若田飛行士がJAXA退職、米アクシオム・スペースの民間宇宙飛行士に。その目的は
3月末のJAXA退職会見で、「有人宇宙飛行の現場で、生涯現役で頑張りたい」と語った若田光一飛行士。4月8日、米企業アクシオム・スペース(Axiom Space)は若田さんが宇宙飛行士兼アジア太平洋地域のCTO(最高技術責任者)として参画することを発表!今度は商業宇宙飛行のコマンダーとして民間人を率いるとともに、同社が掲げる商業宇宙ステーション構築に貢献していくことになる。
アクシオム・スペースは、NASAの元ISS(国際宇宙ステーション)プログラムマネージャが2016年に設立したスタートアップ。NASA元長官や元NASA飛行士らが所属するプロ集団で、商業宇宙ステーション構築を目標に掲げ、最初のモジュールを2026年頃打ち上げる計画を進める。ISSへ既に3回の商業宇宙飛行を実施。元NASA飛行士がコマンダーとなって民間人を率いている。
そのうちの一人、マイケル・ロペス=アレグリア飛行士は「光一さんは世界から認められたリーダーであり、宇宙探査の真のパイオニア。将来の民間宇宙飛行士のコマンダーとして彼をチームに迎えられることを光栄に思い、興奮しています」とコメントしている。
実は3月末の若田さんのJAXA退職会見後、ベテラン宇宙記者たちと「若田さん、アクシオム・スペースに行ったらいいね」と話していた。なぜなら同社が今、世界でもっともアクティブに民間の有人飛行をリードしているから。その目的は、商業宇宙ステーション構築。今まで自国の宇宙飛行士をもちたいと願いながら、飛行機会がなかった国に門戸を広げている点も特徴であり、宇宙をより多くの人に開く先駆的な活動を展開している。若田さんの新天地にぴったりだ。
改めて、若田さんのJAXAでの活動と、記者会見で語った内容を見ていこう。
ISSは永遠にあるわけではありません
5回の宇宙飛行、累積約504日間の宇宙滞在は日本人宇宙飛行士の中で最多・最長。若田さんの経歴には「日本人初」が並ぶ。日本人初のISS建設、日本人初のISS長期滞在、日本人初のISS船長‥。5回の宇宙飛行はどれ一つとして一筋縄ではいかなかった。機器の故障、致命的事故に繋がりかねない重大トラブルなどが土壇場で次々発生。だが、宇宙の現場と世界各地の管制局による密なチームワークで乗り切った。
その活躍の場は宇宙だけではない。2003年スペースシャトル・コロンビア号事故が発生、7名の仲間の命が失われた。シャトルの飛行再開には事故原因となった耐熱タイルを検査するロボットアームシステムの開発が条件に。NASA宇宙飛行士室代表として、その開発を成功に導いたのが若田飛行士だ。つまり若田飛行士が検査用アーム開発を担当しなかったら、シャトル飛行再開はもっと遅れ、世界の有人宇宙開発は停滞していたかもしれないのだ。
NASAでの若田さんの呼び名は「The MAN(男の中の男)」。卓越したロボットアーム操作技術はNASAでロボットアーム教官も務めるほど。その経験と人望からNASAのISS運用部門長を日本人で初めて務め、世界の有人宇宙開発を牽引した。
日本の有人宇宙活動の「顔」であるとともに、世界の有人宇宙活動のリーダーでもあるレジェンド、若田光一宇宙飛行士が2024年3月末でJAXAを退職した。
3月29日に開かれた記者会見で、若田飛行士はJAXAを退職するものの、「有人宇宙飛行の現場で、生涯現役で頑張りたいという目標にぶれはない」と明言。今後は活動の場を「民間に移す」という。その理由は「月や火星探査を含めた有人宇宙活動の発展のためには、民間主導の地球低軌道の活動の成功が、鍵になるから」と語る。
なぜ、地球低軌道(高度約400km付近)での民間の活動が、今後の有人宇宙探査の鍵になると若田さんは考えているのか。その点を質問した。
