準天頂衛星「みちびき」7機体制へ—「マイハザードマップ」を作る中学生の期待
知らない場所に行くとき、欠かせないのがスマホの経路検索。同様にカーナビなしの運転は不安だし、自動運転も当たり前になってきた。これらに活用されているのが「測位衛星」。アメリカのGPSが知られるが、日本の測位衛星が準天頂衛星「みちびき」だ。
「測位衛星は水や空気と同じぐらい日常に溶け込んでおり、24時間365日止めてはいけない」と内閣府準天頂衛星システム戦略室長の三上建治氏はいう。測位衛星は精密な原子時計を3台搭載、「正確な時刻情報」が社会的経済的に与えるインパクトが非常に大きいのだと。測位衛星による正確な時刻は電子商取引のタイムスタンプ、送電網管理スマートグリッド、携帯電話基地局の時刻同期などに使われ、タイミングがずれると大混乱を招きかねない。私たちの気づかないところで測位衛星は社会を支えている。
準天頂軌道衛星は、南北非対称の8の字を描くような軌道を飛ぶ衛星で、日本上空に長くとどまる。2010年9月に「みちびき」初号機を打ち上げ、2018年11月からサービスを開始。現在は準天頂軌道に3機、静止軌道に1機の4機が運用中で、常に2機が上空に見えている状態だ。
だが正確な位置と時刻を特定するには、最低4機の測位衛星が必要になる。そこで現在は米国GPS衛星などからの電波も2機以上受信している。日本の「みちびき」だけで測位を実現するために、今年度から来年度にかけて3機の「みびちき」衛星を打ち上げる計画だ。
7機体制に向けて、今年度中に打ち上げられる予定の「みちびき」6号機が三菱電機鎌倉製作所で公開された。5、7号機は2025年度に打ち上げ予定。6号機が先に打ち上げられる理由は、静止衛星であり航空機用のサービス(SBAS:衛星航法補強システム)用のアンテナも搭載するなど、機能が多いこと。
「みちびき衛星で特徴的なのは中心にある直径1.8mのL帯アンテナ」と三菱電機鎌倉製作所の柳生伸二氏は説明する。L帯にも色々な信号(L1、2、5、6)がありアンテナ素子が20ほど詰まっていて、一斉に電波を出す。初号機、2/4号機はもう少し背の高いアンテナだったが、なるべく平たくして周囲のセンサーやアンテナが出す電波と干渉しないよう、三菱電機が新しく開発したという。
ところで衛星を見て気づいたのが「黒い」ということ。衛星って金色の断熱材(サーマルブランケット)に包まれてなかったっけ? 実は静止衛星でよく使われるのは黒い断熱材。「金色の断熱材はポリイミドという樹脂が使われていますが、黒いのはポリイミドにカーボンを混ぜ込んだものです。カーボンを混ぜることで導電性が出る。衛星が宇宙空間のプラズマの影響を受けて帯電するのをなるべく少なくしています」とのこと。低軌道衛星で金色の断熱材がよく使われているのは、地球で反射した太陽光で衛星が温められるのを防ぐためだと。
5~10mの測位精度を1mに
GPS衛星は31機で運用中だが、日本上空で天頂にあるとは限らないため、「みちびき」の機数が増えるほど、測位誤差が小さくなる。さらに「みちびき」5~7号機では現在5~7mの測位精度を1mにあげる「高精度測位システム」の実証がJAXAによって行われる。3機の「みちびき」の衛星間の距離を計測すること、衛星–地上間で双方向に距離を測ることによって「みちびき」の位置と時刻をより正確に特定する。5~7号機に実証用のアンテナなどを搭載。7号機打ち上げ後、3年間の実証を行う。将来、私たちのスマホで受信できる測位精度が1mと飛躍的な向上が期待される。
「みちびき」の特徴—センチメートル級測位
1mの測位で驚くなかれ。日本の「みちびき」だけのサービスとして、センチメータ級の測位がすでに実施されている。衛星からの信号は対流圏などを通過する間に遅れが出て、位置情報などに誤差が生じる。そこで地上の電子基準点で観測したデータからその誤差を高精度に推定し、補強信号を送るのがセンチメータ級測位補強サービス(CLAS:シーラス)だ。補強信号を受信した受信機は瞬時に補正、水平方向6cm、高度方向12cm(静止時)という高精度の位置計測を実現できる。現在は専用の受信機が必要だが、自動車、道路、海洋分野など利用は広がっている。
実は、CLASを自分の街の防災マップ「マイハザードマップ」作りに活用しようと数年間にわたって取り組んでいる中学生がいる。昨年の記事で紹介した「測量女子」こと、茨城県の鈴木泉輝(みずき)さんだ。今年も宇科連で、進化した研究内容を発表し専門家を唸らせている。
中学生が挑む―衛星測位を活用した「マイハザードマップ」
少しだけ背景説明を。鈴木さんは小学生の頃、祖母が住む茨城県ひたちなか市のハザードマップをもっと見やすくできないかと「マイハザードマップ」作りに挑戦。1年かけて71地点の水準測量を行い、ハザードマップを作成したものの、時間と手間がかかることを痛感した。
