地上ともぴったり息のあった「ISS船長」へ—大西卓哉飛行士が語る自信と意外な一面
2024年は本当に宇宙の話題が多い年だった。記者会見がいくつも重なり、泣く泣く参加できないものもあった。2025年はもっと宇宙の話題が多くなりそう。そう予感する理由の一つは、大西卓哉JAXA宇宙飛行士が2025年3月以降にスペースXのクルードラゴン宇宙船でISS(国際宇宙ステーション)へ行き、約半年間の滞在後半(第73次長期滞在)に日本人で3番目となるISS船長に就任することが決まったからだ!
ISS船長は2014年の若田光一飛行士、2021年の星出彰彦飛行士以来、日本人宇宙飛行士で3人目。そもそも大西飛行士らが選抜された際は「コマンダーになれる人材」が目標でもあった。大西飛行士は全日空の副機長としてリーダーシップやフォロワーシップ、チームワークなどを体得している。さらに私が注目するのは、大西飛行士が初飛行後の2020年1月、JAXAのフライトディレクタに認定されたこと。フライトディレクタの経験をもつ日本人ISS船長は初めて。宇宙と地上の両方の現場を知り尽くしているから、みんなが仕事を進めやすい、ハッピーなミッションになりそうだ。
2024年11月末、DSPACE取材班はそんな大西飛行士に単独取材をすることができました!(この時はISS船長の発表前でした)。
フライトディレクタの経験はどう生きる?
- —打ち上げが近づいてきましたね。大西飛行士は2020年1月にフライトディレクタに認定されました。その後野口飛行士、若田飛行士、古川飛行士のミッションがありましたね。
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大西飛行士(以下、大西):
先輩方のフライトをコンソール(管制卓)から指揮したりしてましたね。
- —初飛行のあとに地上では膨大な情報を抱えているが宇宙飛行士に伝えられるのはほんの一握りであること、宇宙飛行士で初めてフライトディレクタになったNASAの宇宙飛行士の存在にも刺激を受けたと仰ってました。実際に経験してみてどうですか?
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大西:
フライトディレクタを経験する前は、本当に自分の仕事の領域しかみてなかったんですが、今はフライトディレクタとして、地上の一通りの仕事をみているので、もうちょっと広い範囲を見ながら仕事ができると思います。
- —なにか発見みたいなことってありましたか?
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大西:
地上がどんなことを気にしながら、飛行士の作業をサポートしてるかっていうのはだいたい勘所は掴んでいますね。
- —たとえば?
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大西:
細かいところで言えば、実験ではサンプルが成果の一番コアな部分なんです。サンプル番号などを取り違えないように地上は神経を配っているので、彼らが安心できるようにカメラの見やすい位置で作業してあげたりとか、そういう配慮はできると思います。
- —地上の研究者や管制官が気にするポイントを、宇宙飛行士が配慮してくれるって本当にありがたいでしょうね。以前、DSPACEでHTVフライトディレクタの内山崇さんと対談して頂いたときに「優秀なフライトディレクタは宇宙飛行士をうまく手のひらで転がして成果を出させる」と仰ってましたが、転がすことはできましたか?
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大西:
やろうとは頑張りましたけど(笑)どこまでできたか・・でも宇宙と地上で「息が合う瞬間」ってあるんですよ。息が合わない、つまり微妙なタイミングのずれや言葉のちょっとした誤解が雪だるま式に積み重なってぎくしゃくしたままでいると、一見簡単な作業でも意外と苦戦します。でもお互いの息がぱっちり合致した時って、3時間ぐらいの長いタスクでもばーってスムーズに進んだりすることがある。そういうのはたぶんお互いの阿吽の呼吸。僕は自信があります。地上も宇宙もお互いの仕事を理解できていると思っているので。
- —やっぱり相手の理解がベースってことですか?
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大西:
そう思いますね。
- —今回、宇宙でがんの治療薬の効き目がどうなるかショウジョウバエで調べたり、月周回基地ゲートウェイに搭載される二酸化炭素除去システムをISSで実証するなど興味深い実験が色々ありますね。大西飛行士が楽しみにしているのは?