「ISSについて、日本を含め世界の政府レベルで2030年までの運用の合意がされていますが、ISSが永遠にあるわけではありません。今後人類が月や火星を利用していくときに、地球低軌道の拠点は無くてはならない存在です。より遠い宇宙を目指すための技術開発、実験をする場、宇宙飛行士が月に行く前に訓練する場でもある。
地球低軌道の活動を、2030年以降、政府主導でない形で実現していくには、民間がやっていくしかない。(そのためにも)今、ISSがある時に使い尽くすのが非常に重要。政府主導だった地球低軌道の利用で今後、民間が主導的な役割を果たす。これは私にとっても新しい分野ととらえ、そこに挑戦したい」と説明して下さった。
地球低軌道は民間へ、政府主導ミッションはより遠い宇宙へ
ISSが建設をスタートしたのは1998年、宇宙飛行士が生活し始めたのは2000年11月。約四半世紀にわたる活動によって、地球低軌道で人間が安全に暮らすためのノウハウは十分に蓄積されている。今やISSは開拓の場というよりは、民間に開かれた場であり、宇宙旅行者が毎年のように訪れるようになっている。ビジネスや宇宙旅行の場として、地球低軌道をより多くの人たちが活用する時代になったのだ。
そこで、ISSは2030年で運用終了。政府の有人宇宙活動は「アルテミス計画」などでより遠い月や火星を目指す。だが、月・火星の有人探査はISSより過酷だ。機器を月にもっていって「動かない」という事態が起これば、宇宙飛行士の生死に直結する。月に行く前に宇宙で検証を行う必要があるし、宇宙飛行士が訓練を積む場として低軌道は最適だ。だから地球低軌道の活動の場が必須であり、2030年にISSから商業宇宙ステーションにスムーズに移行できるかが、より遠くを目指す人類の先端的宇宙活動にも鍵となるというわけだ。同時に、商業化することで地球低軌道はより多くの人に開かれ、これまで想像もつかなかった多彩な活動が行われるに違いない。
では、具体的に地球低軌道の活動は今、どんな状況で今後どう進むのかを見ていきたい。
商業宇宙ステーション計画は3つ
NASAは2021年、ISSに替わる商用宇宙ステーションを開発する企業に対して資金援助を行う計画(Commercial Low Earth Orbit Destinations=CLD)を発表、同年末に3者を選んだ。ブルーオリジンやシエラ・スペースなどの「Orbital Reef」、ナノラックス、ボイジャー・スペース社などの「Starlab」、ノースロップ・グラマンのグループだ。その後、ノースロップ・グラマンは「Starlab」に参画。現在は2つのグループに集約され、それぞれNASAから追加資金を得ている。
「Starlab」も「Orbital Reef」もISSとは別の独立型商業宇宙ステーション計画だが、ISSドッキング型の宇宙ステーションを提案して2020年1月にNASAから選出されているのが、アクシオム・スペースのAxiom Stationだ。
過去の記事でも紹介しているが、最初のモジュールをISSに2026年頃にドッキング。徐々に拡張していき、ISSが2030年に退役する前に分離、独立した宇宙ステーションとして運用する計画だ。
ユニークなのは同社にNASAを引退した宇宙飛行士が複数いて、ISSへの商業宇宙飛行を既に3回行っている点。そのうちの一人、元NASAのペギー・ウィットソン飛行士に2023年にインタビューした際、「宇宙は今、とても面白い時期。今まで宇宙に関わっていなかった人や企業が関わり、より多くの人に開かれようとしている」と語ってくださった。
ペギーさんはAxiom2ミッションのコマンダーとして、2人のサウジアラビア人飛行士らを率いて2023年5月、ISSへ約10日間の飛行を行った。サウジアラビアのラヤナ・バルナウィ氏はサウジアラビア初の女性飛行士になり、多数の科学実験を行った。それらすべての経験が「Axiom Station」構築につながるとペギーさんは生き生きと語った。
