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読む宇宙旅行

2011年1月 vol.02

より多くの人に宇宙を役立てたい
-向井千秋氏インタビューその1

向井千秋さん。1994年7月、アジア人女性で初めて宇宙飛行し、82テーマの実験を実施。1998年10月に2度目の宇宙飛行を行う。2007年10月からJAXA宇宙医学生物学研究室室長に。手にしているのは同研究室のロゴマーク。

向井千秋さん。1994年7月、アジア人女性で初めて宇宙飛行し、82テーマの実験を実施。1998年10月に2度目の宇宙飛行を行う。2007年10月からJAXA宇宙医学生物学研究室室長に。手にしているのは同研究室のロゴマーク。

 国際宇宙ステーションが完成した今、「何に使うのか」という議論がある。個人的に期待しているのが「宇宙医学」だ。宇宙で起こる骨量の減少や、筋肉の衰えは高齢者に起こる現象と似ている。また宇宙飛行士の精神心理支援はチリの落盤事故で作業員のメンタルケアにも役立てられた。宇宙飛行士が健康に過ごすための医学は「究極の予防医学」として地上でも使える、というのはJAXA宇宙医学生物学研究室室長、向井千秋さんだ。宇宙実験黎明期、現状、そして未来のお話しを伺った。

 ○人工衛星データを「公衆衛生」に役立てたい

 ―2010年は、WMO(世界気象機関)のお仕事をされたそうですね。どんな内容でしたか?

 向井:2009年に第3回世界気候会議が開催された際に、気候情報などのデータを供給する側と受け取る側との間にギャップがあることが指摘され、利用者が使いやすい形で提供する枠組みを作るという宿題がWMOに出たんです。その検討チーム「ハイレベルタスクフォース」に世界8地域16名の一人として参加しました。1年間でレポートを仕上げて、2010年12月にWMOに提出しました。今年の2月にWMO事務総長が国連に提出する予定です。

 ―作業を通じて感じたことはなんですか?

 向井:まだまだ地上のデータを使う保守的な方法が主流で、地球観測衛星などの人工衛星データをもっと活用すべきだと感じました。さらに「究極の予防医学」である宇宙医学の手法を役立てたい。たとえば、2010年夏は日本で熱中症が相次ぎましたね。2003年にもヨーロッパで熱波が起こり死亡率が高くなった。人工衛星を使って熱波の様子をモニターすることで予防する。つまり「人工衛星の公衆衛生利用」ができるのではないか。たとえば黄砂や森林火災が起これば呼吸器疾患が起こると予測して制御する。また地震等の災害後に水が汚染されればコレラなどの感染症が発生しやすいのですが、観測衛星を使えば水分含有量がわかるから、どの地域に注意すればいいか予測して予防できます。地域全体の公衆衛生に役立てられると思います。

 ―なるほど、人工衛星の利用価値が広がりますね。

 向井:そうです。JAXAは衛星データを豊富にもっています。でも「宝の持ち腐れ」状態で、違う見方をすればもっと役立つ。私は新たな衛星の利用方法を考えようと思っています。自分にとってもWMOの委員を引き受けたことで、視点が広がってよかったですね。

 ○社会に役立つ宇宙医学を

 ―JAXA宇宙医学生物学研究室ができて3年経ちますね

 向井:そうですね。2007年4月にできて同年10月に私が室長になりました。研究室だから研究員達が原著論文を書けるように5分野の研究を行っていて、成果が出てきました。研究室の名前に「生物学」と入れたのは、宇宙医学だけだと例えば「宇宙酔いは10人のうち何人が罹ってこの薬を投与したらどうなる」という話で終わるけれど、生物学を入れることでなぜ宇宙酔いになるのか、 同じ薬を投与した時なぜAさんに効いてBさんに効かないのかをモデル生物(メダカやネズミや細胞など)を使って検証するところまでふみこむことができます。また研究だけでなくワークショップを開いて長期リハビリの勉強会やヒューマンエラー、ストレス管理など「社会に役立つ宇宙医学」を目指しています。

 ―どうやって社会に役立てるのですか?

 向井:私たちは数少ない宇宙飛行士の健康管理をしているだけではなくて、「宇宙飛行士は病態モデル」だと思っているんです。宇宙は極端な環境で、地上のように緩和するものがないので、様々な現象が強調されて出てきます。たとえば人間関係にしても、地上では同じ部屋で同じ相手とずっといるのが嫌なら部屋を出て違う相手と話してリフレッシュできる。でも宇宙ではそれができないから、人間関係が崩れてストレスが出やすい状況なのです。
だから地上より宇宙の状況で研究計画を立てるほうが、問題の洗い出しが早い。例えば宇宙で骨量が経る「骨粗鬆症」の症状も地上の約10倍の速さで進みます。地上で治療薬として使われている薬が予防薬として実際に効くことがわかりました。実際に地上で予防薬として使うにはどのくらいの量でいいか、という研究も将来出てくるかも知れません。

(次回に続く)