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Digging the computer Vol.1

【Vol.1】0と1ではない、もう一つの計算機。アナログコンピュータの思い出(後編)

2021年9月

【Vol.1】0と1ではない、もう一つの計算機。アナログコンピュータの思い出(後編)

シミュレーターや自動制御などにも使われていたアナコン

アナログコンピュータ(アナコン)は、数値を電圧の大小で表し、これを演算増幅回路で昇降させることで計算を行う装置です。1960年代には企業や研究機関に広く普及、数値演算だけでなくシミュレーターや自動制御など幅広い用途に使われていました。

名古屋工業大学の水野直樹教授(当時)はかつて自身の研究にアナコンを活用され、現在も貴重な技術遺産であるアナコンを保存されています。インタビューの後編となる今回は、実際のアナコンの使い勝手などについて伺いました。

配線パネルごと交換してプログラムを素早く変更

アナコンでは、パッチベイと呼ばれるパネルにケーブルを差して、内部の演算モジュール同士を接続します。この配線作業がアナコンのプログラミングとなります(写真右下)。

「私が使っていたMELCOM EA-7420はパッチベイのパネルが簡単に交換可能だったので、パネルを複数用意しておけば素早くプログラムを入れ替えることができました。パネルが固定式のアナコンでは、プログラムを変更するたびに配線をやり直さなければなりませんので、これはとても便利な機能でした」

アナコンの演算結果は電圧の推移をペンレコーダーで紙にグラフとして記録したり、オシロスコープの波形を写真に撮るのが一般的でした。しかし水野教授はアナコンの出力をミニコンに取り込んでデジタルデータとして解析していたそうです。こうしたアナコンの入出力にデジタルコンピュータをつなげる構成は「ハイブリッド計算機」と呼ばれ、アナコンの後期に使われた手法でした。

MELCOM EA-7420はレバー操作で簡単にパッチベイパネルを交換でき、素早くプログラムを変更することができた

MELCOM EA-7420はレバー操作で簡単にパッチベイパネルを交換でき、素早くプログラムを変更することができた

アナログコンピュータならではの限界と難しさ

水野教授は、船舶制御の研究において制御に対する船舶の動きをリアルタイムにシミュレートするためにアナコンを活用しました。シミュレーターとして威力を発揮したアナコンですが、運用上はやはりアナログならでの難しさがあったといいます。

「難しさのひとつはアナコンのダイナミックレンジの狭さです。デジタル計算機ではデータの桁数を増やすだけで小さな数から大きな数まで扱えます。しかしアナログ計算機で扱えるデータの範囲は動作電圧に依存し、機種によって例えば±15Vなどと決まっています。ですからデータが大きく変化する現象をアナコンで扱うのは難しかったです」

また、デバッグ作業にも困難が伴いました。

「最大の問題は計算を途中で止められないことでした。アナログではスイッチを入れると現象の最初から最後まで一気に動いてしまうので、うまくいかない時の原因を探すのが難しかったです。この点では、どこでも任意の場所で計算を止められるデジタルの方が勝っていました」

物理現象を利用するアナコンは現在でも教育用として有用

すでに実用ツールとしての役割は終えたアナコンですが、アナコンは現在でも教育用ツールとして有用だと水野教授は語ります。

「物理現象を利用して計算するアナコンは、その物理的な特性を越えた答えは出てきません。接続を間違えれば回路が動かなかったり発振したりします。一方、デジタルでは因果関係がおかしくてもそれらしい答えがでてしまう場合があります。ですから物理現象のシミュレーションについて学ぶツールとして、今でもアナコンの存在意義があると思います」

水野研究室にはアナコンのほかにも多数の歴史的なコンピュータ保存されていました。

「日本のコンピュータ史を語るうえで貴重な遺産ですので、どこかに場所を確保して展示して後世に伝えられればと思います」

プロフィール / 水野 直樹 氏

プロフィール / 水野 直樹 氏

名古屋工業大学 工学研究科 教授として、適応/学習能力を持つ制御システムなどの研究開発を行う。早くから研究活動にコンピュータを積極的に活用。アナコンから現代に至るまで、コンピュータ技術の進化を最前線で体験してきた。2021年4月からは同大学のプロジェクト研究所で研究活動を続けている。