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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

かつてない危機をどう乗り越えた?あらゆる人を宇宙へ—若田飛行士語る

2023年5月30日、JAXA東京事務所で。若田光一飛行士は2022年10月6日(日本時間)に打ち上げられ、157日間宇宙に滞在した後、2023年3月12日に帰還。

5回の宇宙飛行、宇宙滞在日数累計504.8日は日本人で最長(米ロ以外の宇宙飛行士では第一位)。ベテラン・若田光一宇宙飛行士が5回目の宇宙飛行について記者会見で繰り返したのは「過去5回の宇宙飛行でもっともトラブルが多いミッションだった」こと。「過去に経験したことのないトラブルが続いた」とも言う。いったいどんなトラブルが続いたのか。DSPACE単独インタビューでじっくり聞いた。

「一番大きかったのはソユーズ宇宙船の冷媒がリーク(漏れ)したこと」と若田飛行士は語る。3人の宇宙飛行士を乗せて2022年9月21日に打ち上げられ、約3時間後にISS(国際宇宙ステーション)に到着したソユーズ宇宙船(MS-22)から、12月半ばに熱制御システムの冷媒がリークし始めたのだ。宇宙飛行士が帰還できなくなる?事態はさらに複雑で深刻だった。

ISSに滞在する宇宙飛行士は、ISSで火災や急減圧などの緊急事態が発生した際、救命ボートに乗ってISSを去ることが決められている。その救命ボートには原則、地上から乗ってきた宇宙船を使う。若田飛行士はクルードラゴンでISSに到着したからクルードラゴンが救命ボートに。一方、ソユーズ宇宙船に乗ってきた飛行士はソユーズ宇宙船が救命ボートになる。その救命ボートの役割をソユーズ宇宙船は果たせるのかが問題になったのだ。「これまでにない緊急事態だったと思います」。若田飛行士はそうふり返る。

ソユーズ宇宙船から噴き出す冷媒。(提供:NASAテレビより)

ソユーズ宇宙船から冷媒が噴き出す衝撃的な映像は、地上でもニュースになった。ところが、ISSにいた若田さんは肉眼ではその様子を見ていないという。「船外活動の準備をしていたロシア人飛行士は肉眼で見たと思いますが、私はそのとき別の仕事をしていました。地上の管制センターから送られてきた映像を後で見て『こうなっているのか』と」。ただしリーク漏れの一報が届いた瞬間から、ISSにいる7人の宇宙飛行士たちは議論を始めた。

「リーク漏れがどの程度なのか。全部漏れているかどうかによって、宇宙船の冷却能力が異なります。クリスマス直前でしたが、アメリカもロシアも休日返上で毎日色々な検討をしてくれたし、我々も(地上の)フライトディレクタと、安全確保の手法をどう確立するか情報や意見交換をしていました」(若田さん)

ロシア人飛行士がロボットアームでソユーズ宇宙船を点検。(提供:NASA)

問題は、ソユーズ宇宙船の冷却能力がどれだけ失われているかデータがなく、どこまで危険なのか、なかなかわからなかったことだった。「結果的にソユーズ宇宙船(MS-22)は3月末に無人で安全に着陸していますが、人間が乗った場合に内部の温度がどのくらい高くなるのか、そのときは予測できなかった。データがない状態で安全側に考えて対策を講じないといけなかったのです」。

様々な調査と検討を重ねた結果、「緊急事態が起こった場合、ソユーズ宇宙船でISSに到着した3人の宇宙飛行士のうち2人のロシア人飛行士はソユーズ宇宙船で、もう1人のアメリカ人飛行士はクルードラゴンに(5人目として)搭乗する」ことに決まった。

クルードラゴンでISSに到着した4人の飛行士(右から若田飛行士、NASAニコール・マン飛行士、ジョシュ・カサダ飛行士、ロシアのアンナ・キキナ飛行士)。緊急事態にはここに5人目が搭乗することに。(提供:NASA/SpaceX CC BY-NC-ND 2.0

「前代未聞です。全てのケースを検討しました。星出飛行士はヒューストンにいて、クルードラゴンにソユーズ宇宙船の椅子を運んだ場合に、装着をどうするかという技術検討に参加しました。全世界のチームが1つになって対応を考えたんです。結局、(ソユーズ宇宙船の代替船が2月末に到着するまで)ISSで緊急事態は起こらず、ドラゴンに装着した椅子を、ソユーズ宇宙船に戻したんですけどね」(若田さん)

ソユーズ宇宙船(MS-22)に搭乗した飛行士。左からNASAフランク・ルビオ飛行士、ロシアのセルゲイ・プロコピエフ飛行士、ドミトリー・ペテリン飛行士。緊急時にはNASAルビオ飛行士がクルードラゴンに乗ることになった。(提供:NASA)

