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ライター 林 公代 Kimiyo Hayashiライター 林 公代 Kimiyo Hayashi

「壮大なプラモデル」SLIM組み立て術と「育ての親」が語る月着陸機の舞台裏

左から徳村秀哉さん、前田天さん、小倉友樹さん。

探査機や人工衛星の記者会見では、プロジェクトマネージャーや設計・開発者が説明に出てくることが多い。だが、表舞台に出ない人たちは多数いる。彼ら彼女らの誰一人欠けても、探査機が完成し、宇宙で仕事をすることはできない。今回は、縁の下の力持ちを紹介したい。月着陸機SLIMを組み立てるワークリーダーと、テストしながら育てていく「育ての親」、品質管理部門の方たちだ。

探査機組み立ては「壮大なプラモデル」

小倉さんは衛星や探査機を組み上げるお仕事ですね。どうやって組み立てていかれるのでしょうか?
小倉友樹(以下、小倉):

他社からの支給品や、社内から上がってきた機械部品や機器、ハーネス類を組み上げていきますが、組み立て手順は技術側の設計者が考えて、図面に記されています。基本的に図面通りに組み立てていく。わかりやすく言うなら「壮大なプラモデル」です。

プラモデルと聞くとぐっと身近になります(笑)
小倉:

もちろん難易度は高いんですが、図面を見ないとできないという意味で。届いた機器を衛星の中に組み込んでいって、フェーズごとに品質管理さんに試験を頼んで、問題なければ次の組み立てに移る。徐々に完成形に近づけていく感じです。

小倉友樹さん 三菱電機鎌倉製作所宇宙製造部 組立工作課 システム組み立てワークリーダー。2012年入社 工業高校の専門は電子情報科
プラモデルだとすると、部品は何点ぐらいですか?
小倉:

1万点ぐらいじゃないですかね、たぶん。

三菱電機鎌倉製作所から射場へ輸送するため、SLIMをコンテナへ積み込んでいるところ。(提供:三菱電機)
1万点!SLIMは何人ぐらいで組み立てたんですか?
小倉:

4、5人ですかね。衛星が小さい分、一人が衛星にアクセスしたら、もう一人は反対側でしか作業できないんです。部品ごとの組み上げ時はもっとたくさんいましたが、合体しちゃうと、前後左右で最大4人ぐらい。

そもそも組み立ての方は入社後の訓練とかがあるんですか?
小倉:

私が入社した時は、1年間研修して最後に社内の規則に従ったものを作って、合格すれば配属されます。2年おきに試験を受けて更新することで品質が保証されている。資格も色々あって、例えば接着作業は社内の規格に合格しないと作業はできません。

なるほど。あとでまたじっくり聞かせて下さい。

「衛星の育ての親」

前田さんと徳村さんは品質管理部門ですが、「品質管理」って何をするんでしょうか?
徳村秀哉(以下、徳村):

一言でいえば、テストエンジニアです。設計者が「衛星の生みの親」だとすると、私たちテストエンジニアは「衛星の育ての親」。

テストをしながら衛星を育てていくんですね。前田さんは電気、徳村さんは機械のご担当ですね。前田さんはSLIMで何を担当されたんでしょうか。
前田天(以下、前田):

初期のエンジニアリングモデル(EM)段階でのシステム試験です。種子島宇宙センターでの打ち上げ作業も担当しました。

前田天さん 三菱電機鎌倉製作所宇宙製造部 品質管理第一課。2009年入社。工業高校時代の専門は電気科。
エンジニアリングモデルとは設計に基づいて作る初期のモデルで、様々な試験を行って、実際に飛ぶフライトモデル(FM)を作るための問題の洗い出しをするモデルですよね。システム試験って、どんなものですか?
前田:

電気と機械に大きく分かれますが、共通する主な試験では、構成機器の通信が正常にできるか確認する「インテグレーション試験」、システムとして動作するか確認する「電気性能試験」、打ち上げ時や宇宙環境を模擬した状態で正常に動作するか確認する「機械環境試験」などがあります。

