第7回その1
「配筋検査システム」
の可能性・その1
私たちの生活基盤を、
AIが診てくれる
製品のアナウンス以来、建設現場からの大きな反響を集める三菱電機の「AI配筋検査システム」。これは、ほぼすべてのコンクリート建造物の基礎工事における"骨格"の精度を、AIの眼により瞬時に点検するという新技術が搭載されています。ふだんはフローリングや壁紙に隠れてしまってはいるものの、私たちの生活になくてはならない「配筋」の重要性。ビジネスイノベーション統括事業部の前田雅幸さんにお聞きしました。
今回お話を伺った方
前田雅幸
- 三菱電機株式会社
- ビジネスイノベーション統括事業部
- 営業マネージャー
「配筋」ってなんだろう?
私たちみんなの生活基盤=「配筋」とは?
まずは「配筋」という言葉についてご説明しますと、これは世の中の「コンクリート構造物」のほぼすべてに採用されている建設技術のことです。
コンクリート建造物というのは、コンクリートの中に鉄筋の骨組みを入れることでその強度を保っています。コンクリートは引っ張られる力に弱いため、金属の骨組みがそれを補強するかたちで住居やビルの基礎というのはつくられているわけですね。
ですから配筋というのは非常に重要で、重要だからこそ、国土交通省や民間の検査基準も厳しいものになっています。基礎がガタガタですと、いくらその上に強固な建物を乗せたとしても、意味がありませんからね。
確かに一般の方には馴染みのない言葉かもしれませんが、私たちはほぼ全員が「鉄筋」の上に暮らしているといっても過言ではありません。
これまでの「配筋検査」はこんなにも大変だった
当社が開発した「AI配筋検査システム」は、これまで多くの手間を要していた配筋検査業務を効率化するためのサービスです。
さきほど「国土交通省の検査基準」のお話をしましたが、建築や土木の現場で働く方々は、この検査基準に沿って、設計図面通りに配筋がなされているかを確認するために鉄筋の本数や径の太さ、その間隔などを計測・提出するという作業に取り組まなくてはなりません。
これは避けては通れない重要な業務であり、その苦労は多岐に渡ります。たとえば鉄筋の間隔を測るのはもちろんのこと、鉄筋同士がクロスする部分には、マーカーと呼ばれる目印を巻きつけて、その詳細を小さな黒板に書きつけたものといっしょに写真に収め、さらにはそれを書類にまとめるということが、必要不可欠なんです。
私たちの「AI配筋検査システム」は、そんな一連の作業を当社のAI技術「Maisart®(マイサート)※1」により飛躍的に効率化することを目的に開発されたものです。
※1 「Maisart」は三菱電機株式会社の登録商標です。
配筋とは、柱や壁、ビルや家屋の数だけ施工されてきた、縁の下の力持ち。
これまでは人間の目で検査されてきましたが……
「AI配筋検査システム」とは?
「AI配筋検査システム」ができること
「AI配筋検査システム」は、二眼のステレオ・カメラがついた専用の端末と、三菱電機のクラウド・コンピューティングにより作動します。
使用方法はシンプルそのもので、システムのカメラで配筋を撮影しますと、AIが検査に必要な項目を瞬時に計測し、その結果を「配筋検査帳票」へと自動生成してくれます。
私たちはハンドリングの手軽さやユーザーに優しいインターフェイスにもこだわりました。たとえば人間が真上から配筋を撮影するのはかなり腕を伸ばさないといけませんが、最大30度の角度がついてしまったとしても、AIが画像情報の歪みを補正し、極めて正確な数値を算出してくれます。
こういったソリューションは他社でも開発が進められているようですが、当社は独自のAI技術である「Maisart®」を利用していることから、極めて高い計測精度を実現できていると自負しています。
AIがもたらす省力化
やはりAIのいいところというのは「疲れない」という部分ですよね。これまでの配筋検査というのは膨大な手間と時間を要していましたし、建設現場のような厳しい状況下においては、正確さを維持するのはとても大変でした。このシステムにより、計測ミスや転記漏れといったヒューマン・エラーというのは劇的に軽減されていくと思います。人間が不得手な「単純作業」をAIに一任できることで、今後の建設現場の在り方というのも大きく変わってくるはずです。
私たちの実証実験では、これまで3時間かかっていた配筋検査を75分にまで短縮できたというデータがあります。これは約6割の時間削減ということで、つまりはこれまで3名で行っていた作業が、ひとりの手でも完遂できるようになる計算です。多くの建設現場で人手不足が叫ばれる昨今の状況において、この省力化は大きな強みになるはずです。
配筋検査の手間と時間を劇的に軽減。
ヒューマン・エラーのゼロを目指す、画期的システム
システムの開発について
新たな分野へ、新たな技術を
「AI配筋検査システム」は私が所属している「ビジネスイノベーション本部」という部署での新事業なのですが、この部署は「従来の事業本部が取り組んでいない領域での新事業創出」が目下のミッションとなっています。我が社にとって未開拓であった領域にも積極的に着目することで、新たな技術や社会貢献への道筋を生み出していこうという目標があるんです。
ですから開発担当は毎日のようにかなり突飛なアイデアを出していますし(笑)、かなりチャレンジングなことができるんですね。今回の「AI配筋検査システム」にしても、端末の販売ではなく、月額制のサブクスリプション・サービスで運用していただけるようになっています。これも当社初の試みです。
さまざまな現場をAIが深層学習
システムの開発には膨大な教師データを用意しました。配筋のようなグリッド状の画像というのは、人の目には機械的に映りますよね。だからいかにもAIと相性がよさそうに思われるかもしれませんが、ほぼすべての現場がグレー1色の世界ですので、絵的にはかなり地味なんです(笑)。その分さまざまな現場のデータで深層学習させることが必要になるため、精度の担保にはかなりの苦戦を強いられましたが、そこで役立ったのは、やはり実際の建設現場でのデータ収集です。
その結果、雨などの天候不順により大きく見え方が変わってしまう配筋に対しても、非常に高い精度での計測が可能になり、製品のリリース以来、驚くほどの反響を得ることができました。これまで触れることのできなかったニーズの多さに嬉しい悲鳴を上げています。当社のAI技術や画像処理技術がしっかりと現場の要望にマッチングしているのを肌で感じられたことは、私たちにとっても大きな財産になっていますね。
膨大な「教師データ」に支えられた高精度。
AIの画像処理技術が建設現場の要望にマッチング