今まで4人しか乗ったことのないクルードラゴンに5人目を乗せる。しかもソユーズ宇宙船で使っていた座席を使う(ソユーズ宇宙船の座席は独特で、宇宙飛行士一人一人の体型に合うよう石膏で型をとり特注する)。宇宙服も違う。クルードラゴンとソユーズ宇宙船は、「スマホと黒電話」と表現されるように設計思想が180度異なる。どうやってソユーズ宇宙船のシートや宇宙服でクルードラゴンに搭乗可能になったのか、非常に興味深い。

ともあれ乗ってきた宇宙船で緊急脱出するという従来のISSのルールを抜本的に変え、宇宙で様々な手順の変更を行った。「(ISS参加国、スペースXなどの)国際協力で技術的検討がタイムリーに進められ、全員が緊急事態でも避難できるように準備したのは大きな成果だった」と若田飛行士。ちなみに2023年2月にISSにドッキングしたプログレス補給船からも冷媒漏れが発生。相次ぐ冷媒漏れの原因は調査中だ。

増えているスペースデブリ

2023年2月2~3日、若田飛行士は2回目の船外活動を実施。ツールが壊れるなど様々なトラブルがあったが、作業は成功。「ISSの端で作業したとき、ここが有人宇宙活動の果てなんだと。その先に広がる星々や月が、さらに遠くの有人宇宙探査に導いてくれると感じた」と語る。(提供:NASA)

その他にも、2022年11月に打ち上げられた米国のシグナス貨物船が、ロケット発射時に太陽電池パネルの片方を損傷して使えなくなるというトラブルが発生。ISSに届ける荷物の一部に電力が供給できなくなった。実験ペイロードにどういう処置を行う必要があるかについて、宇宙と地上間で協議、トラブルシュートを行った。

そして、「今回、スペースデブリ(宇宙ゴミ)が増えていることが印象に残った」と若田さんは語る。例えば2022年12月21日、NASA宇宙飛行士が宇宙服に着替え、船外活動の準備をしている際にスペースデブリが検知され、実施が翌日に延期された。そのときデブリはISSから400m以内まで接近していた可能性があるという。ソユーズ宇宙船の冷媒漏れからわずか1週間。本当にトラブル続きである。

ISSでは10センチ以上のスペースデブリを観測し、予測軌道から衝突の可能性ありと判断されると、ISSの軌道を変えてデブリとの衝突を避けることになっている。「軌道修正マヌーバ」と呼び、今回の飛行中は12回計画され4回実施。デブリに関する通知は、ヒューストンの管制局に600回以上届いたそうだ。そのうち「何時何分にどのくらいの速度で軌道修正マヌーバを実施する」と計画がたてられたのが12回、最終的に実施したのは4回。「けっこう多い」と若田飛行士。

それだけでなく、デブリを検知したものの軌道修正マヌーバが時間的に間に合わず、「最終手段として、ISSから緊急脱出できるようクルードラゴンに逃げ込んだことも1回ありました」(若田さん)。こうした事態が発生するから、宇宙飛行士の命を守るために、緊急避難用の宇宙船を準備しておかなければならないのだ。

宇宙飛行士にできることは限られる—全世界のチームの結束がカギ

2022年11月9日、ISSのロボットアームにキャプチャされる直前のシグナス貨物船。太陽電池パネルの片方が損傷している。(提供:NASA)

ここで疑問が浮上する。宇宙活動が拡大するにつれてスペースデブリが増えるのは理解できる。だが2000年に人間がISSに滞在し初めてから20年以上。シグナス貨物船やソユーズ宇宙船は何度も打ち上げられているのになぜ今、トラブルが頻発するのか?

「宇宙開発には常にリスクがあります。ギリギリの設計と軽量化の必要もある。リスクを想定した上で設計・製造・運用を行っています。そしてリスクがあったとしても人間が介在することで成果をあげることができる。100%の成果は出ないかもしれないが、80%の成果を出せるのは人間が緊急対応できているから。今回それを実感することが多かったですね」

だが今回クルードラゴンに搭乗した4人のうち、若田さん以外の3人は初飛行、ソユーズ宇宙船に搭乗した3人のうち2人が初飛行という「ルーキー(新人)」が多いミッションだった。

2023年3月6日、Crew-6の4人が到着し11人で記念撮影。数々のトラブルを乗り越え、チームの結束はより強まった。若田飛行士らCrew-5チームは約1週間後に帰還した。(提供:NASA)

