第8回その1
「AIひび割れ自動検出技術」ができること・その1
“3つの眼”が可能にした、インフラ整備の
最先端
わたしたちの生活になくてはならない道路やトンネル。その老朽化によって生じる“ヒビ”を高精度に検出し、点検作業の負荷軽減に貢献する、AIひび割れ自動検出技術。これは、人間、カメラ、そしてAIによる“3つの眼”が可能にした、今後の日本の社会インフラを支える先進のテクノロジーだ。創業100年を迎えた三菱電機発祥の地であり、日本の社会インフラに向き合い続ける神戸製作所にて、入江恵さんと天見高之さんにお伺いしてきました。
今回お話を伺った方
入江恵
- 三菱電機株式会社 神戸製作所
- 開発部開発第二課
- 課長
天見高之
- 三菱電機株式会社 神戸製作所
- 開発部開発第二課
交通社会の安全を支えるMMSD II
老朽化が進む道路・トンネル
入江恵(以下:入江):
天見高之(以下:天見):
そのためになにかできることはないのか。そういった想いが僕らの仕事のスタートですね。人間の労力を低減させつつ、よりスムーズに、より精度の高い点検をする技術が求められるようになったわけです。
命題は効率化と省力化
入江:
危険性のあるトンネルなど使いたくないというのは誰もが考えることです。もちろんわたしも同じ気持ちでしたから、大きな責任のある仕事として取り組みました。試行錯誤を繰り返しながら、新たな技術やソフトウェアの開発に携わってきました。そして完成したのがMMSD II※1という道路やトンネルの解析をするシステムです。
※1 Mitsubishi Mobile Monitoring System for Diagnosis
MMSD II
MMSD IIは高密度のレーザー測定器と8Kラインカメラを搭載した専用車両に搭載され、それが道路やトンネルを走ることで、高精細・高密度なデータを取得することができます。専用車両は線路を走行することもできます。この技術と車両によって、点検作業の大幅な効率化 が見込めるようになりました。
天見:
MMSD IIは時代の流れを受け、つくられるべくしてつくられた技術だと思います。自分たちが取り組んでいる社会インフラの維持管理に関しては、多くの点検が必要な状況にも拘らず、少子高齢化による点検作業者の減少も問題視されていました。利用できる技術は最大限に利用して、早い段階から省力化を推し進めていく必要があったのです。
少子高齢化による人員不足は深刻な問題。
効率化・省力化を推し進める技術が待たれていた
MMSD IIができること
欲しいのはトンネルの“展開図”
入江:
MMSD IIが行うのは道路やトンネルの計測と解析です。搭載されている8Kラインカメラは非常に高解像度で、細かなヒビまでを撮像してくれます。ただ、それだけでは細切れの画像データが大量に得られるだけなので、同時に高密度レーザーも照射しトンネル全体の座標や形状を記録した「三次元点群データ」も収集します。
トンネルの三次元点群データ
天見:
僕らが欲しいのは、トンネル全体を表現·俯瞰できる展開図なので、カメラとレーザーという2つの技術の組合せによって、それを実現しました。
厄介な職業病
入江:
MMSD IIの開発当初は、計測車両で取得したトンネルの壁面データばかりを眺める日々が続きました。どういうふうにヒビが入っているか、どういうふうに画像に映っているか...わたしはモニター2台を並べて、元画像と検出画像を両方同じように動かしながら細かくチェックしていくのですけど...
天見:
入江さんは本当にヒビを見るのが得意になってしまいましたよね。ほかのスタッフがあるのかないのかわからないようなところも、入江さんは「ある!」と断言するんです。僕らは「心の目だ!」と驚いて(笑)。
入江:
職業病ですよね。わたしたちのチームは、プライベートでもトンネルの壁面がどうなっているのかが気になって、無意識に壁を見るようになってしまいました(笑)。なんとか細かなヒビまでを自動検出できるようにしたい、そのためにはどんな技術で実現するのかよいのか、そんなことばかりを考えていました。
天見:
そこで導入されたのが、「Maisart®(マイサート)※2」。三菱電機のAI技術です。 MMSDⅡが計測した画像の中から正しくヒビを撮像している画像を教師データとしてマイサートに与え、ヒビの特徴を教え込むことで、より精度の高いひび割れの検出が可能になったのです。
※2 Mitsubishi Electric's AI creates the State-of-the-ART in technologyの略。全ての機器をより賢くすることを目指した当社のAI技術ブランド。
MMSD IIが行うのは道路やトンネルの計測と解析。
そこにAI技術が加わることで、より精度の高いひび割れ検出が可能になった
AIひび割れ自動検出技術の優位性
マイサートの能力は嬉しい誤算
入江:
マイサートの能力は驚くべきものでした。AIには8Kラインカメラによる画像を教師データとして与え、まずはヒビがどういったものなのかというのを認識させるところからスタートするのですが...
天見:
いくつかの試行錯誤を経た時点で、僕らが目で見ても「これはヒビに見えなくもないけど、どうなんだろう」と少し判断に迷うレベルのものまで検出してくれるようになりました。
僕がAIの実用性を認識したのは大学生の頃でしたが、AIに対してはどちらかというと否定派でした。MMSD IIに適用する話が出たときも、最初は「AIでもヒビは難しいでしょ」と半信半疑だったのですが、結果は想像以上でした。過去の頑な自分が恥ずかしくなるぐらいに(笑)。それは嬉しい誤算でしたね。
8K画像+ひび割れAI抽出
人の眼に近づくAIの眼
入江:
AIはヒビの特徴を学んで判断してくれるので、そういう意味では人の眼に近いことをしているのだと思います。
人の眼というのは、画像の最小ピクセルよりも小さな"サブピクセル"といわれるレベルでヒビを見分けることができるんですが、それはなぜかというと、わたしたちの脳は、過去に見たヒビの周りの微細な影であったり、亀裂の方向などの特徴を覚えているからなのです。記憶や経験が視覚を補うことで、全体の視覚情報を瞬時にヒビだと認識している。
天見:
AIの眼というのもそれに近いものがあって、たくさんの教師データが人の記憶に近い役割を果たしているということはありますね。
入江:
それには教師データのよしあしというのが大きく関わってきます。MMSD IIが撮像する画像というのは非常に高精細ですから、最初からかなりの“英才教育”ができたのではないかと自負しています。おそらくMMSD IIクラスの教師データがなければ結果は違っていたと思いますし、そういう意味では、現在のAIひび割れ自動検出技術は、カメラの眼が高精度に撮像し、人の眼が正確な教師データを選び、AIの眼が学び判断する、この3つ目の眼があってこその技術だと言えると思います。どれかがひとつでも欠ければ実現できなかったものですね。
大切なのは優れた教師データ。それがあれば、
AIは人間の眼に近い判断を下せるようになる
まずは道路やトンネルに、なぜわたしたちの技術が携わることになったのか。そこから説明したほうがいいですね。発端となったのは、やはり日本の多くの道路やトンネルが、急速な老朽化を迎え、修繕の必要に迫られているということです。それを受けた国土交通省が、2014年にすべてのトンネルや2m以上の道路橋に対して、5年に1度の定期点検を義務づけるようになったんです。
ただ、一口にトンネルといっても日本全国で約1万本もあるので、毎年平均2000本のペースで点検していかなければならない。人手による点検では夜間の通行止めが必要で、熟練した点検員が目視でヒビを探したり、そこにチョークで目印をつけたり、壁面をカンカンと叩きながら、音の異常を探して少しずつ進んでいくという、多くの時間と大変な労力が必要になります。