなく、着陸後に観測が予定されていたマルチバンド分光カメラによる岩石の観測も45分間にわたって実施することができた。

送られてきた画像のうち、もっともインパクトがあったのは冒頭の画像だろう。

SORA-Qが撮影した画像には自分の車輪が写っていた。その事実から、SORA-Qが着陸後に変形したこと、複数の写真の中からSLIMが写っている画像を選んで送る画像処理アルゴリズムが正しく働いたことがわかる。(提供:JAXA/タカラトミー/ソニーグループ(株)/同志社大学)

SLIMが着陸直前に放出した2機の超小型ロボットのうち、SORA-Q(LEV-2)が撮影した画像には、エンジンを上にして逆立ちのようになったSLIMの姿、月面の岩、宇宙の漆黒の闇、そしてSORA-Q自身の車輪もとらえられている。SORA-Qは世界最小・最軽量の月面探査ロボットになった。もう1機のロボットLEV-1は月面上を6回ホップ(跳躍)し、SORA-Qの画像を地上にきっちり送信してきた。残念ながらLEV-1撮影による画像は確認されていないが、2機とも世界初の完全自律ロボットによる月面探査を達成した!

そしてSLIM着陸直後、SLIMの状況がよくわからないとき、和歌山大学は口径12mのアンテナでLEV-1からのアマチュア無線が受信できたことをリアルタイムで中継、SLIMやLEV-1が生きていることをいち早く世界に発信したことも快挙だった。

SORA-Qについて説明するJAXA平野大地氏。SORA-Qは変形前直径8cm、変形後は約12cm、質量250グラムながら前後2台のカメラをもつ。画像処理でSLIMを検出、SLIM周辺を走行し撮影、複数画像からいい画像を選んで無線でLEV-1にデータ送信する。

坂井プロマネが「腰が抜けそうになった」というSORA-Qの画像。担当のJAXA平野大地さんは画像を見てどう思ったのか。「めちゃくちゃ複雑で色々な感情が大渋滞していた」と語る。

「まずは、ちゃんとSLIMが写っている画像を転送できて、開発者として『やった~』と。事前にSLIMがどういう状態かをある程度把握して想像していたが、ビジュアルな画像として見えて驚いた。一方で悔しいのは、画像真ん中にパケットロスが入ったことと画像のクオリティ。SORA-Qのセンサーは本当はもっと綺麗にとれるのに、データ通信の制限で圧縮し画像サイズを小さくせざるを得なかった」と溢れる思いを口にした。

実はSORA-Qの挑戦はこれが2度目だ。最初は2023年4月、ispaceの月着陸機に搭載された。着陸を目前にしながら月面ミッションを実施することはできなかった。

「今回リベンジできて非常に嬉しい。昨年4月はSORA-Qの運用すらできず、準備してきたことをまったく試せずに終わってしまい、月を見るたびに非常に悔しい想いをしていた。もちろん宇宙開発では起こりうることなので仕方がないと頭では理解して、悔しい想いをかみ殺す日々だった。今回は成功したので、月を見るときはにやにやしそうです(笑)」

SLIM復旧!観測スタート

SLIMのマルチバンド分光カメラ(MBC)による月面スキャン撮像モザイク画像。257枚の画像をつなぎ合わせたモザイク画像。(提供:JAXA、立命館大学、会津大学)
SLIMのマルチバンド分光カメラ(MBC)による観測候補岩石。犬の名前が付けられている。1月末の観測再開後まず観測されたのは、手前のトイプードル。(提供:JAXA、立命館大学、会津大学)

1月20日の月着陸後、SLIMは搭載していたバッテリの時間制限がある中、45分間にわたってマルチバンド分光カメラ(MBC)の観測運用を実施した。目的はターゲットとなるカンラン石がどこにどのくらいあるかを特定すること。257枚の画像を撮像し、ダウンリンクに成功。画像からは当初6つの観測対象(その後13か所に増加)が特定できた(犬の名前がつけられている!)。1月末、電力発生が回復、MBCによる10バンドの科学観測がさっそく開始された。

SLIMの成功基準は3段階に分けられている(サクセスクライテリア)。ピンポイント着陸を達成したことでミニマムサクセス、フルサクセスまでは達成。SLIMが目覚め、観測運用を実施したため、エキストラサクセスを達成する可能性も出てきた。

メインエンジンが一つ使えなくなる重要トラブルが起こったにも関わらず、世界初のピンポイント月着陸達成など多くの成果をあげられた要因を2点あげたい。一つはスラスタ故障時に探査機自身が速やかに異常モードに移行したこと、もう一つは着陸後に太陽電池の電力が使えないトラブルが判明した時に、あらかじめ用意していた異常時対応手順を迅速に実施できたこと。つまりは「事前の想定と準備」が偉業達成の要因ではないだろうか。さもなければSLIMは2機のロボットと共に月面に激突し、データが届くことなく、ミッションが終わった可能性もある。

SLIMは「降りたいところに降りる」という探査の新しい扉を開いた。「SLIMが着陸した場所はクレーターのはざま。普通に考えたら降りようとは思わない場所。でもSLIMが着陸したからには『行けるはずがない』と言えなくなった。スポーツではある記録が破られると続け様に記録がのびる。新しい探査をやろうとする人が出てくるだろう」(坂井プロマネ)

國中均JAXA宇宙科学研究所所長は63点と辛口の点数をつけながら「ピンポイント着陸技術を獲得したことは非常に大きなステップ。月の極域に降り立つこともできるし、火星衛星探査機MMXに応用展開される」と満面の笑みを見せた。

SLIMは月面の日没となる2月1日まで観測運用を続け、たくさんのデータを送ってきたという。月の起源解明に迫る観測成果が楽しみだ。

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