2011年2月 vol.01
宇宙から「地球に帰る宇宙船」をめざして
宇宙へのハイテク貨物便「こうのとり」2号機は無事に宇宙ステーション(ISS)にドッキングし作業が行われている。だが「こうのとり」は片道切符の宇宙船で地球には帰らない。荷物を届けた後は不用品を積んで、大気圏で燃え尽きてしまう。実はISSでは今後ちょっと困った問題が生じる。スペースシャトルが引退すると、実験の成果物などを地上に持ち帰る(回収する)のは当面、ロシアのソユーズ宇宙船だけになるのだ。回収量は毎年1トン以上見込まれるのに、ソユーズ(新型)が持ち帰る量は1回につき約100kg。そこでヨーロッパ宇宙機関や米国の民間企業は「回収型宇宙船」を開発中だ。日本も検討を進めている。「技術的には可能です」と軽~く言ってのけるのは、JAXA宇宙ステーション回収機研究開発室の今田高峰さんだ。
現在、JAXA内で回収機能付加型宇宙ステーション補給機(HTV-R)として検討されている案は3つ(イラスト参照)。いずれも「こうのとり」(HTV)がベースになっている。案0はHTV改造を必要とせず、小さなカプセルを放出するもの。案1は現状のHTV非与圧部のスペースに回収機を入れるもので、基本的な帰還技術を実証する。案2は現状の与圧部を取り回収機をとりつける。直径約4m×高さ3.8mと回収機としてはもっとも大きく1.6トンの物資を回収できる。
現在の有力候補は案1か2とのこと。案1は一見簡単そうだが回収機に人が入って作業をするために、HTV側に追加の出入り口が必要になるなど意外に改造箇所が多い。一方、案2は回収機の開発は大掛かりになるが、HTVの改造点は多くない。しかも回収機は人間が4人乗ることができるサイズ。将来、日本が有人宇宙船を開発する場合、もっとも近い形態となり様々な技術を蓄積できる。2011年初頭ぐらいには3つの案から一つをJAXA内で決めて「プロジェクトを立ち上げたい」と今田さんはいう。
案2で切り離された回収カプセル。この後パラシュートを開き海上に落下。船が回収する。将来の有人宇宙船も同様の形態が検討されている。(提供:JAXA)
ところで回収型の宇宙船の場合、何が難しいのか? 大気圏再突入時の熱防護と思いきや、小惑星探査機「はやぶさ」などで既にその技術は蓄積されているという「今、目標としているのは『狙ったところに落とす』技術です。回収機はパラシュートを開いて海上に落としますが、船が待っている場所に近い方が試料を早く取り出せる。船の近く10km四方に落とすことを目指しています。」また帰還時の飛行経路をコントロールして重力加速度を緩和することも課題の一つ。目標は4G以下。生物などの実験試料に負担をかけないためだ。
だが今田さん曰く、問題は技術的なことよりスケジュール。「ISSは2020年に終了予定でその前に飛行しないと価値がない。予算と人の規模にもよりますが、開発には早くて6年はかかる。」早くスタートしたいところだが現在、HTV-Rはプロジェクトとして正式に認められてはいない。ただし追い風は感じているそう。今後JAXAの長期計画や全体の予算枠内でどう位置づけ、各プロジェクトにどの程度の予算を割り振るかという話になりそうだという。だが案1にするか2にするかは日本が今後宇宙開発で何を目指すのかに関わってくる。たとえば日本独自の有人宇宙船を開発するのか、月面基地を作るのかなど長期的なビジョンがあり、その実現のために必要な開発という観点から決まることが望ましい。
主任開発員の今田高峰さん。1997年からHTVプロジェクトに関わる。「回収型の宇宙船を何回かとばせば人が乗る宇宙船を自分たちで作れる自信ができるでしょう」(提供:JAXA)
今田さんらは将来の日本の有人宇宙船について週1~2回、様々な部から集まったメンバー達と議論を行っている。有人宇宙船を開発するには、緊急脱出技術など新たな技術が必要になる。「必要な技術を全部抽出して、日本がどこまで到達しているか、重点的に研究しないといけないものはなにか洗い出して、研究を始めようとしている状況」だという。また会合では有人宇宙飛行の意味についても議論が行われている。
「こうのとり」プロジェクトマネージャー虎野吉彦さんは、日本が有人宇宙船を開発する意味について、私見と断ったうえで二つの点を挙げてくれた。「まず技術先進国として。今、ヨーロッパも中国もインドも有人宇宙飛行を目指している。やらなければ『有人宇宙飛行もできない国』と見られる。日本は過去に電化製品などで世界をリードしたが今や韓国、中国に抜かれそうで、このままでは『技術後進国』になってしまう。もう一つは地球生命という視点。我々は天体衝突や環境破壊、核戦争などでいつ滅んでもおかしくない危うい環境の上に成り立っている。地球生命が滅びる前に他の天体に移住する手段を手にするべき。」
ヨーロッパ宇宙機関が検討中の回収型宇宙船ARV.回収機の直径は4.4m。カプセル型宇宙機は今の流行り。ヨーロッパはARVを発展させ2020年頃有人宇宙船の実現を目指す。(提供:ESA D.Ducros)
一方、今田さんは「日本はインフラを創始するより、熟成させる技術に優れている。もし日本が有人宇宙船を作れば、人類が宇宙に行くためのもっとも安全なシステムを作り貢献できるはずです。インフラを整備すれば宇宙はもっと身近になるはずでしょう。」今、ヨーロッパも米国のスペースX社などの企業も回収型宇宙船から有人宇宙船を目指し「有人宇宙船レース」が始まっている。しかし日本が世界で最も安全な宇宙への乗り物を提供できるという未来は誇らしい。それは決して夢ではなく、実現可能な目標なのだ。