宇宙環境を模擬できる巨大な真空チャンバーの中で熱真空試験を行う。三菱電機鎌倉製作所で。(提供:三菱電機)
種子島宇宙センターでは打ち上げ作業をなさったということですが、どんな内容ですか?
前田:

打ち上げ後はSLIMが半自動で動くようにしないといけないので、「打ち上げ何分後にこういう動作をします」というようなコマンド(指令)をあらかじめ設定しておきます。

打ち上げの何時間前ぐらいから作業が始まるんですか?
前田:

前日の19時ぐらいから徹夜です。設定自体は打ち上げ15分前には全部終わらせます。

なるほど。徳村さんは機械系のシステム試験を行ったんですね。
徳村:

はい。システム試験の最初から最後まで携わらせてもらいました。

EMの試験とフライトモデル(FM)試験の内容は違うんですか?
徳村:

やっていることはほぼ同じですが、内容が違います。例えば振動試験ではEMの方がかける振動が大きい。攻めたことをやります。SLIM特有の試験では、着陸の時に受ける衝撃の試験、SLIMをハンマーでたたいてみる試験もありました。

徳村秀哉さん 三菱電機鎌倉製作所宇宙製造部 品質管理第二課。2019年入社。大学、大学院では機械工学を専攻。
ハンマーでたたく!何のためですか?
徳村:

EM試験で(打ち上げ時を想定した)音響試験の結果があまりよくなくて再調査するためです。音響や振動試験で取れないデータがSLIMをたたくことでわかる。

振動試験準備の様子。(提供:三菱電機)
徳村さんは射場作業も行ったと聞きました。
徳村:

SLIMを三菱電機鎌倉製作所から種子島宇宙センターに送り出してから、現場作業リーダーとして射場での試験、ロケットへの搭載作業などを行い、整備組み立て棟から移動発射台にSLIMを搭載したロケットが移動する時も一緒に歩きました。システム試験から打ち上げ成功まで、物理的な意味で一番「SLIMの傍らにいたのは私」だと自負しています。

足と背筋をプルプルさせながら組み立て

SLIM愛が伝わります。改めてSLIMで大変だったことを聞かせて頂けますか。
小倉:

エンジンを噴射するスラスタは繊細なものですが、すべて組み上がった後にその周囲に断熱材などをとりつける作業が多くて大変でした。

中央に2つ飛び出しているのがメインスラスタ。その周りを12本の補助スラスタが取り囲んでいる。(提供:三菱電機)
メインエンジン2本とその周りに12本ある補助スラスタですね。
小倉:

はい。治具と呼ばれるカバーで覆われているんですが、断熱材を取り付けるときは、治具を外してアクセスしないといけない。普通の衛星だと組み立て時、スラスタは下になるように配置されるのに、SLIMはてっぺんにあって、しかも補助スラスタは3kg以上の負荷をかけたら曲がって使い物にならなくなる。そうなると再作しないといけない。

もう1回作るってことですか?
小倉:

そうですね。何か月とか何年とか時間がかかるので、補助スラスタに触れないようにしながら、(その先の)中央部にアクセスして断熱材をきちんと整形しないといけない。高所作業車の上でさらに体を乗り出してバランスを崩さないようにしながら、ねじ止めなどの作業をするのは難しかったです。

2つあるメインスラスタの間にも、きっちり断熱材を貼らないといけない。
高所作業車に乗り、アクセスの難しい場所での作業の難しさを身振り手振り説明してくださる小倉さん。
どうやったんですか?
小倉:

監視者をつけました。組み立てをする作業者にもう一人が必ずついている状態にして、腕や手がスラスタに当たらないように、人を壁としたんです。それでも足と背筋がプルプルふるえて。

徳村:

SLIMはほかの衛星に比べても熱設計が厳しかったですよね。

小倉:

そうですね。断熱材をツライチで貼らないと、衛星が冷えすぎたり熱が直接入ったりする。

ツライチとは?
小倉:

ぴったりってことです。

徳村:

その条件がすっごい厳しんです。コンマ1mmでもずれたら「もう一回やって」と。

十六進法とにらめっこ、感染拡大で人がいない!