ルーキーが多かったのによく、トラブル対処できましたね。と若田さんに聞くと「宇宙飛行士にできることは限られている。地上からやれと言われたことをやるしかない。鍵は地上チームの結束です。今回は地政学的に米ロの関係は今までと違いました。そういう難しい状況でも、安全上のクリティカルな意思決定を行って(危機を)乗り越えた。管理部門の皆さんに敬意を表します」。

地上で何が起ころうと、宇宙では今までと変わらず「宇宙飛行士の安全」を第一に強固な国際協力が実現できていることが若田さんの言葉から伝わってきた。日本のチームも経験値があがっている。「トラブルが次から次へと起こったが、そのたびに素晴らしい活動をしてくれた。例えばトラブルが起こると、明日やろうと思っていた実験が一週間ぐらい飛んでしまう。リスケが大変なんです。うまく(日本の)チームが頑張ってくれて、成果をあげることができました」

「きぼう」船内実験室に星出飛行士が入室してから2023年6月5日で15周年。その記念イベントで。日本の運用チームの技術と経験は確実に蓄積されている。(提供:JAXA)

あらゆる人が宇宙に行けるように

2021年9月、宇宙飛行したヘイリー・アルセノーさんはがんサバイバーで、人工義肢をつけて飛行した。(提供:Inspiration4 crew CC BY-NC-ND 2.0

宇宙にはリスクがあることを忘れてはならない。だが人類の宇宙活動の経験値が上がった今、宇宙と地上チームの結束があればトラブルシュートできる。そう理解すれば、必要以上に恐れることもない。

そこで聞きたかったのが「あらゆる人が宇宙に行くにはどうしたらいいのか」という点。

今、ISSが飛ぶ地球周回低軌道は、民間人に開かれている。5月には元NASAのペギー・ウィットソン飛行士が民間初の女性船長としてサウジアラビア人2人を含む3人の民間人を率い、ISSへの約1週間の旅を成功させた。飛行を実施したのは商業宇宙ステーションを計画するAxiom Space。同社は今年後半にも次の民間宇宙飛行を計画している。

一方で、宇宙に行けるのは超優秀な宇宙飛行士か、大金持ちという印象が未だに根強い。以前、視覚に障害のあるパラアスリート、富田宇宙さんが宇宙を目指し無重力飛行を実施したインタビューを紹介したが、障害がある人を含めあらゆる人に宇宙が開かれるには、何が必要で何ができるのか。

若田さんはこう語った。「すべての人が優れた能力やユニークな力をお持ちだと思う。障害というとネガティブな響きがあるが、1つの個性に過ぎないのかなと思う。宇宙に限らず、それぞれの人が自分の個性をいかして活躍できる場を提供していく必要があると思います。

その意味で、欧州宇宙機関が選んだ『パラアストロノート』は宇宙飛行は決まっていないものの障害を持つ人が訓練をする。彼らも試行錯誤しています。(前例がないからと門戸を閉ざす)やり方は一番簡単な方法ですが、私がこの仕事をやっていて重要だと思うのは、前例ではなく『今、やらなくてはいけないことは何か』。その意味で飛行機会を作るのは重要です」。

飛行機会の例として若田さんが例にあげたのは、2021年9月にクルードラゴンで実施された民間人4人による地球周回飛行「インスピレーション4(Inspiration4)」だ。

「『インスピレーション4』では人工義肢を装着したヘイリー・アルセノーさんが宇宙飛行されました。NASAがやっていなかったことを実現したのは、スペースX。民間宇宙活動の一環です。政府主導の活動では難しかったことが民間の宇宙参入でどんどん展開されている」

若田さんは前回の宇宙滞在中、車椅子の天才宇宙物理学者スティーヴン・ホーキング博士と交信したという。

「彼は無重力飛行も体験されています。どうしても宇宙に飛び立ちたいという情熱がある人には、機会を作っていく必要があります。無重力の環境なら足の不自由な方が歩行する必要が基本的にはなく、手で固定できればいい。手の不自由な方も大きな力がなくても移動できます。手足の不自由な方がそんなに困ることはなく、宇宙で色々なことができるのではないか。もちろん安全が一番重要で、きちんと検討する必要がありますが、そこを突きつけていけば、もっと多くの人が宇宙や無重力飛行の経験は十分できると思います。一つ一つその場を拡大していくことが必要です」

最後に若田さんに5回も行きたくなる宇宙の魅力を尋ねた。「宇宙は創造の空間です。毎回、新しい発見と挑戦の連続で、どれ1つとして同じものはなかった」。あらゆる人が宇宙に行き、それぞれの新たな発見と創造が実現できるように。前例にとらわれず扉が開かれることを願う。

ISSの展望窓「キューポラ」から手をふる若田飛行士。(提供:NASA)
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