道路や建物の状況は変化する。できれば1年に1回はマップを更新したい。効率よく手軽にハザードマップを作るにはどうしたらいいか、模索する中でたどり着いたのが「宇宙」だった。三菱電機からCLASを受信できる簡易測位端末ユニットを借り、約10日間で30か所以上の計測を実施。水準測量に比べて圧倒的に短い時間で計測でき、精度についても水準測量との差が非常に小さいこともわかった。
ただ課題が残った。計測のたびに、衛星から電波を受信しセンチメータ級測位ができる状態(FIX)になるのを待つのだが、その時間を短縮できないか。特に建物の近くではFIX状態になるまで時間がかかったことだった。
二つの実験―移動しながら計測。そもそも計測しやすい条件とは
そこで、今回はより効率のよい測量を目指し、主に二つの観点から実験を行った。まずは移動しながら計測すること。手作りの台車にCLAS計測システムを載せて、FIX状態を保ったまま、ゆっくりと移動。道路上の各点の高度を計測した結果、一本の道路の傾き(高低差)がよりわかりやすくなり、水が溜まりやすい場所が一目瞭然となった。
一方、移動中にFIXが外れると最初から計測のやり直しになり、時間をロスすることがあった。そこで二つ目の実験。条件の違いによって、計測のしやすさがどう変わるか。具体的にはFIXするまでの時間を調べた。
条件は二つ。アンテナの「高さ」。そして「建物との距離」。高さは85cmと5cmの2種類、建物との距離については「家のそば」「見通しの良い場所」などで実施。地面から高いほうがFIXしやすく、これは「地面からの反射波の影響がないため」と鈴木さんは判断。また家に近いとFIXの時間が長くなる。「衛星が家に隠れて計測に使える衛星数が少なくなるため」と判断した。
その後、移動しながら同様の実験を行い、効率的に計測を行うには「できるだけ建物などが少ない場所で」「アンテナの位置は高い」方が望ましいと結論づけた。アンテナの高さよりも「建物との距離(障害物のあるなし)」の方が計測に影響があることもわかったようだ。
CLAS計測器を用いて地域を実際に計測して回る中学生は、おそらく日本中でも鈴木さんだけ。その発表を専門家たちは熱心に聞いていた。発表後には「FIXのしやすさに計測を行う時間帯(朝なのか昼なのかなど)が関係あるのでは?」「測位衛星の数や配置が見られるアプリがあるので、事前に調べて条件のいい時にやったら?」などの意見が寄せられた。
もちろん鈴木さんはアプリの存在を知っており、衛星の配置条件がいい時間帯も把握していた。だが、計測したのは猛暑の夏休みの一日。衛星配置がいいとされた昼間に実施すると、スマートフォンが熱暴走を起こし使えない。また、道路の中央付近で計測をするには交通量の多い昼は難しかった。そのため早朝に実施。「次は衛星の『数』や『配置』を事前に見て、測位しやすい時間にやってみて、そうでないときとの違いを知りたい」「『みちびき』の数が増えたらその効果も知りたい」と鈴木さんは既に次の目標に向かっている。
指導教官を務めた東京大学の中須賀真一教授は、鈴木さん、三菱電機の社員と一緒に夏休みの早朝5時から台車を引っ張って実験に参加。鈴木さんの論文については「どういう環境が観測によいか、仮説をたてて実験をして検証したという点で非常に良かったと思います」と評価する。
同世代とハザードマップ作りを
去年に比べて、今年はより専門的な発表となった。「難しいなと思うときもあるけど、実験の仕方や時間帯で計測のしやすさが異なってやっぱり面白いなと思いました。どうしたら効率的にマイハザードマップを作れるかを知るには、やはりツールを知り尽くさないと」。
その考え方はもはや研究者だ。でも本来の目標はぶれていない。「私は東日本大震災の年に生まれました。津波の話を聞くけれど、被害は実感として知らない。今年は能登半島地震もあり、いつ災害が起こるかわからない。マイハザードマップを私たち世代が自分で作ることで災害の意識が高まるんじゃないかと思います。そのために『こうすれば簡単にできる』という、測位衛星を使ったハザードマップ用のマニュアルを作りたいんです」。
その目的意識の高さに感嘆するばかりだ。準天頂衛星みちびきが7機体制、将来的に11機体制になればマイハザードマップ作りに貢献するのではないか。それが教育や、青少年の防災意識の向上に繋がれば素晴らしい。「みちびき」の機数増加が、鈴木さんの今後の研究にどう活かされていくか注目していきたい。
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