商業宇宙ステーションとは別の、商業宇宙飛行プロジェクトも既に行われている。決済情報処理企業Shift4 PaymentsのCEOジャレッド・アイザックマン氏とSpaceXがタッグを組み、2021年にクルードラゴンで民間人4人だけによる3日間の宇宙飛行を行った。
注目すべきは今年後半にも行われる予定の「ポラリスドーン(Polaris Dawn)」ミッションだ。ジャレッド・アイザックマン氏×SpaceXによるクルードラゴンでの5日間の宇宙飛行中、民間初の船外活動を行う計画だ。メンバーのうち二人はSpaceXの社員。目的は「宇宙服の開発と船外活動の実施が、将来の月面基地や火星都市建設に向けた重要なステップになる」(Polaris Dawnウェブサイトより)。もしかしたら、アルテミス計画の宇宙飛行士より早く、民間飛行士が火星に到着するかも。そう思わせるほどの勢いがある。
日本は商業宇宙ステーションにどう関わるのか
これら商業宇宙ステーションに、日本はどう関わるのかも気になるところ。2021年、商社の兼松はシエラ・スペースと業務連携の覚書を締結、三井物産も同年アクシオム・スペースと資本提携。2024年4月にはスターラブスペースが三菱商事と資本提携したことを発表した。三井物産などは2023年9月、JAXAから米国の商業宇宙ステーションに接続するタイプの日本実験棟後継機の概念検討実施者に選ばれた。パートナー企業とともに検討が進められているようだ。
こんな風に、ISSから商業宇宙ステーションへの移行について、日本も具体的に検討を進めている。商業宇宙ステーションの日本モジュールが実現する可能性も出てきた。
この状況下で若田飛行士が、技術と経験と人脈をいかしアクシオム・スペースで地球低軌道の民間活動に尽力されることで、より多くの人たちに宇宙を開き、より遠い宇宙への人類の発展に繋がるのは間違いない。官民という枠を超えて、有人宇宙活動を進化させて下さることだろう。
若田飛行士の6度目の宇宙飛行は?
若田飛行士は6度目の宇宙飛行への可能性と意欲について、記者会見で問われた。「今、宇宙ステーションで飛行しているロシアのオレッグ・コノネンコさんは(6月まで飛行を終えれば)宇宙滞在日数は1000日を超えます。世界の宇宙飛行士には7回の飛行記録を持つ方もいる。6度だけでなく7、8度でも宇宙に行きたいと思っています。できるかわからないが挑戦はしていく」と語った。
60歳を超えても現役で活躍している宇宙飛行士は珍しくない。NASAは3月末、2024年末にドナルド・ペティ宇宙飛行士がISSに長期滞在することを発表したが、飛行時、彼は69歳になる。今後、若田さんが商業宇宙飛行のコマンダーとして、今まで飛行機会をもたなかった人たちに宇宙を開く。そんな姿をぜひ見てみたい。それはきっと実現するだろう。
会見中、若田さんはこれまでお世話になったたくさんの人たちの名前をあげて感謝を伝えた。信頼関係を何より大切にしていることが伝わってきた。その言葉を聞きながら、過去にインタビューさせて頂いた際、若田さんが大切にされてきた、ある言葉を思い出した。
それは「この一瞬を生きる」。目の前の人と出会いを大切にし「一緒に仕事をしてよかった、一緒にこの時間を過ごしてよかったと思ってもらえるように力を尽くす」と語った。毎回の宇宙飛行が最後と思い、全力で取り組んできた若田さん。その一瞬の全力の積み重ねが、今後も宇宙の新しい世界を切り開き、私たちをいざなって下さるに違いない。
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