コンマ1mmの世界とは!前田さんは何が大変でしたか?
前田:

SLIMは普通の人工衛星とは全然違うミッションだし、当社も初めて作るものだったので、最初は不具合が多かったですね。

どんな不具合ですか?
前田:

多かったのは機器間の通信が届かない、動かない。実際に動かしてみると想定していた挙動じゃない。一つ試験をするたびに何かしらダメなところがでてきて、「なんでだろう」とみんなで考えて改修したりプログラミングを書き換えたり。その連続でした。

どうやってトラブルの原因を解明していくんですか?
前田:

衛星から送られるデータが16進法でバーッと出てくるですが、そのデータの中身を全部ひも解いて「ここがおかしい」というのを探し出すんです。0からFまで16進数とずっとにらめっこしてました。

数字とアルファベットの羅列から変なところを見つけ出す‥。
前田:

地味で大変な作業です。ほかには相模原の宇宙科学研究所で作業中に急遽、計測機などの機器を鎌倉の製作所まで取りに戻ったりしたことも何回かあって。

苦労の塊ですね‥徳村さんはどうですか?
徳村:

一つしかない個産品で超高額の探査機に実際に触れる作業はものすごい緊張感がありました。さらにSLIMは非常に複雑な形状をしているので、繊細かつ正確に作業しないといけない。不安定な場所、不安定な姿勢で実施することがほとんどで、わずかなミスや見落としが重大な不具合につながってしまう。苦労が絶えなかったですね。

確かに。
徳村:

射場作業は通常の衛星だと約2か月なんですが、今回はロケット失敗などの影響で7か月半に及びました。射場作業中に、新型コロナウイルスの感染者が出てしまって。人手が足りなくなって、プロマネの小倉祐一さんを現場に引きずり出しました。

何をやってもらったんですか?
徳村:

SLIMを空中に吊る際にゆっくり上げ下ろしするための器具があるのですが、その器具の操作をやってもらいました。この作業は射場独特で、操作を誤ると探査機に危険が及ぶため、慣れない作業者には任せられない。でも人がいない。プロマネの小倉祐一さんが「俺がやる」と言ってくれて。射場での経験が豊富なプロマネだったので、お願いしました。

プロマネがやるなら誰も文句は言わない(笑)
徳村:

SLIMはもともと人が少なくて、みんなで協力しないと進まない。実は大きな真空チャンバーの中に入れて行う熱真空試験は1回目も2回目も(新型コロナウイルス感染拡大の)緊急事態宣言中だったんです。手順書にも(緊急事態宣言時の対応は)書いてないし、おびえながらも慎重に作業していました。

射場でSLIMは完成する。そして大名行列

感染拡大が重なったんですね。射場での作業は何人ぐらいで行うんですか?
徳村:

射場ではメインで3人、多い時で5人。SLIMをフェアリングに搭載するときは組み立ての小倉さんも一緒に作業しました。

小倉:

SLIMは射場でやっと完成するんです。衛星を吊り上げるときに断熱材はめくっておかないといけない。だからロケットの先端にSLIMを搭載して吊り具を外してから、やっと整形が終わるんです。最後の作業はカメラの視野を遮らないように断熱材をぴんとはる作業。朝の5時から深夜0時頃までずっと作業していました。

矢印が示しているのがカメラ。カメラの視野を隠さないように隣の大きな断熱材をピンとはる作業が、射場で深夜まで行われた。(提供:三菱電機)
徳村:

作業して汗かいても、その汗も落とせないんです。

え、汗かきますよね?タオル巻いて?
小倉:

クリーンルームで作業しているからタオルは繊維が出てダメなんです。白衣を深くかぶって白衣で汗を受け止めてもらう。

汗にも気を付けないといけないとは…燃料をSLIMに充填する作業も大変だったと聞きました。
徳村:

燃料には毒性があるので特殊なスーツを着ますが、これが暑くて(笑)。慎重に燃料を充填したあと、SLIMを吊り上げて、ロケットの先端に搭載します。

毒性のある燃料が入った状態で?リハーサルは?
徳村:

ないです。ぶっつけ本番なのでドキドキしてました。

射場作業から大名行列

すべてがドキドキですね。射場作業が長く大変だったのでは?
徳村:

特にコロナ感染者が次々出た時はくじけそうになりました。そんな時は「今、夢だった宇宙開発をしている!」と何度も自分に言い聞かせて奮い立たせていました。

そうですか・・印象に残っているSLIMの姿ってありますか?
徳村:

ロケットにSLIMを搭載して、フェアリングを取り付けるときがSLIMが唯一の裸の状態なんです。それまでは、保護カバーとか色々なものがついているし、断熱材がちゃんと整形されていない。でもフェアリングを被る瞬間だけは、本当に宇宙で動く状態です。その姿がすごい印象に残っています。

フェアリングに格納される前の「裸の状態の」SLIM。(提供:JAXA SLIM Xより引用)
打ち上げ前日にSLIMが搭載されたロケットが整備棟から射点に移動する「機体移動」があります。あの時、一緒に移動されたんですね。何をされるんですか?
徳村:

私たちが確認できるのはロケットの外観とフェアリング内の温度と湿度だけです。でも衛星系とロケット系が大集結して、大名行列のように行進するのは打ち上げ前日のお祭り感があり、興奮しました。

皆さんで何か話したりするんですか?
徳村:

「やっと打ち上げやなぁ」とか「月がきれい」とか。僕はTL(現場作業リーダー)の腕章をつけていたので、ロケット系の人から「SLIMのTLさんですか?明日は頑張りましょう」など声をかけてもらって。チームJapanみたいな感じで、すごく一体感がありました。

機体移動を終えて射点に到着したH-IIAロケット。移動発射台の左側、黄色いヘルメットをかぶっているのが徳村さん。(提供:JAXA)

打ち上げ作業

徳村さんのお仕事はいったん、射点に届けたところで終わったんですね。一方、前田さんはその日の19時ごろから打ち上げ前作業に。
前田:

機体移動の時は、そのあとの徹夜作業に備えて寝ていました(笑)

打ち上げ前作業はどこでどんな感じで行うんですか?
前田:

射場の中にチェックアウト室っていう管制室みたいな部屋があって、そこから遠隔で行います。衛星の状態をモニターしながら、リーダーの指示に従ってSLIMにコマンドを送信していきます。

打ち上げ前はどんな雰囲気ですか?
前田:

直前1時間を切るとちょっとぴりぴりしてきますね。印象的だったのは8月末、打ち上げ30分前を切ったのに延期されたことです。「こんな直前で延期が決まることがあるんだ」と。今まで2回打ち上げ前作業をやっていますが、初めてでした。延期になると逆行手順と言って、元に戻す手順をやらないといけない。リセットして電源を落としました。

打ち上げ、そして今後への期待

8月末の打ち上げが延期された後、9月7日にようやく月に向けて飛び立ちました。徳村さんはその時どこに?
徳村:

恵美之江展望公園近くの穴場です。打ち上げの瞬間は叫んでいたと思います。すごい達成感と同時に、「明日からもう会えない」と思うとちょっと寂しかったり。

提供:三菱電機
今後への期待を聞かせて下さい。
小倉:

小さい分、複雑な形状になっていたり狭い場所での作業もありましたが、SLIMの経験をいかしてよりよい衛星を作ることができるんじゃないかと思います。

前田:

SLIMが着陸するときにレーダアンテナから電波を出して地表との距離を測って着陸します。これも新しい挑戦で、EM試験の時はスラスタと干渉しないように色々確認したりしました。うまくいってほしいなと思っています。

(提供:JAXA)
徳村:

「やりたい」と手を挙げて、三菱電機SLIM打ち上げ隊として大きな責任を果たして月に送り出せたので心から安心しています。今後も革新的で攻めた新しい衛星に挑戦したい。私が定年退職するまでにはきっと地球と月を自由に行き来できる未来が来ると信じてます。月でSLIMに「久しぶり!」と会える日をひそかに楽しみにしています。

これまで聞いたことのない貴重なお話をたくさんお伺いすることができました。来年はいよいよSLIMが月面着陸に挑みますね。成功を祈ります!
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