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大西:
材料を浮かべて溶かす「静電浮遊炉(ELF エルフ)」っていう装置を使った実験です。僕が前回宇宙で作業したときは細かい色々な不具合があったんですが、ソフトウェアや装置を改良した結果、今フル回転しています。企業の人たちがお金を払っても利用して、とりたいデータをとっている装置なんですよ。
- —2000度以上という非常に高い温度で浮かべたまま溶かして物性を調べるという、「きぼう」を代表するような実験装置なんですよね。そのエルフで太陽系初期に作られた直径1㎜程度の微粒子の再現実験を行うそうで、おもしろいなと思いました。
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大西:
そうなんですよね。太陽系の初期の段階でコンドリュールっていう小さい粒が形成されているんですが、そのできたプロセスがよくわかってない。エルフで太陽系初期の状態を再現して、同じものができれば「こういう環境でコンドリュールが形成されたんだな」と掴もうとされている。エルフは物質の表面張力や粘性みたいなデータをとるのを目的とする実験が、たぶん一番多いんですけど、この実験は(微粒子ができる)プロセス自体を観察しようとしている。「そういう利用もあるんだ」ってすごく面白いですね。
月探査を想定したパンゲア訓練
- —大西さんは2030年に運用終了が予定されているISSへの長期滞在は、これが最後になるかもしれないと会見で仰っていました。月探査に関してはどうですか?
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大西:
行きたいのは間違いなく行きたい。自分が月面に立つ日本人の二人のうち一人になれればとは思いますが、一方でタイミングというのもどうしてもある。ISSがなくなると宇宙飛行機会はたぶん、格段に減ります。この仕事は自分の努力だけでどうにもできない部分が確かにあって、あくまで自分にできることを淡々と着実にやっていくことが自分にできる精一杯かなと思っています。
- —確かにその面はありますね。一方で、大西さんは2023年に欧州で行われたPANGEA(パンゲア)訓練にJAXAから初めて参加されました。月や火星探査のため基礎知識と実践スキルを身に着ける目的で、例えばカナリア諸島の溶岩チューブで訓練されていますよね。訓練で印象に残っていることを教えてください。
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大西:
宇宙飛行士だけでチームを組んで、遠くにいるインストラクターに音声とカメラ映像をもとに探索をしていく訓練がありました。「月面のミッションってこういう感じなのかな」というリアリティがあって非常に興味深かったのと同時に、すごく難しかったですね。
- —どんな点が?
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大西:
自分が見ている景色を、科学的地質学的な解釈をまぜながら、こういったところがこの地形のポイントになりそうだと科学者に説明しないといけない。非常にハードルが高いなと。
- —地質学の知識も要求されるってことですかね。
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大西:
されますね。現場で一番の情報量を持っているのは自分たちなので、まず自分たちが地質学的な知識で情報をフィルタリングして地上に最適な情報を届けるのがたぶん重要なポイントかなと思います。そこがISSでやっていることとは全然違うなと強く感じました。
- —自分の解釈が必要という点で?
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大西:
はい。ISSでは地上で完全に練り上げられた手順を私たちが宇宙でやるという感じなので、宇宙飛行士が何か自分なりの解釈を加えるなんて場合はまずないんです。そういう点ではまったく違うオペレーションだなっていうのは面白かったです。
- —大西さんも訓練の間に地質学の知識を得て、解釈を伝えて行ったんですね?
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大西:
自分なりには頑張りました。
クルードラゴンの発射台は、「高所恐怖症」にとってOK?
- —ところで、大西さんといえばパイロットだけど高所恐怖症・・。ソユーズ宇宙船は発射台のエレベーターを降りた場所も建物に覆われていて大丈夫だったそうですが、クルードラゴンではどうでしょう?
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大西:
このあいだNASAケネディ宇宙センターの発射台の見学に行ったんですけど、ふきっさらしで(笑)。クルードラゴンに乗り込むところはアクセスアームに囲われているんですけど、そこに行くまでがふきっさらしでしかも床は金網のメッシュ状。たぶん、ぼく下を見なかったんですけど、見たら地上まで見えるような構造になっているんで、そこはちょっと怖いですけどね。それから緊急脱出用の、冗談みたいな脱出装置があって(笑)。使わないことを祈ります。高所恐怖症にはけっこう厳しい環境でしたね(笑)
- —どうやって対処なさっているんですか?
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大西:
基本、(下を)見ないって感じです。宇宙船に乗ってしまえばなんてことないので!
高所恐怖症だけど、宇宙船に乗ってしまえば大丈夫とは不思議な感覚ですが、そのあたりが大西飛行士の魅力でもありますね。来年の大西船長の活躍に注目です。2025年も今年同様、様々な人工衛星や宇宙機が打ち上げられ、地上の暮らしに貢献していくことでしょう。どうぞよいお年を! そして来年もDSPACEをどうぞよろしくお願いします。
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