Vol.12
地球と人類の「遠い鏡」 — 系外地球型惑星たち
「A Distant Mirror: The Calamitous 14th Century(遠い鏡:災厄の14世紀ヨーロッパ)」という本をご存知だろうか
1978年に書かれた歴史書で、著者はバーバラ・タックマン。アメリカの歴史学者である。
かく言う僕も、この本を知ったのは最近である。僕の敬愛する東大・地震研の栗田敬さんが、とあるところで紹介していたのだ。
この本は、14世紀に起きた百年戦争とペスト、中世ヨーロッパ小氷期と呼ばれる寒冷期を中心に、戦争や疫病、気候変動といった災厄が人類社会にどのような影響を与え、また人類がこれらをどう克服して、あるいは折り合いをつけ、その後15世紀のルネサンスと呼ばれる文化的興隆を迎えるに至ったかを綴った大作である。
A Distant Mirrorというタイトルは、「遠い鏡」と訳されている。その名の通り、この本は14世紀の人類社会史を物語ることが、その目的の全てではない。その真の目的は、同様に二度の世界大戦やスペインかぜといった戦争や疫病に直面した20世紀の人類社会の全体像を映し出す鏡として、14世紀を位置づけていることにある。
思えば、歴史学者と惑星科学者の思考は似ているのかもしれない。その研究対象となる歴史や惑星に止めどない興味や愛情を持つだけでなく、僕らの生きる現代社会や地球そのものの深い洞察を得たいとも考える。
地球にとってのDistant Mirrorはどんな星であろう。火星かもしれないし、土星衛星タイタンかもしれない。太陽系の外を見れば、地球のような惑星は数多あるだろう。今回は、地球と地球生命のDistant Mirrorを考えたい。
宇宙から見た地球の姿
地球はいかなる惑星だろうか。
その特徴は、宇宙から地球を見たときにはっきりする。
地表面に液体の海があり、大気に雲が浮かび、そこに生命が存在する。生命の存在を示すものは、赤茶けた大地を覆う植物の緑である。植物が光合成し、発生する酸素によって、人類のような動物も生存することができる。宇宙から見える生命の痕跡として、人類による人工物もある。万里の長城のような建造物、あるいは夜の街の光は宇宙からも確認できる。
この僕らの見る現在の地球の姿は、長い地球史においては特殊な状態かもしれない。光合成をおこなう微生物が惑星全体に生息域を広げ、大気に酸素を供給したのは今から約20億年前と考えられている。これ以前には、大気中に酸素はほとんど存在せず、したがって、酸素で呼吸する生物も存在しなかった。生命と言えば、火山や温泉で発生するガスを食べるような原始的な微生物しかいなかった。
さらに、現在の地球に見える赤茶けた大地も、20億年前以前には存在しなかった。大地が赤いのは鉄の酸化物、すなわち鉄さびによる。これは大気中の酸素によって、岩石の中の鉄分が酸化されることで生じる。そのため、酸素が大気に蓄積する20億年前以前には生じない。当時の地球を宇宙から見れば、真っ黒な岩石の大地が、広大な海洋のなかに浮かんでいるだけであった。地球が今から45億年前に誕生したことを思うと、その歴史の大半は上のような姿であった。
光合成生物が登場した後も、生命は容易に陸上へ進出しなかった。生命は今から約7億年前にようやく単細胞から多細胞へ進化し、約4億年前に初めて植物が、続いて動物が陸上に進出した。今のような地球の姿になったのは、地球史から見れば、ごく最近のことである。言うまでもないが、人類が文明を持ちえたのはさらに最近、たった1万年以内のことである。
地球と生命の未来予想
地球はいつまで今の姿でいることができるのか。
生命は、あるいは人類は、いつまで地球に生息することができるのか。
地球史45億年を考えると、地表の環境は常に流転しており、地球や生命が今と同様の環境が今後数十億年以上も維持されるとは、皆さんも思われないかもしれない。
実際、このような問いに答えようと、理論的予測を行った研究例は存在する。
例えば、太陽は時間と共に徐々にその光の強度を増している(参照:Vol.2 金星は生命の星だったのか)。今から20億年後には、増加した太陽光により暖められ、地球の海は全て蒸発してしまうと予想されている。当然、現在地球に棲むいかなる生命も、この環境では生きてはいけない。
では、人類などの動物、多細胞生物はいつまで地球に生存可能であろう。
ごく最近(2021年3月)、東邦大の尾﨑和海さんは、大気中の酸素が存在できるのは今から10億年程度先までだという予測を発表している。今後増加する太陽光によって、地球の海も暖められる。すると、大気中の二酸化炭素が多く海に溶け、炭酸塩という鉱物となり大気から除去される。その結果、二酸化炭素を必要とする光合成生物の活動が極端に低下してしまうというのである。
大気中に酸素がなくなれば、人類はもちろん、全ての多細胞生物は呼吸を行うことができなくなり、否応なく消滅する。陸上からも生命は駆逐され、20億年前のように、火山からでるガスを食べる微生物だけが生息可能な原始地球の姿に戻るというのが、地球の10億年後の未来だという。
系外地球型惑星たち
しかし、これらはあくまで今の地球の常識を仮定した場合の、理論的な予測である。
実際に、地球や僕ら生命がそのような未来を迎えるのかは、誰にもわからない。
その予測に新しい概念を与えるかもしれないのは、Distant Mirrorである太陽系外の地球型惑星たちであろう。
太陽は、天の川銀河と呼ばれる2000億以上ともいわれる星の集団のなかの一つの星に過ぎない。地上望遠鏡や宇宙望遠鏡によって、これら太陽以外の星の周りにも沢山の惑星 — 系外惑星が存在していることが明らかになっている。
最近では、望遠鏡の精度の向上によって、地球と同じような大きさ、同じような物質でできた系外地球型惑星も多く見つかっている。天文学者のなかでは、Earth Similar Index(地球類似指標)というような、地球とどれだけ似ているかという度合いを数値化して、類似性を評価する試みも行われている。
例えば、ケプラー186fという惑星は、現在までのところ地球に最も似た惑星の一つといわれる。この惑星は、地球の半径の1.1倍の大きさを持ち、2014年に正式に発見が報告された。地球のように岩石を主成分とする惑星である可能性が高く、地表面には液体の水が存在可能な“ハビタブルゾーン”に存在している。
しかし、地球と大きく異なる点もある。まずは、その中心星である。地球の中心星である太陽は、星のなかでも中程度の大きさで、黄色の可視光を発している。一方で、ケプラー186fの中心星は、特に軽量の星で赤外線を発している。果たして赤外線を使って、生命が光合成を行えるのだろうか。
また、ケプラー186fの年齢も、太陽系や地球と比べてずっと古い可能性もある。軽量の星は長生きであり、その年齢を求めるのはなかなか難しい。もし年齢がずっと古ければ、地球にとっての未来の姿をケプラー186fに見ることになる。
発見される系外地球型惑星の数は、今後も続々と増え続けるだろう。新しい宇宙望遠鏡 —ジェイムズ・ウェブ宇宙望遠鏡の打ち上げは今年の10月に予定されており、これにより系外地球型惑星たちの大気成分も観測されようとしている。
地球と生命の自由度
このような太陽系外のDistant Mirror — 系外地球型惑星の観測が進み、これら多様な惑星の群れの中に地球を置いてみると、地球の未来だけでなく、地球の持つ特異性や普遍性が明らかになってくるに違いない。あるいは、地球や地球生命の常識として仮定されていたことが、多様な惑星たちのなかで初めて自由度を持って語れるようになるはずである。
地球は10億年後、大気中の酸素を失い、原始の姿に戻るわけではないのかもしれない。高度に発達した文明は、あるいは地球生命は、何かしらの方法により大気中の酸素を維持するのかもしれない。Distant Mirrorは、僕らの常識や既成概念を揺すぶるためにも必要である。
さらに、人類の文明の存続時間についても、系外地球型惑星たちから教訓を得ることができるだろう。これらの惑星たちから文明の存在する証拠 — 電波や光など文明が使うと予想されるもの — が広く観測されれば、宇宙において文明とは、長期間維持されうるものだという認識が得られる。逆もまた然りである。宇宙における文明の存続可能時間を人類が知ることは、僕らの生き方そのものを再考するきっかけとなるに違いない。
14世紀におきた戦争、疫病、気候変動は、20世紀だけでなく、21世紀の現在でも、僕らが直面する災厄である。14世紀後のルネサンスのような文化的興隆は、まだ訪れていないように思える。それどころか、新型コロナウィルスは世界的に猛威を振るい、地球温暖化は強烈な自然災害を引き起こし、どちらも長期化しようとしている。
これらを乗り越えて、あるいは折り合いをつけて、僕らがどのような未来を描けるか。
今の僕らの選択が、遠い未来の人類の良きDistant Mirrorとなることを願ってやまない。
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